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けんぽう部  作者: 九重 遥
冬から春へ
113/129

113話 まだだ。まだ慌てる時間じゃない

 今日は千歳のお仕事の日。

 場所はとある廃村。

「ふぅ、誰もいない村って雰囲気があって怖いね」

「問題はそこではない気がしますが、千歳さん……」

 千歳の言葉を返したのは、千歳が通う学校の生徒会長である一ノ瀬こより。

 顔は青白く、意志の強い目元は今は揺らいでいる。

「千歳は普通の感覚がぶっ壊れてるからな、仕方がない」

 はぁと溜息をつくのは千歳の幼なじみの緋毬である。

「ぶっ壊れてるって酷いよ」

「あん? じゃあ、何で平和的なコメントが出てくるんだよ? 問題はそこじゃねぇだろ」

「そうです、千歳さん。このおびただしい殺気で平然としてる方がおかしいです」

 この廃村に着いた瞬間感じた、おびただしい殺気。例えるなら大瀑布。気を抜けば自分というちっぽけな存在を飲み込み、何処かへ連れ去って行く。そんな気がしてならないのだ。

 誰もいないから怖いのではない。

 誰か、ひとならざるものがいるから怖いのだ。

「どうせ内心では、グハハハハこの殺気こそが気持ち良いとか思ってるんだろ」

「思ってないよ! 何、その魔王的台詞? ……ええと、相手の所に着くまでは殺気を防ぐ結界みたいなのも張りましょうか?」

「……いえ。弱音を吐いておいてあれですが、遠慮しておきます。千歳さんは、私なら耐えれると思ってそのままにしてるのでしょ? ならば、へこたれるわけにはいきません」

「コイツ、そこまで考えてねぇよ」

「ちゃ、ちゃんと考えてるよ! この仕事に一ノ瀬先輩を連れて来ても大丈夫だと判断したの僕だし!」

 この廃村に来たのはわけがある。

 千歳の仕事なのだ。神代流は裏の世界の一部では有名で、普通では手に負えない出来事の駆け込み寺的な存在になっている。今日は廃村にいる悪霊の駆除の依頼だ。

「というか、廃村ならさ、わざわざ現地に来なくても遠くから遠隔爆撃で潰せばよくね? 何も観光施設とかないから、かったるい以外の感想がないんだが」

 人が住んでないのなら、いっそ村を全て灰燼にしても構わないだろと漢らしい意見を言う緋毬。だが、千歳は緋毬の言葉に首を振った。

「どうも、依頼主さんは無事解決したらこの廃村を舞台に映画を撮りたいらしいよ」

 大人の都合というやつだ。

「くだらねぇ」

 緋毬はその考えを一蹴する。

 だが、彼女も面倒くさいという理由だけで現地に行きたくないので誇れたものではない。

「それにせっかくの天然物の殺気だし、一ノ瀬先輩にちょうど良いかなと思ったんだ」

「殺気に天然物も養殖もねぇよ。特売品みたいに言うな」

「あ、あの私にちょうど良いとは?」

「四ノ杜乃型は知ってますよね?」

「ええ。神代の型の中でも習得が難しいとされる型。死に関する技が詰まってると聞いております」

「はい。武術は一歩間違えれば殺人術とも呼ばれますけど、四ノ杜は純粋な殺人の技術。相手を殺すことしか考えていません。現代社会では必要のない技です。だから、神代流でもほとんど教えてないです。教える相手は選ぶし、自由に使うことも許してません。まぁ、習得すら難しいこともありますけど」

 神代流の中でも一、二を争うほどの習得難易度をほこり、一番の危険性を持つ型。

 それが四ノ杜乃型。

「まぁ、使いこなせば便利ですけどね」

「さっきの話を全否定だな」

 現代社会では必要ないって言ったのは何処のどいつだと緋毬は千歳を半眼で睨む。

 千歳は誤魔化すようにたははと笑った。

「四ノ杜乃型は殺気を自由自在に扱います。殺気をなくすこともすれば、辺り一帯を殺気で覆い隠すことも出来ます」

「この場所みたいに……ですか?」

 信じられないとこよりは驚くが、千歳はその通りと頷いた。

「はい。そして、この殺気には意味があります。一ノ瀬先輩ほどの実力者でもこの殺気の中では十全に実力を発揮出来ませんよね?」

「ええ。体に重しが載っているかのように体の感覚が鈍くなってます」

「神代では弱体化と呼んでます。殺気をぶつけることで敵の能力を自由に下げたり出来ます。これを初見で対応出来る人は中々いません。だから良い機会だと思いました」

「悪霊と戦わせるのにですか?」

「はい。一ノ瀬先輩ならちょうどいい相手かなと。僕でも出来ますけど、別の相手がいるなら一番いいかなと思います。同じ相手ばかりと稽古するのは良くありませんし」 

 話をしていたら、千歳達は村の中心部の広場にたどり着こうとした。

「いますね」

 こよりが唾を飲みこむ。この殺気の元凶となる存在がここにいるのだ。

「あれか」

 緋毬の指差す先、広場の中心地には一人の鎧武者がいた。

「あ、やばい。予想よりずっと強いよ、これ……」

 そして、その鎧武者を見て、千歳はなぜか涙目になっていた。

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