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けんぽう部  作者: 九重 遥
冬から春へ
110/129

110話 天元突破ミカゲラン

 今日も今日とて部活の日。

 場所は物理実験室。

 そこに千歳がぼーっと座っていた。

 戸口がガラッと勢い良く開く。

「千歳君! 千歳君はいるかい!?」

「え、はい!?」

 鼻息荒く物理実験室に入ってきたのは九条院さん家の御影さんだった。

 千歳は御影にただならぬものを感じて、慌てて席を立つ。

「千歳君!」

 御影は千歳の目の前に来て止まる。

 だが、千歳の名前を呼んだだけで、何も言わない。

 ただ、黙って千歳の双眸を見つめるまでだ。

 期待に目を輝かし、千歳の言葉を待つ御影の様子は主人に撫でられるのを待つ子犬のようだった。

「え、えっと御影さん」

 千歳もこれで三回目。

 嫌でもわかる。

「何だい、千歳君!?」

「えっと、今回はヘアバンドなんですね。似合ってますよ」

「ありがとう!」

 御影は千歳の言葉に桜の蕾がほころぶように顔を破顔させた。

 その喜びように千歳は恥ずかしさと嬉しさを感じてしまう。

「こ、今回はね。冬らしくね、してみたんだ。それで……大人っぽいかな?」

 御影はそう言って、顔を少し伏せて上目遣いで千歳をチラリと見る。

 期待と不安の入り混じった表情。

「え、ええ。なんか落ち着いた大人って気がします」

 ヘアバンドは白い無地の布に幾何学模様が描かれていた。御影の艶のある美しい黒髪に白い布地は雪のように映え、幾何学模様は神秘性を醸し出していた。

 ただヘアバンドをしただけで、御影に静謐な雰囲気を与えていた。

「やった!」

 御影は千歳の言葉に小さくガッツポーズをする。

「あ、あのね。この模様はね、アイヌ文様なんだ」

 御影は自身の頭頂部にあるヘアバンドを触りながら、説明する。

 自慢気に千歳に説明する姿は上目遣いも相まって幼子が自慢する様子によく似ていたのだが、御影はそのことに気がつかない。

「アイヌ文様って北海道ですよね」

「うん。こぎん刺しと迷ったんだけど、冬って言えば青森より北海道な気がしてね。正解だったよ」

 こぎん刺しって何だろうと千歳は首をひねるが、御影は千歳の態度には気がつかず、気分良く話を続ける。

「この渦巻の紋様はね、モレウっていうのだけど、このヘアバンドはねモレウを組み合わせてこの幾何学模様を作ってるんだよ」

「へー」

「他にもアイヌ紋様にはシクとかウタサとかアイウシとか色々な文様を組み合わせて模様を作りあげるんだけどね、アイヌ紋様って同じものは二つとないと言われてるんだ」

「一品物ですか、凄いですね」

「手縫いの品だからね。作り手によっていろいろ変わるんだ!」

「ほへー」

 千歳はマジマジと御影のヘアバンドを見つめる。

「ふふっ、冬の間はいろんなヘアバンドを試してみようと思うんだ。期待していてね」

「はいっ!」

 打てば響くといった元気よい返事に、御影は気恥ずかしさを感じ頬をポリポリと掻く。

「ん、んまぁ、そこまで期待されると困るけどね。ほらっ、ヘアバンドによっては私に合わないものもあるからねっ?」

「でも、今までで御影さんに似合わないものなかったですよ?」

「え?」

「夏のポニーテールの時も、秋のツインテール? の時も、勿論、春の髪をおろした時もですけど、どの髪型の時も似合ってましたよ」

「千歳君……」

 朗らかに笑う千歳に嘘をついている様子はない。本当にそう思っているとわかる。

「だから、冬も期待しちゃいます。いろんな御影さんを見られるって」

「やばい。千歳君の姉で良かったと思いが天元突破しそうだよ」

「いえ、御影さんは姉ではないんですが」

 千歳のツッコミは聞こえていない。

「くぅぅぅぅ、お姉ちゃんが何でも買ってあげるよ! 何が欲しい? 物? それともお金? 金だよね? 人間、お金があれば満足するもんねっ!」

「即物的すぎますよ! 後半、さり気なく酷いこと言ってますし!」

「くっ、弟君は邪な俗世に汚されてないか! 失礼! じゃあ、成績とかどうだ! 寝てても進級できるようにできるよっ!」

「一番、邪なものに染められてるの御影さんですよっ! 先生を脅すのですよね!?」

「違うよ! お願いするだけだよ! よきにはからえって言うだけで、後は相手が勝手にやってくれるだけで! 私は悪く無い!」

「たちが悪いですよ! 自分の手を汚さずってところが特に!」

「私もやりたくはないけど、千歳君がどうしてもというのなら!」

「やめて! 僕が望んでる風に言わないでっ!」

「お姉ちゃん、頑張る!」

「誰か! 誰か、御影さんを止めてーーーー!」

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