109話 12月には魔物がいる!
今日も今日とて部活の日。
場所は物理実験室。
「さみぃ」
戸を開けて入ってきたのはけんぽう部の部長、竜崎緋毬。
白い息を吐きながら、体を縮こませて歩く。
「だね。室内とは思えないね」
続いて、入ってくるのは神代千歳。
外の温度は一桁前半だが、物理実験室も負けず劣らずなのだ。室内ってなにと問いたくなる温度。
「一番乗りはこれだから嫌だ」
鞄を机に置いて、緋毬はリモコンを操作してエアコンをつける。
ごぉぉぉとエアコンが動き出し、暖かい空気を排出し始める。
「うぅ……暖房つけたはいいけど、暖まるまで時間がかかるな」
緋毬はマフラーに顔をうずめながら自分の体を抱く。
物理実験室は普通の教室より二回りほど広いため、暖房が行き渡るまで時間がかかるのだ。
「こたつは?」
千歳は部屋の一角にある暖房施設に目線を向けて緋毬に聞く。
「あれは出てこれなくなるから嫌だ。今日はゲームをやりたいんだ」
パソコンの電源をつけて、緋毬は椅子に座る。
「ははっ、そうだね」
こたつには謎の吸引力がある。入ったら出るのが億劫になるのだ。
「早く、早く、人を撃ちたい」
「それだけ聞くと怖いね」
無論、ゲームの話だ。緋毬は今FPSという戦争ゲームにハマっている。
「つか、寒いんだから冬休み長くしろよと言いたい」
「夏休みにも聞いたような」
「馬鹿っ! 意味合いが違うだろ! 元々、冬休みは夏休みの半分程度しかないんだぞ! 不平等じゃねーか! 寒さなめるなと言いたい。手がかじかんでペン持てねぇよ。だから、夏休みと同じくらいの長さがあるのが正しいんだと思うんだ」
夏休みがあるのは、熱さで学業に集中出来ないため。ならば冬休みも寒さで学業に集中できないという理屈だ。
「でも、そうなると寒さが一番キツイのは一月下旬になるね」
「む……そうだな。大寒のあたりになるのか?」
考えてみればそうである。
緋毬の理屈で言えば、寒さのため学業に集中出来ないから休みが欲しいわけで。寒さが一番厳しい時期に休みを当てないといけない。
大寒は一月二十日頃から節分までの期間を言う。意味はそのまま訓読みでは『おおさむ』。つまり、一年で最も寒さがキツイ時期だと昔から言われている。
余談だが、実際に一日の平均温度を調べると、一月二十五日~二月四日くらいが最も寒くなることが多いというデータが出ていたりする。
「となると、冬休みを削って一月後半に持っていくのかな?」
「それもやだなぁ……」
年末から年明けにかけて、四日か五日しか休みがない。これでは冬休みというか連休だ。
「クリスマス時期から二週間はゲームがしたい。まず最初の一週間はクリスマスプレゼントで貰ったゲームを片手に俗世を忘れたい。そして、次の一週間はお年玉で買ったゲームをやりながら今年の信念を決めたい。新年だけに」
「うまいね」
「うまくねぇよ」
「というか、聞いてたらゲームばっかりだね」
「ふふっ、羨ましいだろ」
「なんで自慢気なんだか」
「年末商戦で質の高いゲームが沢山出るからな。たまに地雷があるけど」
企業も冬のボーナスや子どものクリスマスプレゼント、お年玉を狙い、この時期にゲームを出すことが多い。
「地雷?」
「年末商戦に間に合わそうと、これ開発の途中だろうというゲームがたまに出るんだ」
「ああ……」
納期という言葉がある。発売時期に開発が終了しないといけないのだが、予算や人員の都合でバグや本来の仕様を削ってゲームを出すことがある。本来ならば発売延期にしなければいけないのだが、大人の都合で未完成であろうと納期が来たら発売しないといけない場合がある。
「わたしほどになると、地雷とわかりながら踏み抜いて楽しむけどな」
「なんでそんなに自慢気なの?」
「期待した作品が地雷だったら嘆くけど、地雷とわかりながらやると怒りが湧いてこないでむしろ楽しいんだ。うわっ、すげぇよと逆の意味で面白い」
「開発した人達に失礼な気がするんだけど」
「金だしているからな。非難ぐらいいいだろう」
緋毬は口を尖らして言い返す。
「それに、どうやったらキャラの首が反転するというバグを楽しめというんだよ。野球ゲームやってたのにホラー展開だぞ。そういう心境じゃなきゃやってられん」
ついでにこのバグですら序の口なのだ。いや、序章と言っても過言ではない。バグの総数は数えるのも恐ろしい。
「…………」
「…………」
辺りに沈黙が広がる。
「ゲームの闇って深いね」
ポツリと千歳は言う。
「ああ……」
ゴウゴウと暖かい空気を排出するエアコンを見ながら、緋毬と千歳はゲーム社会の闇を憂いた。




