106話 百を超える段差は試練のよう
千歳は一人夜道を歩いてた。
時刻は丑三つ時近く。
広大な夜の闇。
町の人々は眠り、家屋には灯りがなく、暗闇を照らすのは電灯の明かりと月。
「月が綺麗……」
頭上に煌めく満月は深い闇を祝福するように眩く光っていた。
「さむ……」
千歳は一瞬、月の有り様に見とれていたが、冷気に体を押されすぐに下を向き体を縮こませた。
寒さは深夜になって一段と厳しさを増した。
冷気は容赦なく体から熱を奪い取ろうとする。
目的地の途中。
一本の通路。
塀に囲まれて、なにもない路地。
そこに緋毬が壁に持たれかけるように立っていた。
こちらも寒さに耐えるように体を縮こませ、下を向いていた。
「緋毬……」
小さく、かすれるような声。
その聞こえるか聞こえないかぐらいの音に反応して、緋毬は顔を上げる。
そして、千歳の姿を確認すると、
「………」
無言でポケットから手を出した。
頭上に掲げるように上げられた拳を、千歳も自身の手を拳にして、コツンとぶつけた。
「…………」
「…………」
挨拶はそれだけだった。
両者は肩を並べながら歩き出す。
特に機嫌が悪いわけではない。
喋るのが億劫だっただけだ。
あと少し眠い。
普段なら寝ている時間帯に活動しているのだ。
瞼は重く、吐く息は白く。
「さみぃな」
吸い込んだ空気は冷たく痛みがあった。
「そだね。ここ数日で一番の寒さみたいだよ」
それでも、無言で歩くのは詰まらなかった。
だから二人は喋り出す。
「空気読めよと言いたいな。空気だけに」
「ちょっと上手いね」
「上手くねぇよ」
「褒めたのに……」
「千歳」
「ん?」
「あけましておめでとう」
「あ……」
そうだった。
本日は一月一日。
「あけましておめでとう」
千歳はポケットから手を出して緋毬に一礼する。
その礼儀正しく姿を見て、緋毬はふんと笑う。
「一度やったけどな」
千歳も釣られて笑う。
「だね。直接言ってはなかったから、一応、一応」
千歳はまた手をポケットに入れ、歩き出す。
「毎度のことだが、付き合わせて悪かったな」
緋毬にしては珍しく、バツが悪そうに謝罪の言葉を口に出した。
千歳を見れないのか、千歳の視線から逃げるように顔を逸らす。
その緋毬の態度に千歳は、
「……緋毬。何か悪いものでも食べた?」
極めて自然な態度で失礼なことを言った。
「喧嘩売ってんのか」
緋毬は半眼で千歳を睨む。
吐く息は白く輝き、竜のブレスのようだと千歳は思った。
「はは、ごめん。緋毬が謝るとは思わなかったから」
「それも失礼だぞ。こんな時間に付き合わせてるんだからな、謝罪の一つぐらいはする」
深夜遅く、外に連れだしたのは緋毬だ。
千歳は付き合わされただけ。
緋毬の言葉に千歳はそっかと笑い。
「でも、緋毬一人だけだったなら怒ったかな。誘ってくれて嬉しいよ」
「ナンパが心配か?」
緋毬は茶化すように口元を緩め、ポケットに手を入れたまま肘で千歳を小突く。
「はは……うん、そう。ナンパシンパイ。相手が、だけどね」
「てめぇ!」
緋毬が千歳を殴ろうと拳を握った。千歳はその戦闘姿勢に慌てて手を振る。
「暴力反対! あ、ほら。緋毬、目的地着いたよ!」
気が付くと、本日の目的地に着いていた。
咲杜神社。
見上げれば、長く続いた階段。
「いつ見ても登るのだりぃ階段だな。千歳、おんぶ」
「ええっ!? 自分で登ろうよ!」
「てめっ、千歳を連れてきたのはこのためだろ」
「そんな目的で連れだしたの!?」




