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第1話

ネオフリーダムのアジト近く。

ギラン港を見下ろす高台に、一本の大樹があった。


アデンの青空の下、大きく枝を広げ、根は大地を深く掴んでいる。

その木漏れ日のもとに、二つの新しい墓が並んでいた。


若い白髪の男が、墓地の前の人影に気が付いて、供え物を手に立ち止まった。

桃や葡萄の載った小さな籠のそばを、一匹の子猫がじゃれていた。


男は一度踵を返しかけたが――。


「遠慮は不要だよ」


女の声に振り返る。

風華夢フーカムが、ゆっくりと墓前へ歩いて行く。


「シエン殿、ご無沙汰しております」

彼は、軽く会釈をする。


「どうぞ」

シエンはライザの墓前から立ち上がると、横の大樹の幹に歩いた。


風華夢はバニラの墓前に供え物を置き、両手を合わせて目を閉じた。

しばし、沈黙が二人の間を満たす。


やがて、風華夢が顔を上げ、一礼して立ち去ろうとした――その背に。


「少し、話をしないか」

シエンの声が追った。


風華夢は微笑み、ゆっくりと歩み寄る。


「座らないか」

言われるままに、大樹の幹に寄りかかるシエンの隣に腰を下ろした。


「酔われておられますな」


「少しな。お主も飲むかい?」

果樹酒の瓶を差し出す。


風華夢は首を横に振った。

A級戦士が二人、静かに大樹に凭れていた。


「ひとつ、頼みごとを聞いてはもらえないか」

シエンが視線を向けた。


「わたしに出来ることでしたら」

風華夢は、わずかに頷く。


「……わたしは、ライザを失い、友がいなくなった」


「えっ。あなたの周りには、たくさんの――」


「ネオのみんなか。あれは仲間、いや家族だな。……だが、友と呼べるものは、いない」


シエンはわずかに目を伏せた。


「だから。お主に、わたしの友になってほしい」


「友に……」


風華夢は一瞬言葉を詰まらせた。


「それは……。わたしには、友を作る勇気が――」


「分かるよ」

シエンはやわらかく遮った。


「……?」


「わたしも、掛け替えのない友を失って分かった。この痛み、この辛さ……心の何かが、壊れたかのようでな」

語尾は少しだけ震えていた。風華夢は俯いたまま、息を呑んだ。


「お主も、過去にあったのか。友を失ったことが。……そして、心が壊れかけたことが」


風華夢はそっと立ち上がった。

シエンに軽く一礼すると、背を向ける。


それは「違う」という拒絶にも見えた。その背は、どこか寂しげだった。


「そうだね。物事は片側から見ただけじゃ分からない。お主のは違うな」

シエンが、静かに続けた。


「お主が友を作らないのは――友を失うのが恐いのではなくて、自分が死んだとき、友に背負わせる悲しみが怖いのだろう」


風華夢の足が止まった。


「勘違いするな。わたしは、大丈夫だ。だから、わたしの友になれ」


少し歩みを戻した風華夢の足元に、子猫がじゃれついた。


風華夢はゆっくりと顔を上げる。


「すぐには……無理ですが。……わたしでよろしければ、お願いします」


「いつまでも待つよ」

シエンはやわらかく微笑んだ。


「次の攻城戦が終わったら、また来ます」


「そのときは一緒に呑もう。朝まで、酔っぱらって」

果樹酒を掲げてみせた。


風華夢は静かに微笑むと――。


再び歩き出した。

子猫がその後を追い、やがて二人の影は木漏れ日の中へ溶けていった。

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