第2話
血盟ニュルンベルグの風華夢は、グルーディオの城下にいた西部軍のモンゾーラに撤退を命じると、その足でネオフリーダムのアジトへ向かった。
その突然の訪問に、出迎えたブルーベルやパルたちとの間に一触即発の緊張が走ったが、デュランが間に入って場を収めた。
話を聞いたパルたちは誤解が解け、最後に風華夢は深く頭を下げて謝罪し、今後の敵対行為はないことを約束した。
◇
シエンとミロイは、すっかり日が暮れてから戻ってきた。
サザーランドのジンたちは、自分たちのアジトへ戻った。
意識のないハルトは、ニュルンベルグ兵が荷車に乗せて運んできてくれた。
リオナは、兵にハルトを運ばせると、羅観王への報告のためにシェヴェリーン城へ戻った。
寝床に運ばれたハルトには、いまも妻のメリサとリクトが付き添っている。
◇◇◇
――――二時間後。
龍神鬼との壮絶な戦いを終えたレイジとビクライが、エルナを両脇で支えるようにして帰ってきた。
それに気づいたセシリアが、アジトの門から飛び出してきた。
セシリアは、ずっと外でレイジの帰還を待っていた。
「レイジ!」
駆け寄ると、レイジの首に抱きつく。
レイジはそれを右腕でしっかりと受け止めた。
「うわ」
レイジが支えを放棄したせいで、エルナの体重がビクライひとりにのしかかり、思わず声が漏れた。
「もう、心配したんだから……」
セシリアの目から涙があふれた。
レイジは黙って、腰に回した腕に力をこめた。
――ギュッと。
「おまえ、少し痩せたな」
レイジがセシリアの顔を覗き込む。
セシリアは何か言いかけたが、ためらった。
「どうした?」
「レイジ……頭、アフロに変えたの?」
「あ、いや。これは……」
横にいるビクライを見たが、ビクライは慌てて目を逸らした。
「まあ、色々話すことはあるけど、とりあえず、水をくれ」
レイジはアジトの中へ歩いていった。
ラウンジの椅子に腰を下ろし、パブロから水を受け取ると、一気に飲み干す。
次に渡されたタオルで顔を拭いた。
真っ白なタオルに、黒く煤けた顔の跡が残った。
「レイジさん」
ラウンジの入り口に、メリサとリクトが立っていた。
レイジはタオルをパブロに返すと、立ち上がった。
「ご無沙汰しています。今回のこと、夫が本当に申し訳ありませんでした」
メリサが頭を下げる。
レイジは首を横に振り、優しく言った。
「一度も間違わずに生きていける奴なんていない。ハルトは、ずっとおれたちの仲間さ」
「ありがとうございます」
メリサはさらに深く頭を下げた。
「さすが、盟主が言うと、言葉が重い」
そこへ通りかかったパルが言う。
「ほとんど間違って、生きてる奴もいるしな」
後ろからシエンが続けた。
レイジは一瞬首をひねったが、
「お、シエン。ハルトを救い出したんだって?」
「わたしじゃないよ。ジンたちが助けてくれた」
「なぁ~んだ、おまえじゃないのか。シエン、たまには活躍しろよ」
レイジが言うと、リクトの前に跪いた。
横のメリサが『違います』と言おうとしたが、シエンが首を振って止めた。
「リクト、大きくなったなぁ」
レイジがリクトを抱き上げた。
そこへブルーベルがすごい剣幕でやってきた。
「レイジ!」
レイジはリクトを降ろして振り返った。
「単独行動は絶対にするなって、あれだけ言われたのに、なにやってんのよ!」
「はい」
直立不動のレイジ。
「はいじゃないわよ。姉さんを心配させて……」
「はい!」
シエンとパルは目配せをして、立ち去るタイミングを探っていた。
「まあ、そう怒るな」
パブロが間に入った時に、ミロイが中庭から走ってきた。
「兄やん、ちょっといい」
ミロイが外を指差す。
「なんだよ、慌ただしいな」
言いつつ、レイジは心の中で『GOOD JOB』と呟いていた。
ブルーベルはまだ収まらなかったが、身体を引いてレイジを道を開けた。
レイジは先ほどの死闘のことをまだ何も話せていなかった。
ビクライは、深手を負ったエルナを寝床に運んだきり、出てきていない。
外に出ると、白髪の少し痩せた男が立っていた。
ミロイが、自分を救ってくれたことも含めて、横にいる風華夢を紹介した。
「なんで、こんな外にいるんだ?」
「風華夢さんが、ここでいいと」
風華夢が微笑んだ。
「あんた、ニュルンベルグの四天王だったのか」
「はい」
「あのとき、おれを殺りに……」
「はい」
「おれは背中を向けて無防備だっただろ。なんで殺らなかった?」
「……」
風華夢は下を向いている。
「ん?」
「……いえませぬ」
「はぁ?」
「わたしには友がおりませぬ。バニラ殿から、レイジ殿の周りにいるお仲間たちの話を聞きました。わたしは――」
その途中で、レイジが風華夢の両肩にドンッと手を置いた。
「えっ、えええ!?」
一分の隙も見せなかった風華夢が無防備な姿を見せ、ミロイが驚いた。
「まあ、いいや」
レイジが微笑んだ――その時、重要なことを思い出した。
(ニュルンベルグといえば、こいつ、龍神鬼の仲間だよな……けっこう仲良しだったりして……。あちゃ~、悪いことしちまったかも。……汗)
急に不安な顔になるレイジ。
(でも正直に話さないと……)
と、その時。寝床から戻ってきた(何も知らない)ビクライが歩いてくるのが見えた。
「ビク!」
呼ばれたビクライが走ってきた。
「ビク、これからボクには重要な盟主の用事があるんで、この方に、さっきの黄昏山地での出来事を話してあげなさい!」
ビクライは目をぱちくり。
(この人は誰なんだろう……?)
風華夢が静かに会釈した。
「レイジ!ここにいたのか」
デュランが外に出てきた。
「デュラン、戻ってたのか。……あ、ああ、例の件だよな」
レイジが片目を瞑った。
「いや、レイジに、お土産が……」
「いいから、いいから」
レイジはデュランの肩に手を回し、強引に連れていった。
少しして裏から「にげぇぇぇ~!」とレイジの声が響いた。
そのあと。
ビクライの話を聞いた風華夢は、いつも冷静な表情を崩さぬ彼にしては珍しく、はっきりと動揺していた。
「あれ、レイジはどこ行った?」
セシリアが走ってきた。
「今度はなに?」
ビクライが顔を向ける。
「ルピタの意識が戻ったよ」
セシリアが、満面の笑みで答えた。




