第1話
黄昏山地に陽が沈んだ後も、未練がましく西の空で焼けている夕空が、この戦いの唯一の明かりだった。
「この戦いも、そろそろ終わりだな」
ブレイヴディラーの盟主・アルカンブーストが、横にいるニアーナとゼイラスに、少し悲しげな顔を向けた。
「そうですね」
ニアーナは頷いたが、ゼイラスは寡黙になっていた。
眼下の戦いを見ているうちに、いつしか笑みも消えていた。
―――その時、少し先の林の中から、ブレイヴディラーの軍団長・メルセデスが、馬に乗って飛び出してきた。
「殿!」
「ん?」
アルカンブーストが、聞き慣れた声の方へ顔を向けると、メルセデスが二百を超える大軍を引き連れて、こちらへ向かってきていた。
「何事か!?」
ニアーナが問うと、近くまで来たメルセデスが馬を降りた。
「ニュルンベルグの龍神鬼が動き出したという情報が入ったので」
「――そのことか」
アルカンブーストの言葉に、軍団長補佐のサファイアが、
「心配しました」
と、安堵の声を漏らす。
「そのことなら、直に終わる」
アルカンブーストが、眼下へ視線を向けた。
メルセデスが崖の上から見下ろすと―――一人の男が、三体の巨大な獣鬼に追いかけられていた。
◇
レイジの手には武器もなく、ビクライの攻撃魔法では、龍神鬼を倒せないことは明白だった。
―――それでも、レイジは必死に走っていた。龍神鬼の後方へ迫る。
と、その時。
先頭を走るゾドムが、レイジの首を掻っ切ろうと太い腕を上に掲げた。その腕の先には、三本の鋭い鉤爪が付いている。
・龍神鬼 : 残HP 1356
・ビクライ : 残HP 618
・レイジ : 残HP 僅かの188
「レイジ!」
レイジがゾドムの一撃で逝くことは、ビクライにも分かっていた。
ビクライは、慌てて魔法を唱えた。
―――ブボワァ!!
ビクライから発射された火の玉が、龍神鬼の顔の僅か横を通り過ぎて、後方へ飛んで行った。
「外れかよ」
龍神鬼が笑う。
「この世界で弱い奴が勝つなんて道理は、どこにもねぇ~んだよ!」
龍神鬼の両手剣が、ビクライの軽鎧のわき腹にめり込んだ。
―――ガツゥゥゥ!!
「ぐふぅぅ!」
龍神鬼の攻撃をもろに受けて、ビクライが血の泡を吹き出した。
『ビクライが124のダメージを与えた!』
『龍神鬼が426のダメージを与えた!』
「ん!?」
龍神鬼が、ビクライの攻撃が何に当たったのか、後ろを振り返った。
と、その時。
ゾドムの大きな鉤爪が、龍神鬼の頭を突き上げた。
『ゾドムが266のダメージを与えた!』
「な、なにぃ!?」
龍神鬼が振り返った先には、顔を黒焦げにして、髪の毛がチリヂリになったレイジが立っていた。
・龍神鬼 : 残HP1090
・ビクライ : 残HP 192
・レイジ : 残HP 64
レイジが口から煙を噴き出した。
顔を上げると、龍神鬼が三体のゾドムに囲まれていた。
ビクライがゾドムを避けながら、そっとレイジに近づいてきた。
傍まで来ると、足元の覚束ないレイジを肩で支えながら、ビクライが言った。
「……なんで分かった?」
「ん?」
「おれが、自分にタゲを貰うために、レイジを攻撃するってことを。」
「ああ、それか」
レイジは少し笑って言った。
「それは、おまえがネオだからだよ。うちの連中は、自分が逝くよりも、仲間が逝く方が辛い。おまえがタゲをもらわなければ、おれが逝くって分かってただろ?だったら、おまえが自分を犠牲にしないで、仲間を見捨てるなんてことは絶対にありえねぇーんだよ。」
実際―――こうだった。
ビクライは、ゾドムのタゲをレイジから自分に移すために、敢えてレイジを攻撃した。
ゾドムの習性では、「タゲられている者を攻撃した対象にタゲが移る」。
だが、そこに龍神鬼が―――タゲの移ったビクライを攻撃した。
その瞬間、ゾドムのタゲは全て「龍神鬼」へと移ったのだった。
ビクライの火の玉を食らって、レイジの鎧の中がまだ燻っている。
「じゃあ、あの焦ったふりもか?」
「ああ。おれが素手であることを見せて、ああでもしなければ……二回目だからな。さすがにアホな龍神鬼だって、なんか気づくだろ?そうなると、ゾドムを引き連れて、こんな傍まで近づけなかっただろうからな」
レイジの言葉に、ビクライは頷いて顔を向けた。
「だけど、おれが焦って、レイジじゃなくて後ろのゾドムを攻撃してたら、その時は他の2頭のゾドムに、レイジがやられてたんだぞ?」
「あはははっ、そーだな。その時は、諦めるしかねぇーや」
「はぁ……」
「おれには金もねぇーし、装備もおまえらからの貰いもんだ。なんの足しにもなんねぇ。だから、おれがこの世界でおまえらに差し出せるとしたら、この命くらいしかねぇーんだよ」
チヂレ髪のレイジが、真顔で言った。
「それにさ、ちゃんと頑張ってから逝かねぇーと、母ちゃんにも叱られちまう」
レイジが笑った。
ビクライは、話のどこまでが本気なのかと、煤で黒くなったレイジの顔を覗き込んだ。
「それよか、ビク。おまえにタゲが移ったことに気が付いて、龍神鬼がおまえへの攻撃を止めたら、そん時は、おまえがゾドムに殺られてたんだぞ。それでも良かったのか?」
「そん時は諦める。レイジがさっき言っただろ?おれだって、ネオなんだよ」
と、ビクライが笑顔で事も無げに言うと、レイジも微笑んだ。
二人が、倒れているエルナの方へ歩き出そうとした時に、
「そうだ」
レイジが何かを思い出したように、ビクライに顔を向けた。
「おまえ、そこまで分かってたんなら、もっと弱い魔法でも良かったんじゃねぇ?マジ死ぬかと思ったぞ」
残HPが64になったレイジが言うと、
「あー、メンゴ、メンゴ!ショートカットに登録してある攻撃魔法の弱いのが、あれしかなくって……」
と、ビクライが頭を掻いた。
「そういうことか」
レイジが頷いた。
二人がエルナのところまで歩いて来て、ビクライが跪いた。
「大丈夫か?」
と、エルナを抱き起こした。
「無理だろ。龍神鬼の攻撃を受けて大丈夫なわけがない。」
と、エルナがビクライの胸に頭をもたせ掛ける。
二人は、エルナを両側から肩で抱えて、丘の上へ歩き出した。
「これで、本当に終わったな」
レイジの言葉に、安堵感の空気が広がった。
三人は、誰の目からも満身創痍だった。
―――丘の上に来たときに、背後で龍神鬼の断末魔の声が響いた。
◇
「さて、おれたちも帰るぞ」
崖の上にいるブレイヴディラーのアルカンブーストが、悍馬に跨った。
「終わったな……」
ぽつりと呟いて、最後に一度だけ暗くなった眼下を見下ろした。
疲労困憊のアルカンブーストだったが、その横顔は、どこか満ち足りていた。
◇
レイジたちは、丘の上でエルナを真ん中にして、大の字になって、すっかり暮れてしまったアデンの空を見上げていた。
ビクライのMP回復を待って、ヒールとバフをもらおうと……。
「エルナ、大丈夫か?」
チヂレ毛と褐色フェイスにイメチェンしたばかりのレイジが、上を見たままで声を掛けた。
「うん、ちょっと痛いけどね」
と、横でエルナが顔を向けて微笑んでみせた。
レイジも横に顔を向ける。
(おわ、顔が近い……)
と、レイジが少し顔を引きながら、
「じゃあ、今度、ビクライに内緒で、気分転換に海外旅行でも行かねぇ~か!」
と、小声で言うと、エルナの無傷の右腕のボディーブローが、レイジの横っ腹に炸裂した。
『エルナが、レイジに3のダメージを与えた!』
「あははは……」
「ははは……」
「ははは……」
三人の大きな笑い声が、アデンの夜空に広がった。
「エルナ、宿屋の部屋は別にすっ―――」
再び、エルナのボディーブローが飛んできた。
『エルナが、レイジにさらに3のダメージを与えた!』




