表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アデン大戦記 ―今日も俺たちは死にかけている―  作者: 霧原零時(orすっとぼけん太)
第九章 いつだってアデンの空は蒼かった
50/54

第1話

黄昏山地に陽が沈んだ後も、未練がましく西の空で焼けている夕空が、この戦いの唯一の明かりだった。


「この戦いも、そろそろ終わりだな」

ブレイヴディラーの盟主・アルカンブーストが、横にいるニアーナとゼイラスに、少し悲しげな顔を向けた。


「そうですね」

ニアーナは頷いたが、ゼイラスは寡黙になっていた。

眼下の戦いを見ているうちに、いつしか笑みも消えていた。


―――その時、少し先の林の中から、ブレイヴディラーの軍団長・メルセデスが、馬に乗って飛び出してきた。


「殿!」


「ん?」

アルカンブーストが、聞き慣れた声の方へ顔を向けると、メルセデスが二百を超える大軍を引き連れて、こちらへ向かってきていた。


「何事か!?」

ニアーナが問うと、近くまで来たメルセデスが馬を降りた。


「ニュルンベルグの龍神鬼が動き出したという情報が入ったので」


「――そのことか」

アルカンブーストの言葉に、軍団長補佐のサファイアが、


「心配しました」

と、安堵の声を漏らす。


「そのことなら、直に終わる」

アルカンブーストが、眼下へ視線を向けた。


メルセデスが崖の上から見下ろすと―――一人の男が、三体の巨大な獣鬼に追いかけられていた。



レイジの手には武器もなく、ビクライの攻撃魔法では、龍神鬼を倒せないことは明白だった。


―――それでも、レイジは必死に走っていた。龍神鬼の後方へ迫る。


と、その時。

先頭を走るゾドムが、レイジの首を掻っ切ろうと太い腕を上に掲げた。その腕の先には、三本の鋭い鉤爪が付いている。


 ・龍神鬼  : 残HP 1356

 ・ビクライ : 残HP 618

 ・レイジ  : 残HP 僅かの188


「レイジ!」


レイジがゾドムの一撃で逝くことは、ビクライにも分かっていた。

ビクライは、慌てて魔法を唱えた。


―――ブボワァ!!


ビクライから発射された火の玉が、龍神鬼の顔の僅か横を通り過ぎて、後方へ飛んで行った。


「外れかよ」

龍神鬼が笑う。


「この世界で弱い奴が勝つなんて道理は、どこにもねぇ~んだよ!」


龍神鬼の両手剣が、ビクライの軽鎧のわき腹にめり込んだ。


―――ガツゥゥゥ!!


「ぐふぅぅ!」


龍神鬼の攻撃をもろに受けて、ビクライが血の泡を吹き出した。


『ビクライが124のダメージを与えた!』

『龍神鬼が426のダメージを与えた!』


「ん!?」


龍神鬼が、ビクライの攻撃が何に当たったのか、後ろを振り返った。


と、その時。

ゾドムの大きな鉤爪が、龍神鬼の頭を突き上げた。


『ゾドムが266のダメージを与えた!』


「な、なにぃ!?」


龍神鬼が振り返った先には、顔を黒焦げにして、髪の毛がチリヂリになったレイジが立っていた。


 ・龍神鬼  : 残HP1090

 ・ビクライ : 残HP 192

 ・レイジ  : 残HP  64


レイジが口から煙を噴き出した。


顔を上げると、龍神鬼が三体のゾドムに囲まれていた。


ビクライがゾドムを避けながら、そっとレイジに近づいてきた。


傍まで来ると、足元の覚束ないレイジを肩で支えながら、ビクライが言った。


「……なんで分かった?」


「ん?」


「おれが、自分にタゲを貰うために、レイジを攻撃するってことを。」


「ああ、それか」


レイジは少し笑って言った。


「それは、おまえがネオだからだよ。うちの連中は、自分が逝くよりも、仲間が逝く方が辛い。おまえがタゲをもらわなければ、おれが逝くって分かってただろ?だったら、おまえが自分を犠牲にしないで、仲間を見捨てるなんてことは絶対にありえねぇーんだよ。」


実際―――こうだった。


ビクライは、ゾドムのタゲをレイジから自分に移すために、敢えてレイジを攻撃した。

ゾドムの習性では、「タゲられている者を攻撃した対象にタゲが移る」。


だが、そこに龍神鬼が―――タゲの移ったビクライを攻撃した。


その瞬間、ゾドムのタゲは全て「龍神鬼」へと移ったのだった。


ビクライの火の玉を食らって、レイジの鎧の中がまだ燻っている。


「じゃあ、あの焦ったふりもか?」


「ああ。おれが素手であることを見せて、ああでもしなければ……二回目だからな。さすがにアホな龍神鬼だって、なんか気づくだろ?そうなると、ゾドムを引き連れて、こんな傍まで近づけなかっただろうからな」


レイジの言葉に、ビクライは頷いて顔を向けた。


「だけど、おれが焦って、レイジじゃなくて後ろのゾドムを攻撃してたら、その時は他の2頭のゾドムに、レイジがやられてたんだぞ?」


「あはははっ、そーだな。その時は、諦めるしかねぇーや」


「はぁ……」


「おれには金もねぇーし、装備もおまえらからの貰いもんだ。なんの足しにもなんねぇ。だから、おれがこの世界でおまえらに差し出せるとしたら、この命くらいしかねぇーんだよ」

チヂレ髪のレイジが、真顔で言った。


「それにさ、ちゃんと頑張ってから逝かねぇーと、母ちゃんにも叱られちまう」


レイジが笑った。

ビクライは、話のどこまでが本気なのかと、煤で黒くなったレイジの顔を覗き込んだ。


「それよか、ビク。おまえにタゲが移ったことに気が付いて、龍神鬼がおまえへの攻撃を止めたら、そん時は、おまえがゾドムに殺られてたんだぞ。それでも良かったのか?」


「そん時は諦める。レイジがさっき言っただろ?おれだって、ネオなんだよ」


と、ビクライが笑顔で事も無げに言うと、レイジも微笑んだ。


二人が、倒れているエルナの方へ歩き出そうとした時に、


「そうだ」


レイジが何かを思い出したように、ビクライに顔を向けた。


「おまえ、そこまで分かってたんなら、もっと弱い魔法でも良かったんじゃねぇ?マジ死ぬかと思ったぞ」


残HPが64になったレイジが言うと、


「あー、メンゴ、メンゴ!ショートカットに登録してある攻撃魔法の弱いのが、あれしかなくって……」


と、ビクライが頭を掻いた。


「そういうことか」

レイジが頷いた。


二人がエルナのところまで歩いて来て、ビクライが跪いた。


「大丈夫か?」

と、エルナを抱き起こした。


「無理だろ。龍神鬼の攻撃を受けて大丈夫なわけがない。」

と、エルナがビクライの胸に頭をもたせ掛ける。


二人は、エルナを両側から肩で抱えて、丘の上へ歩き出した。


「これで、本当に終わったな」


レイジの言葉に、安堵感の空気が広がった。


三人は、誰の目からも満身創痍だった。


―――丘の上に来たときに、背後で龍神鬼の断末魔の声が響いた。



「さて、おれたちも帰るぞ」


崖の上にいるブレイヴディラーのアルカンブーストが、悍馬に跨った。


「終わったな……」

ぽつりと呟いて、最後に一度だけ暗くなった眼下を見下ろした。


疲労困憊のアルカンブーストだったが、その横顔は、どこか満ち足りていた。



レイジたちは、丘の上でエルナを真ん中にして、大の字になって、すっかり暮れてしまったアデンの空を見上げていた。


ビクライのMP回復を待って、ヒールとバフをもらおうと……。


「エルナ、大丈夫か?」


チヂレ毛と褐色フェイスにイメチェンしたばかりのレイジが、上を見たままで声を掛けた。


「うん、ちょっと痛いけどね」

と、横でエルナが顔を向けて微笑んでみせた。


レイジも横に顔を向ける。


(おわ、顔が近い……)


と、レイジが少し顔を引きながら、


「じゃあ、今度、ビクライに内緒で、気分転換に海外旅行でも行かねぇ~か!」


と、小声で言うと、エルナの無傷の右腕のボディーブローが、レイジの横っ腹に炸裂した。


『エルナが、レイジに3のダメージを与えた!』


「あははは……」

「ははは……」

「ははは……」


三人の大きな笑い声が、アデンの夜空に広がった。


「エルナ、宿屋の部屋は別にすっ―――」


再び、エルナのボディーブローが飛んできた。


『エルナが、レイジにさらに3のダメージを与えた!』

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ