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第4話

――グルーディオ城下の街。


「あいつらです」


仙空惨(センクウザン)が率いていた西部軍の兵が指差した。ニュルンベルグの西部軍軍団長、モンゾーラが走り寄って視線を向ける。


「あいつらが、我が軍のことを嗅ぎまわっている、おそらくネオフリーダムかと」


「そうか。それで何人集まった?」


モンゾーラが横の男に顔を戻して問う。ヒューマンファイターであるモンゾーラは、仙空惨亡き今、その職位に就いていた。


「十三です」


軍師知雀明(チジャクミョウ)が出した『ネオフリーダムを見かけたら全員殺せ』という指令は、本人が死んだ今も健在だった。


「四人か……あの盾持ちの爺はファイター4人で足止めだ。女魔導士たちはシーフで潰せ。詠唱だけは絶対にさせるなよ」


「分かりました」


「あとは、あの素早そうな、短剣を両手にもったドワーフの娘だが、……」


「俺が殺ります。前に出てきたところをこの弓で」


西部軍の中で、弓の腕前が随一のウーウーが、弓を掲げて見せた。


「よし、おまえに任せる」


モンゾーラが頷いた。


「いいか、ネオフリーダムは全員殺せ。いいな!」


「御意!」


ニュルンベルグの兵たちはバフを浴びると、走り出した。


パルたち四人は、街でニュルンベルグの情報を探っていた。ハルトがニュルンベルグのどこかの城に囚われている可能性があったのだ。――と、いきなり、ニュルンベルグの兵たちが、歩いている四人を取り囲んだ。すぐにも攻撃を仕掛けてくる様子だった。


「やっちまえー!」


モンゾーラが怒鳴った。


「やるしかないな」


パブロが言うと、背中に担いでいた大きな盾を手に持って、前へ出る。


「行くよ!」とブルーベルが続く。


セシリアは、その場で、ヒーラー系最上位の攻撃魔法を唱えた。


「ゼンレスライトニング!」


アジトで二人の兵士を卒倒させた範囲魔法だ。


――ズジャジャジャ・・・・・ズズン!


ニュルンベルグ兵の頭上に、複数の雷が一直線に降り注いだ。が、しかし誰も倒れない。兵たちは一瞬怯んだが、飛び出す前に施したバフが効いていたのだ。


ブルーベルは、パブロへ防御力強化バフを行っていた。大盾がキラリと光る。セシリアはその横に来ると、襲ってくる戦士に向けてデバフを唱えた。敵の動きが少しスローになる。が、これもバフが効いていて、効果は僅かだった。


続いてブルーベルが、バフ系最上位の攻撃魔法を叩き込む。


「デステンペスト!!」が、これでも倒れない。


「まずいね。魔法耐性を強化している。パル、敵のバフ屋を」


ブルーベルが振り返ると、パルが来ていなかった。

パルは、ニュルンベルグ兵の姿が見えた場所から、一歩も動いていなかった。というよりも、動けなかった。パルの短剣を握る手が小刻みに震え、額からは大粒の汗が流れ落ちている。


「パル、どうしたの!?」


セシリアも異変に気付いて声を掛けた。しかし、パルには届かない。

パルは、自分の剣を持つ両手を見つめながら、首を横に小刻みに振り、手に余る鮮明な恐怖に、抗うことが出来なかった。


「おわ!」


パブロの後ろにいたブルーベルに、二人の敵シーフがジャンプすると、同時に襲い掛かってきた。ブルーベルは、持っている双剣でそれを弾き返した。


「なにぃ!」


斬りかかったシーフが、驚きの顔をした。


(こいつ、接近戦は出来ない筈だろ)二人のシーフが顔を見合わせた。


その後ろにいるセシリアにも、敵のシーフがまとわりついていた。

攻撃を躱しているが、これでは詠唱が出来ない。

パブロは、前衛で四人の戦士に囲まれて戦っていた。パブロのHPが、少しずつ削られていく。しかし、ヒールが出来ない。


「パル!このシーフを!」


セシリアが盾で攻撃を躱しながら、悲鳴のような声を上げた。


「わしが行く!」


パブロが二人の方へ戻ろうとした時、モンゾーラが剣を抜いて、道を塞いだ。


「こんなところで、パル!パル!」


ブルーベルが、二人のシーフを相手に剣で戦っている。しかし、明らかに劣勢だ。

モンゾーラまで入って五人の戦士を相手にするパブロのHPと、シーフの攻撃をギリギリで躱しているセシリアたちのスタミナが切れるのは、時間の問題だった。



「わたしには、……できない」


膝をつき、握っている短剣を見つめながら、パルが消え入るような声で呟いた。

俯くパルの額からは、滝のような汗が流れ落ち、顔色は真っ白で、まったく血の気がない。


喧騒の中で、不意に訪れた静けさ。……その剣を握る小さな手に、細くて長い指が、そっと重なった。


「パル、あなたなら出来ますよ」


パルが、その手の持ち主に顔を向けた。


「心配しないで。あなたもネオフリーダムです」


「デュラン!」


彼女が声を上げた。すぐ横に、デュランが跪いていた。


「仲間があなたを待っていますよ」


デュランが静かに指さす方向へ、彼女がはじめて視線を向けた。


「あっ!」

セシリアが、ブルーベルが、そしてパブロが必死に戦っていた。


パルは、魔物を恐れたことは無かった。しかし、自分の攻撃が、対人戦で通用するのか不安だったのだ。もしも通用しなければ、確実に『本当の死』に至る。しかし、そんなことに臆することもなく、仲間たちは毅然と戦っている。パルは目を覚ました。


「パル、人も魔物も、仲間を傷つける者は、みな同じです」


デュランの諭すような優しい言葉に、彼女の顔にも少し血の気が戻ってきた。


「まずはあのシーフ四体をお願いします。あなたなら、1人で充分です。わたしは後ろのバフ職をやります」


デュランが、セシリアたちに纏わりついているシーフを指差した。


「さっさと終わらせて、チルルのところに帰りましょう」


「うん」


パルは、顔を上げると立ち上がった。


デュランは、通常時の白い矢を三本同時につがえると、雷嵐らいらんの大弓の弦を弾いた。雷嵐の矢を使うと、雷を纏った巨大な粉塵が巻き上がり、町中が吹き飛ぶ恐れがあるので、ここでは使えなかったのだ。


「パル!」


気が付いたセシリアが声を上げるよりも早く、パルは上空で二回転すると、一人のシーフの肩の後ろに立って、首に短剣を突き刺した。そして反転すると、もう一人のシーフの首を斬り裂いた。――速い。その隙に、セシリアは、パブロへフルヒール。


その横を、三本の白い矢が音もなく飛んできて、後衛に居たバフ職三人の額を正確に射抜いた。


「ウーウー!あのシーフを!」


モンゾーラが怒鳴った。が、返事が無い。

モンゾーラが振り返ると、額に白い矢が刺さっているウーウーが、仰向けで倒れていた。


「クソー、撤退するぞ!」


モンゾーラの声に、ニュルンベルグの残りの兵たちが走って逃げて行った。


戦いの後

「おお、デュラン」


歩いて来るデュランに気が付いて、パブロが声を掛けた。


「デュラン、遅いよ」


セシリアも、


「よお!」


と、ブルーベルも声を掛けた。


「おそくなりました」


デュランが微笑んだ。


「ごめん、わたし……」


と言いかけたパルに、「ん、なにかあったか」と、二分前に死にかけていたブルーベルが惚ける。

「元気になったのなら、それでよいわ」とパブロも頷く。

「なにも無かったよね」と、セシリアも微笑んだ。


「さーて、アジトへ帰りましょう」


デュランが、パルの肩に手を掛けて歩き出した。その後を三人も続いて歩き出す。


パブロたちは、特に有力な情報を得られなかったが、シエンたちが戻っている可能性もあるので、ひとまずアジトへ戻ることにした。

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