第6話
ネオフリーダムの食堂には、これまでにない重苦しい緊張が漂っていた。
テーブルに並んだ料理は手付かずで、食器の音一つしない。普段の喧騒はどこにもなく、誰もがうつむきがちだった。
バニラの死。ルピタの瀕死状態。ライザの最期。ハルトの失踪。セシリアの決断。そして、ミロイの旅立ち……
それぞれが違う痛みを抱え、絆に裂け目が生まれかけていた仲間たちが――今日この時、ふたたび一堂に会した。
そこへ、サザーランドの面々が姿を現す。
ジン、ブルグ、ガリオン、ロカボの四人がダイニングに入ってくると、微かな緊張が場の空気を引き締めた。
「レイジ、ニュルンベルグと何かあったのか?」
最初に口を開いたのは、世話係のパブロだった。
「……たぶん、グルーディオでバニラに絡んでた奴ら、ニュルンベルグの兵だ」
レイジは静かに答えた。その声音には、抑えきれない苦々しさが滲んでいた。
「まあ、状況的に見て、それが自然な線だろうな」
シエンが短く補足する。
そのとき、小さな足音がダイニングに響いた。
六歳のチルルが、ぱたぱたと走り寄り、迷いなくレイジの膝に飛び乗る。
レイジは何も言わず、落ちないように抱き寄せた。ただその仕草だけで、場にひととき、静かな温もりが戻る。
「知雀明……あの軍師は、プライドが異常に高いと聞く。どっかのクランの雑魚盟主にタメ口きかれたとなれば、それだけで火種には十分だね」
ブルーベルが皮肉混じりに呟いた。
「おまえ、今さらっと“雑魚”って言ったよな?」
レイジは眉をひそめ、不満げに食ってかかる。
「仕方ないよ、レイジだし」
パルが淡々と突き放す。
「レイジが謝って、許してもらえばよかったんじゃないの」
ブルグが素で言い放ち、場の空気がわずかに揺れた。
「いや、それは無理だな」
シエンが即答する。
「うちは、理不尽に頭を下げて従うクランじゃない」
パルの言葉に、皆が静かに頷いた。
「まあ、現実ってのはそんなもんじゃ。こっちが筋を通しても、向こうが火を噴くこともあるしな」
老戦士ガリオンが、重い口調で言葉を置いた。経験からくる実感――それが場の空気にじわりと染み渡る。
「で、これからどうするつもりだ?」
サザーランドの女盟主・ジンがレイジに視線を向けた。
「……あー、そうそう、それね」
レイジは、チルルをパブロの膝に預けて立ち上がる。
皆の顔を順に見渡し、意味深に一拍――
満面の笑顔で宣言する。
「これからの話は――全部パルがする!」
「は? おい待てっ!」
パルが思わず声を上げた。
「昨日、俺が言ったことをそのまま話せばOKだから」
レイジは悪びれる様子もなく椅子に戻り、チルルをまた膝に乗せた。……なんで立った。
パルは半ば諦めたように、渋々立ち上がる。
「えーと……まず、絶対に単独行動は禁止」
その言葉に、横目でレイジを睨む。
(こいつ……本当に、何も考えてないのか)
レイジは片目をつぶって微笑んだ。
(いや、すげぇ考えた末に、おまえの意見に従うって決めたんだ)
その瞳が、そう語っていた。
パルは小さく首を振り、苦笑交じりに呟いた。
「……ったく、こういう時だけ素直なんだから」
「わしらも手を貸すが、相手はあのニュルンベルグじゃ。全面戦争もありえるな」
老戦士ガリオンの言葉が、空気を再び引き締める。
「それと――ちょっと残念な報告がある」
ジンが重ねるように言葉を継いだ。
「龍神鬼……って名のニュルンベルグ四天王のひとりが、レイジの首を狙って動いてるって話だ」
「……誰それ?」
レイジが首を傾げる。呑気すぎるその態度に、皆の視線が集中した。
「……その反応、マジかよ」
ブルーベルの顔色が見る間に蒼白になる。
「龍神鬼ってのは、全身の筋肉を極限まで鍛え上げた巨漢で、ニュルンベルグの血盟内でも最強の将。――斧を持てば山を割るって噂がある」
「えええっ、最強って……すげぇ強いってことじゃね?」
と、レイジがよく分からないことを、もっともらしく繰り返す。
「それに、清濁の持ち主で、普段は温厚で家臣想いだけど……時々、内側に眠る“もう一つの顔”が目覚めて、自分でも抑えが効かなくなるらしいの」
ブルーベルの声が、わずかに低くなった。
「セイダク? 清濁? なんかヤバい奴ってことでしょ?」
レイジが“分かってない風”で頷く。
横で、同じく分かってないビクライも頷いていた。
それに、パルが補足するように続ける。
「“清濁”ってのは、ざっくり言えば“善い部分と悪い部分、両方持ってる”ってこと。龍神鬼は、優しくて頼れる将軍の顔もあれば、暴走すれば手が付けられない殺戮者にもなる。で、自分でもその境目が制御できないってわけ」
「え、それもう二重人格とかじゃ……?」レイジが思わず引き気味に呟く。
「いや、人格は一つ。ただ、“スイッチ”があるんだよ。たとえば、仲間を傷つけられたとか、誇りを傷つけられたとか、何かの拍子でカチッと切り替わっちまうと、そこから先はもう誰も止められない。――自分でも」
「うわ……」
レイジとビクライが同時に顔をしかめて頷く。
「それだけじゃない」
ジンがさらに続け、皆の視線を集めた。
「ニュルンベルグは、すでに五つの城を落としてる。そして最後の一つ、あの“難攻不落”のブリザック城を、龍神鬼は――たった120の兵で、援軍も待たずに、三倍の兵力を擁する城を……わずか二時間で落とした」
静寂。
戦場の現実が、ずしりと胸にのしかかる。
「……そいつは、あぶなすぎるな」
寡黙なビクライが、珍しく低い声で呟く。その声が、妙にリアルに響いた。
「レイジ。勝手な単独行動は、絶対に禁止だからね!」
パルが真顔で念を押す。
「ああ」
レイジが短く頷いた――そのとき。
ダイニングの入り口に、二つの人影が現れた。




