第4話
――本日の狩りが終わった。
「レイジ、今日も大猟だね」
パルが、大剣を肩に担ぎながら歩いてくるレイジに声を掛けた。
「だな。この剣の破壊力は凄まじい」
レイジは笑みを浮かべ、レボリューションソードを軽く掲げて見せた。
以前使っていたDグレードの細剣とは比べものにならない威力だった。
「これで、オレも完全にゾドムを凌駕したな」
自信満々に言うレイジに、「それはない」と、パルが即座に否定し首を振る。
「でも、兄やんの盾役っぷり、結構様になってたよ」
ミロイが、倒した魔物をジェムルに吸収しながら言った。
「うちの盾役は、ハルトしかいないよ」
シエンが淡く笑って応じた、そのとき――
「レイジさん! 大変だ!」
サザーランドのロカボが、顔を真っ青にして走り込んできた。その様子は明らかにただ事ではない。
「ハア、ハア……ルピタと、……バニラが……っ」
息を切らしながら、言葉が続かない。
「何があった!?」
レイジが倒れそうなロカボを抱えるようにして言った。
「やられた……! 早く、アジトへ……っ!」
「なに……ッ!?」
レイジは咄嗟に仲間に目配せし、移動強化のバフを浴びると一気に駆け出した。シエンもそれに続く。
「オレは大丈夫だから、みんなも急いで!」
ロカボの息絶え絶えの言葉に、仲間たちも一斉に走り出した。
◇◇◇
――アジト中庭。
レイジが駆け込んできた。
―――ゼェ、ゼェ、ゼェ……。
彼は肩で息をしながら、膝に手をついて前屈みになった。額からは大粒の汗が滴り落ちている。
視線の先、井戸のそばにルピタが倒れていた。サザーランドのヒーラーが治癒魔法を施しているが、その顔は沈痛に曇り、回復の兆しは見られない。その傍らには、ブルグが膝をつき、じっとルピタを見守っていた。
レイジは足を引きずるように近づき、静かに跪くと、ルピタの額にそっと手を当てた。
「斬られた傷は癒えたけど……意識が戻らないんだ」
ブルグがレイジを見上げ、低く呟く。ルピタの胸元からの出血は止まっていた。
だが、頭部を強く打ち、生死の境を彷徨っていた。
顔を上げると、その先に、静かに横たわるバニラの姿があった。
その傍にはシエンがいた。動かぬバニラの身体を抱き起こした。
レイジは立ち上がると、バニラの方へ歩いて行った。
近くまで来て目が合うと、シエンは力なく首を横に振った。
レイジは静かに跪き、バニラの頬に手を当てた。まだ、冷たくはない。
沈黙が、場を支配する。
そのとき――
バニラの掌から、小さな金色の小瓶が転がり落ちた。
「それは……?」パルが指差す。
「万能回復薬……ゴールドポーション」ブルーベルの声が震える。
その瞬間、シエンの胸を何かが貫いた。
「……なんで、こんなことに」シエンはバニラを胸に強く抱きしめた。
「絶対に死ぬなって……あれだけ言ったのに……っ」
一筋の涙が、頬をつたって落ちた。
セシリアはその場に膝をついて泣き崩れる。ブルーベルがそっと肩に手を置く。
ミロイは頭を抱えてしゃがみ込み、パルは立ったままで無言で拳を握りしめる。
「レイジ!」
遠くからジンの声が飛ぶ。バニラの少し先に、ジンと、チルルを抱いたガリオンが立っていた。
「すまない……もっと早く来ていれば……」
ジンが俯くように言う。ジンたちはアジトの見回りを頼まれていた。
レイジは立ち上がり、ジンたちの方を見やった。
ガリオンが抱いていたチルルを、そっと地面に降ろす。
小さなその体が、ふらりと前に出た。泣き腫らした瞳で、チルルは両手を広げ、レイジの方へ走り出した。――が、それを、レイジが右手を開いて、制した。
レイジはチルルを見つめ、静かに首を横に振った。娘を抱き上げて、「よかった」とは、とても言えなかった。
チルルは、奥歯をぎゅっと噛みしめ、両拳を小さく握る。泣くまいと、必死に堪える。それでも、肩はわずかに震えていた。
見かねたパルが、そっと後ろからチルルを抱き上げる。何も言わず、その小さな体を、自分の胸にぎゅっと押し当てた。
「……パパ、だいじょうぶ……」
胸の中で、チルルが小さな声で言った。その言葉は、震えていた。泣き声にならない、叫びだった。
「誰がやった?」レイジの声が低く響いた。
「三人じゃ。一人は……ライザだった」
ガリオンの返答に、「ライザ……!?」シエンが顔を上げる。
「もう一人はハルト。残る一人は、知らん男だった」ジンが言う。
「うそ……ハルトが……?」セシリアの声が裏返った。
「殺したのはライザだって、声がしたわ」ブルグが補足する。
「ライザが殺した……」と、パルが戸惑いながら、周りを見渡した。
「ライザは折れない大斧、ハルトは借金、それでお金を欲しかったから……」
ブルーベルが控えめな声で言った。みんなも反論が出来ずに、困惑した表情で俯いた。
沈黙が、場を覆う。
誰もが目を伏せ、何も言えない空気。
――その時。
「そんな答えで……おまえらは、そんな答えでいいのかよ!!!」
レイジが、爆発するように怒鳴った。
「そうだよね。……私も、二人じゃないと思う」セシリアが涙ながらに言う。
「たしかに、二人の武器では説明がつかない。傷は細剣のものだ」
パルも真剣な表情で頷く。
「殺った奴は、他にいる」レイジが静かに言い、門の外へ歩き出した。
その背中は、やり場のない怒りと悲しみに震えていた。
「レイジ……」
セシリアが追おうとしたその腕を、ブルーベルがそっと掴んだ。
「今は……一人にしてあげよう」
パルの言葉に、誰もが静かに頷いた。




