表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
84/91

取り引き《リディア side》

序盤(家族との和解シーン)を大幅修正しました。

とはいえ、家族と和解するという展開は変わりませんので、読み直さなくても全然大丈夫です。

ただ、序盤の流れをコンパクトにまとめたかっただけですので……!


ちなみにアルファポリス版は、そのままにしてあります。

なので、元のバージョンを楽しみたい方はそちらをお読みいただけると幸いです。


何卒よろしくお願いいたします┏○ペコッ

◇◆◇◆


 ────約十年前……まだ私が生きていた頃、漆黒を身に纏うあの人が急に現れた。

それも、寝る直前に。


「初めまして、リディア・ルース・グレンジャーだね?突然だけど、僕と────取り引きしないかい?」


 カラスのような仮面を被り、ベッドの端に腰掛ける彼は明らかに異様な雰囲気を放っている。


 この人、普通じゃない……!


 瞬時にそう判断した私は、侍女を呼ぶためのベルへ手を伸ばした。

が、瞬きの間に男性がそちらへ先回りしてしまい……ベルを取り上げる。

これでは、助けを呼べない。


 逃げる……?でも、あんなに俊敏に動ける人を撒くことなんて出来るのかしら?


 『こうなったら、大声を出すしか……』と思案する中、彼はベッドの脇にある椅子へ腰を下ろした。


「まあまあ、そんなに警戒しないでおくれ。僕は君に危害を加えるつもりなんて、ないよ?」


「……不法侵入者の言葉なんて、信じられませんわ」


「そう?なら、別にそれでもいいけど」


 『しっかりしたお嬢さんだな〜』と呟きながら、男性は背もたれに身を預ける。

と同時に、両手を組んだ。


「まあ、それはそれとして……この取り引きはきっと君にとっても、有意義なものになると思うんだ。だから、まずは話だけでも聞いてほしい」


 丁寧な言葉遣いとは裏腹にどことなく圧力を掛けてくる彼に、私は表情を強ばらせる。

じわりと手に滲む汗を一瞥し、唇に力を入れた。


 相手をあまり刺激しない方が、いいかもしれない……。

本気で怒らせたら、子供の私なんて一溜りもないだろうし……。


 などと考えながら、私は一つ息を吐く。


「……分かりました。でも、聞くだけですよ?」


「ああ、もちろん」


 『話の分かるお嬢さんで助かるよ』と言い、男性は足を組んだ。


「単刀直入に言うね。君の願いを何でも一つ叶える代わりに────ギフトを一つ分けてほしい」


「はい……?」


 あまりにも突拍子もない話に困惑してしまい、私は右へ左へ視線をさまよわせる。

『何を言っているの?この人は……』と戸惑っていると、彼はゆるりと口角を上げた。


「実はここ数日、君の様子を監視していたんだけど────君、周りに腫れ物扱いされているだろう?」


「……」


 嘘でも『そうじゃない』とは言えず……つい口を噤んでしまう。

『こんなの相手の思う壷でしょう……』と落胆する中、男性はトントンと指先で膝を叩いた。


「僕の言う“願い”には、復讐も含まれる。だから、この家を没落させることだって……」


「結構です。私は別に家族を苦しめたい訳じゃないので」


 聞くに絶えない提案を遮りキッパリ断ると、男性は驚いたように目を剥いた。


「家族のこと、恨んでないのかい?」


 『普通、こんな扱い納得いかないと思うけど』と不思議がる彼に、私は曖昧な笑みを浮かべる。


「訳も分からず冷遇されるのは、まあ……確かに不満ですけど、恨んではいません。私の場合、どちらかと言うと────愛されたい思いの方が強いですから」


 そっと胸元に手を添え、私はスッと目を細めた。

すると、男性は難しそうな顔つきでこちらを見つめる。


「ふむ……となると、精神感応系の魔法で家族を洗脳するしか……」


「いえ、そういうのも結構です。心から愛してくれないと、意味ないですし……虚しいだけです」


 『偽りの愛なんて要らない』とバッサリ切り捨てる私に、男性は一つ息を吐く。


「純粋な子供は無欲でやりづらいな」


 独り言のようにそう呟き、男性はやれやれと(かぶり)を振った。

かと思えば、少しばかり身を乗り出す。


「じゃあ、他に願いはないのかい?何でもいいから、言ってごらん」


 『ここには君と僕しか居ないしさ』と述べ、本心をさらけ出すよう促してきた。

が、これと言って願いはなく……私は首を横に振る。


「ありません」


「本当に?」


「はい」


「いやいや、これだけ辛い環境に置かれているんだから、一つくらいあるだろう」


 『君は現状に満足しているのか』と問い、男性は前のめりになった。

何がなんでも取り引きを進めたい様子の彼に、私は内心溜め息を零す。

『さっさと諦めればいいのに』と思いつつ、顎に手を当てて考え込んだ。


「そうですね……強いて言うなら────」


 そこで一度言葉を切ると、私は自身の手元に視線を落とす。


「────ここから、消えたい」


 自分でも驚くほど胸にストンと落ちる本心(願い)に、目を見開いた。


 ああ、そっか……私はずっと前から────消えたくて、しょうがなかったんだ。


 息をするのも億劫で仕方ないこの日常に、私は限界が来ていたことを悟る。

家族への愛情だけじゃ成り立たくなってきた生活を考え、半ば放心した。

泣きたいような……喚きたいような衝動に駆られる中、男性は居住まいを正す。


「それは死にたいってこと?」


「いいえ、違います」


 死んだら必ずその原因を調べることになるし、その結果自殺だと判明すれば家族は責任を感じるかもしれない。

少なくとも、お母様はショックを受ける筈……。

事故死も同様よ。『自分達がもっと気に掛けていたら』と思うだろうから。


 『殺人の場合はもっと厄介になるし……』と考えていると、男性が少しばかり頭を捻る。


「それじゃあ、家出?」


「そちらも不正解です」


 家出なんてすれば、間違いなく大騒動になるし……これまた、家族が責任を感じる筈。

何より、色んな人に迷惑を掛けてしまうわ。


 『かなり大規模な捜索になるだろうから』と思案しつつ、私はゆっくりとベッドを降りる。

そして、椅子に座る男性の前まで足を運んだ。


「私は周りに迷惑を掛けずに消えたいのです。可能でしょうか?」


 いつの間にか取り引きへ応じる姿勢を見せてしまった私に、男性はゆるりと口角を上げる。


「手段を選ばなければ、可能だよ」


「その手段というのは……?」


「それは取り引きの返事を聞いてから────と言いたいところだけど、さすがに可哀想か」


 『何も知らずに判断させるのは酷』と主張し、男性は小さく肩を竦めた。

かと思えば、私の額をツンッと人差し指で軽く押す。


「簡単に言うと、君の体に別の誰かを憑依させるんだよ」


「えっ……?」


「これなら、誰にも迷惑を掛けずに消えることが出来る。まあ、その代わり君は死んじゃうけど」


「それは大した問題じゃありません……!重要なのは私の体に憑依した方のことで……!」


 『その方に迷惑なんじゃないか』と心配する私に、男性はクスリと笑みを漏らした。


「憑依出来るのは死んだ者だけだから、問題ないよ。迷惑に思うことは有り得ないだろう。むしろ、君に感謝するんじゃないかな?意図せず、第二の人生……それも、公爵令嬢としての生活を手に入れる訳だから」


 『喜びこそすれ、憂うなんて……』と零し、男性はこちらの不安を取り除いた。

『それは……確かに』と納得する私の前で、彼は肘掛けに体重を載せる。


「それで────取り引きに応じてくれる気になったかい?」


「……対価は私のギフト、ですよね」


 決して安くない代償にたじろいでいると、男性は笑みを深めた。


「そうだよ。君からはとても強い神気を感じるから、多分ギフトを複数持っていると思う。それもかなり強力で優秀なものを、ね」


 じっとこちらを見つめ、男性は自身の顎にそっと触れた。


「出来れば、しっかり内容を確認して選びたいけど、まだ洗礼式を受けていないもんね。残念」


 ランダムになることを示唆しながら、男性はチラリとこちらの顔色を窺う。

と同時に、嘆息した。

どうやら、腹を決め兼ねている私に気づいたらしい。


「分かった。じゃあ、こうしようか。君からギフトを一つ貰う代わりに、僕は憑依に関する知識を与える。憑依方法も含めて、知っていること全部教えよう」


「!!」


 ハッとして顔を上げる私は、強く胸元を握り締める。


 それなら使うかどうか悩む時間が出来るし、たとえ使わずに終わったとしてもこちらに損害はない。

彼の言う通り、ギフト複数持ちなら一つ奪われても問題ないだろうから。

少なくとも、洗礼式で『ギフトを持っていない!もしや、悪魔か!?』と騒がれる心配はない筈。


 ゴクリと喉を鳴らし、私は表情を引き締めた。


「念のため、確認ですが……憑依は私単体でも出来るんですよね?」


 『貴方が居ないと使えないみたいな制約はないか』と尋ねると、男性はクスリと笑みを漏らす。


「抜かりないね、君は」


 半ば感心したようにそう呟き、彼はおもむろに席を立った。


「安心しなよ、ちゃんも君でも出来るから」


 『保証する』と言ってのける彼に、迷いはなく……ようやく、こちらも警戒心を緩める。


 正直、悪くない取り引きだと思う。

もちろん、その分リスクも大きいけど……でも、ずっとここで悶々とした暮らしを送るよりマシだわ。


 気づいてしまった自分の本音を……『消えたい』という願いを今更無視することは出来ず、覚悟を固めた。


「分かりました。そういうことでしたら、取り引きに応じます」


 ────と、宣言した二ヶ月後。

私は男性に教えてもらった方法で憑依と分離を果たし、天に昇った。

が、特殊な方法で死んだからか……それとも、一応肉体は生きているからか、何もない白い空間で待機する羽目に。

『さすがにちょっと退屈だわ』と思いつつ、私はひたすら地上を……自分の体に憑依した者の様子を眺めることしか、出来なかった。


 全く……何でよりにもよって、あんなポケ〜ッとしている子が私の体に……。


 感受性豊かでよく笑う少女を見やり、私は一つ息を吐く。

でも、不思議と不満はなかった。

私のために泣いてくれたあの子が、とても眩しく見えたから。

ただ、心配なだけ。

『普通はあんな扱いを受けたら、ショックの筈』と思案する中、あの子は……アカリはどんどん周りを変えていった。

私には成し得なかった偉業をやり遂げだのだ、当たり前のように。


 何で……私の掴めなかった幸せを掴んでいるの?私だって、関係を改善しようとたくさん努力したのに……どうして?

あの子ばかり、ずるいわ。


 ────と、アカリを羨んで……妬んでいたのは最初だけで、直ぐに周囲の人間の方を羨むようになった。

だって、大好きな(・・・・)アカリと話して触れて関わっているから。

天へ昇ってしまった私では、絶対に出来ないことなのでとても羨ましく感じた。 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ