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魔王ハデスの願い

「昨日の最終打ち合わせでも話しましたが、私達のやるべきことは────魔王の封印(・・)です」


 あらゆるものを封印出来る聖なる杖を眺め、麻由里さんは凛とした表情を浮かべた。


「便宜上討伐と言ってきましたが、魔王は『不老不死』のギフトを持っているため倒せません。だから、完全に身動きを封じてこの世から消えたことにします」


 『ゲームでもそうだったし』と補足しつつ、麻由里さんは真っ直ぐ前を見据える。


「ただ、魔王を封印するには瀕死状態に追い込まなければなりません。下手に抵抗されると、厄介なので」


 封印にも色々制約や条件があるらしく、麻由里さんは難しい顔つきでこちらを振り返った。


「ここから先はとにかく、力のぶつかり合いになります。全力で魔王を叩き潰してください」


「「「了解」」」


 即座に首を縦に振った私達は、各々の役割を果たすため動き出す。

まずレーヴェン殿下はここら一帯に魔力を流し、ギフト『千里眼』の発動条件を整え、兄はギフト『絶対命中』を発動させる。

これはその名の通り、どんな攻撃も必ず対象に当たるというものだ。

ただし、使用時間は限られているため使い時を見極めないといけない。

今回は出し惜しみなしと言われているので、使用に踏み切ったのだろう。


 なら、私もギフトを使おうかな?


 四つあるギフトを脳内で思い浮かべる中、兄は冷気を圧縮した矢を放つ。

それも、二十本近く。

『あれって、触れるだけ凍りつく代物じゃなかった?』と考えていると、矢は見事魔王に命中。

一瞬にして、氷像と化した────だが、しかし……


「まあ、悪くなかったよ」


 魔王は身じろぎ一つで氷を割った。

刺さった矢を慣れた様子で引き抜き、ポタポタと赤い血を流す。

それを見て、私は思わず動揺してしまった。


 少なからず、相手を傷つけることには分かっていたのに……。


 ドクンッと激しく脈打つ心臓を前に、私は深呼吸する。

『ちゃんとして』と自分に言い聞かせながら。


「それにしても、妙だね……全く反撃してこないなんて」


 絶え間なく続く兄の攻撃と受け身の魔王を見比べ、レーヴェン殿下は頭を捻った。


「『千里眼』で三百六十度あらゆる方向から、動向を監視しているけど、今のところ攻撃する素振りはない。『心眼』も同様だ」


 ────心眼とは、レーヴェン殿下の持つもう一つのギフトで、人の感情を色で見分けられる。

つまり、戦う意欲や反撃する意思があればその前兆を感じ取れるのだ。


「あれでは、まるで────倒されるのを待っているようだ」


 怪訝そうな表情で違和感を吐き出し、レーヴェン殿下は『何がどうなっているんだ?』と思い悩む。

────と、ここでリエート卿が急に後ろを振り返った。


「おい……!猫!」


 言葉少なに危険を知らせ、リエート卿は剣を抜く。

が、時すでを遅し……。

学園祭で見たあの猫さんが、


「あっ……!」


 麻由里さんの聖なる杖を強奪してしまった。

それも、一瞬で。

『どんなに可愛い見た目でも、魔物は魔物だものね』と考えつつ、私は急いで土魔法を放つ。

猫さんの足元だけ土を盛り上げ凸凹にし、体勢を崩そうとしたのだ。

でも、背中に生えた翼を駆使して飛来し、躱されてしまう。

『私の魔法発動スピードじゃ、捉え切れない!』と焦る中、レーヴェン殿下が蔓を生成した。

そして、猫さんの足を拘束しようとする────が、途中で矛先を変えた。


「危なかった……」


 魔王の放ったであろう雷の槍を蔓で叩き落とし、レーヴェン殿下は一つ息を吐く。

『千里眼と心眼がなきゃ、対応し切れなかった』と零す彼を他所に、猫さんは魔王の元まで飛んで行った。

聖なる杖を口で咥えながら。


「ご苦労様、チェルシー」


 猫さんごと膝の上に置き、魔王は聖なる杖へ手を伸ばす。

と同時に、兄とリエート卿が強力な魔法を放った。

迫り来る氷塊と風の刃を前に、魔王……ではなく、猫さんが反応する。

『シャー!』と威嚇して口から炎を放つ猫さんは、兄達の攻撃を見事相殺。

おかげで、魔王の行動を止められなかった。


「申し訳ないけど、これは────破壊させてもらう」


 そう言うが早いか、魔王は手に持った聖なる杖を────握り潰す。

『なっ……!?』と声を漏らす私達の前で、彼は杖を真っ二つにした。


「う、嘘……!?伝説級のアイテムを壊すとか、アリ!?」


 『チートじゃん!』と嘆く麻由里さんは、頭を抱え込んだ。

混乱状態に陥る彼女を前に、私達は顔を見合わせる。

『どうする?』と問い掛け合うように。


「……聖なる杖を破壊された時点で、僕達の計画は全て台無しになった。ここは一旦逃げるべきだろう」


 『このまま戦いを続けても無意味』と言い切り、兄はこちらにゲートを開くよう要請する。

それにコクリと頷くと、彼は真っ直ぐに前を見据えた。


「離脱準備が整うまで、防御に徹しろ。死ぬ気でアカリを守れ」


 魔法で氷塊を量産しながら、兄は妖精結晶を使用する。

後退するまでの時間、魔王には何もさせないつもりなのだろう。

『弾幕を張って牽制するつもりなんだ』と悟る中、魔王は夜に染まった瞳を怪しく細めた。


「おや?いいのかい?このまま、逃げて」


「何が言いたい?」


 数百に登る氷塊を魔王へ叩き込みつつ、兄は眉間に皺を寄せる。

すると、魔王はクツリと笑みを漏らした。


「君達が退いた瞬間、僕は────人間の大虐殺を行う」


「「「!?」」」


 衝撃のあまり固まる私達に、魔王は淡々と告げる────残酷すぎる現実を。


「君達のせいで魔族の育成は失敗してしまったが、世界を滅ぼす手が全くない訳じゃない。少なくとも、ルーチェ帝国を破滅に追い込むくらいは出来るだろう」


「「「っ……!」」」


 『そんなこと出来る訳ない!』とは、嘘でも言えず……私達は歯を食いしばった。


 不老不死で、魔物をたくさん引き連れていて、聖なる杖を破壊出来る存在……そんな人物が帝国を襲ったら、一溜りもないだろう。

無論、こちらもタダでやられるつもりはないが……甚大な被害を受けるのは必須。

『どうすれば、いいの……?』と考え込む私達を前に、魔王は地面に落ちた聖なる杖の残骸を足で蹴った。


「だから、今ここで僕を伐つんだ。持てる力を全て使って、ね。君達がここに居て武力行使を続ける限り、僕は人間を襲わないと誓おう。君達も含めて、危害は加えない」


 あまりにもおかしな条件を提示し、魔王は『さあ、かかっておいで』と宣う。

夜の瞳に僅かな期待を滲ませる彼の前で、麻由里さんは表情を引き締めた。


「……何故、そうまでして私達と戦おうとするの?」


 誰もが抱いていた疑問を口に出し、麻由里さんはゴクリと喉を鳴らす。

緊張した様子で前を見据える彼女に対し、魔王は穏やかな笑みを向けた。


「────この人生を終わらせてほしいからさ」


 一瞬の躊躇いもなくそう言い切った魔王に、私達はなんと返せばいいのか分からず……押し黙る。

彼の不可解な言動から何となくそんな気はしていたが、いざ言われてみると何とも言えない気持ちになって。

虚無感にも似た感情を抱く中、魔王はチラリと麻由里さんを見る。


「これまでも僕を倒そうとした勢力は多く居たけど、君ほど迷いのない子は居なかった。まるで全てを知っているかのように、備えていただろう?だから、君なら僕を殺せるんじゃないかと……救ってくれるんじゃないかと思ったんだ」


 『君は希望の光だ』と語り、魔王はトントンと玉座の肘掛けを指で叩いた。


「なあ、本当に────封印以外、打つ手はないのかい?」


 『僕をガッカリさせないでくれよ』とでも言うように問い掛け、じっと麻由里さんを見つめる。

その目はどこか淀んでいて……縋ってくるような脆さを孕んでいた。

『もう君しか居ないんだ』と切実に訴え掛けてくる彼を前に、麻由里さんは瞳を揺らす。


「……どうして、そんなに死にたいの?貴方の目的は……夢は世界の滅亡でしょう?」


 『志半ばのくせに死んでいいのか』と疑問を呈する麻由里さんに、魔王はスッと目を細めた。


「僕の目的はここに転生(・・)してきた時から、変わらない────死んで楽になること。ただ、それだけだ。世界の滅亡はその手段の一つに過ぎないんだよ」


「どういうこと……?」


 怪訝そうに眉を顰める麻由里さんは、意味不明だと示す。

すると、魔王はそっと目を瞑った。


「じゃあ、少しだけ昔話をしようか────僕はね、元々世界を救う英雄(・・・・・・・)だったんだよ」

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