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地下室《ニクス side》

◇◆◇◆


「────おい!さっきのゲートって!」


 生徒会室に響き渡るような大声で叫び、リエートはバンッと長テーブルを叩いて立ち上がった。

こちらに身を乗り出し、不安げに瞳を揺らす彼は目に見えて焦っている。

まあ、それはこちらも同じだが……。


「リディアの転移魔法が中断された……いや、破られた?」


 『そんな馬鹿な……』と(かぶり)を振り、僕は目を白黒させた。

先程まで真横にあったゲートを見つめ、ひたすら困惑する。

冷静にならなければならないのに、上手く理性を保っていられず……居ても立ってもいられなかった。


「リディア……」


 譫言のように妹の名を呼び、僕は頭を抱え込む。

────と、ここでずっと黙っていたレーヴェン殿下が口を開いた。


「リディア嬢は学園長室の真下……つまり、地下室に居る。詳しい状況までは分からないけど、彼女────今、戦っているみたいだよ」


「「!!」」


 千里眼を通して知り得ただろうリディアの現状に、僕とリエートは目を剥いた。

『恐れていた事態が現実になってしまった』と、血相を変えて生徒会室から飛び出そうとする。

だが、しかし……


「どうやって、行くつもりだい?僕のギフトでは、地下室の行き方まで分からないよ?千里眼はあくまで現在位置から、対象に至るまでの道順(ルート)を細切れに教えてくれるだけだから」


 と、レーヴェン殿下に止められてしまった。

さりげなく扉の前を陣取り、行く手を阻む彼はニッコリと微笑む。

『考え無しに突っ走るつもりかい?』と問い掛ける彼に、僕達は顔を歪めた。


「が、学園長室の床を壊せば……」


「リディア嬢も下に居るのに?」


「っ……!」


 巻き込まれる可能性を示唆するレーヴェン殿下に、僕は何も言えなかった。

もちろん、リエートも。

ただ俯いて唇を噛み締めることしか出来ない。

『いつから、僕はこんな役立たずになったんだ』と自己嫌悪に陥っていると、レーヴェン殿下が一つ息を吐いた。


「まずはルーシー嬢と合流して、学園長室へ行こう。話はそれからだ」


 『床を破壊するのは最終手段にしたい』と述べるレーヴェン殿下に、僕達は頷く。

そして、校舎裏に居た特待生をとっ捕まえると、学園長室にこっそり侵入した。

許可を取るとなると色々面倒な手続きが必要になる上、相手にバレる可能性もあるため。


「地下室へ繋がる隠し通路、ですか」


 突然ここまで連れてこられ、先程ようやく説明を受けた特待生は悶々とする。

『研究室が地下って、ある意味ベターな……』と呟く彼女を前に、レーヴェン殿下は顔を上げた。


「一応先生方にそれとなく聞いてみたけど、アントス学園に本来地下室はないみたいなんだ。だから、分かりやすいところに通路は設置していないと思う」


 『僕の千里眼では、学園長室の次に階段のようなものが視えた』と語り、周囲を見回す。

でも、当然階段なんて見当たらない。

あるのは、執務机と本棚くらい。

『本当にここにあるのか?』と誰もが疑問に思う中、特待生がふと本棚へ顔を向けた。


「推理小説とかだと、本棚が隠し通路の扉になっているんですけど……」


 『さすがにないかなぁ』とボヤきながら、特待生は本を一冊手に取る。

その刹那────本棚は独りでに動き出し……下へ続く階段を出現させた。

言うまでもなく、これが隠し通路で……


「「「「えっ?」」」」


 僕達は思わず声を漏らしてしまう。

だって、こんなにもあっさり見つかるなんて思わなかったから。

『まだ捜索開始から、五分も経ってないぞ?』と目を白黒させる中、特待生はパチパチと瞬きを繰り返す。


「ひ、ヒロイン特典……?完全にご都合主義じゃん」


「何を言っているのかさっぱり分からないが、とりあえず感謝する。おかげで早くリディアのところへ行けそうだ」


 真っ暗な通路を見下ろし、僕は微かに笑う。

目下の問題を解決出来て、少し心に余裕が出てきたようだ。


「リエート、先に行け。レーヴェン殿下、光をお願いします。特待生は……残るか?」


「いいえ、私も行きます。囮作戦を言い出した責任、取らせてください」


 間髪容れずに同行を申し出た特待生は、『もし、怪我していたら私の力が必要になりますし』と述べた。

リディアのために動こうとする彼女の姿に、僕はフッと笑みを漏らす。


「分かった。じゃあ、リエートの後に続け。僕は最後尾につく」


「了解です」


 グッと拳を握り締め、気合い十分の特待生はリエートに連れられるまま階段を降りる。

────と、ここでレーヴェン殿下が光の玉を飛ばした。

『足元、気をつけてね』と言いながら、殿下も隠し通路へ足を踏み入れる。


「殿下、もう少し光を強くしてください。一度、扉を閉めます。誰かが間違って入ってきたら、大変なので」


 二段目辺りまで降りてから扉に向き直り、僕は手を伸ばした。

取っ手代わりの(くぼ)みを掴み、グイグイ引っ張る僕の前で、レーヴェン殿下は目を見開く。


「それは構わないけど、出る時はどうするんだい?多分、それ決まった手順じゃないと開かないよね?」


「そうですね。まあ、そのときはまた特待生の勘に期待しましょう。それでも無理なら、リエートに蹴破らせます」


 『こんなのどうとでも出来る』と言い切る僕に、レーヴェン殿下は苦笑を浮かべる。


「君は本当に大胆というか、豪快というか……まあ、分かったよ。いざという時はそうしよう」


 緊急事態ということを加味して、レーヴェン殿下はこちらの意見を受け入れた。

と同時に、光の明るさを上げる。

『さあ、行こう』と促す彼に頷き、僕は歩を進めた。

そして、ひたすら階段を降りていると────ようやく終着点……いや、扉が見えてくる。


 あの先にリディアが……。


 逸る気持ちを抑えつつ、僕は何とか最後の段を降り切った。

階段の踊り場のようなちょっと開けた場所で立ち止まり、リエート達と顔を合わせる。


「中の様子は?」


「分かんねぇ……特に物音も聞こえねぇーし」


 汚れることも厭わず扉に耳を押し当てるリエートは、不思議そうに首を傾げた。

『人の気配も感じ取れないんだよな』と述べる彼の横で、レーヴェン殿下は難しい顔をする。


「リディア嬢が居るのは、確実だと思うけど……ちょっと妙だね」


 『何かがおかしい』と警戒心を露わにし、レーヴェン殿下はスッと目を細めた。

────と、ここで扉を調べていたリエートが身を起こす。


「まあ、とりあえず中に入ってみようぜ」


「開くのか?」


「いや?鍵かかっている」


 ドアノブを掴んで押したり引いたりするリエートは、『ほら、開かない』と示す。

『じゃあ、どうやって中に入るんだ?』という話だが……そんなの一つに決まっていた。


「そうか────なら、蹴破れ」


「おう!」


 『待ってました』と言わんばかりに大きく頷き、リエートは思い切り扉を蹴り飛ばす。

さすがは筋肉バカとでも言うべきか……鉄製の扉をたった一撃で破壊した。

ガタンッと音を立てて向こう側に倒れるソレを前に、レーヴェン殿下は手を叩く。

その瞬間、ここら一帯が一気に明るくなり────中の様子を露わにした。


「「「「リディア(嬢)……!」」」」

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