k-529
俺の目の前には天球に輝く星々と見紛うばかりの光景が広がっていた。あの時今にも消えそうだった星の光は、今こんなにも眩い輝きを放つほどになったのかと錯覚するほどだった。
俺は広大な空間の中ほどに立っていた。天井を見上げると、それはまるで恒星のような小さな光の粒子が銀河のように渦巻いていた。
そしてまわりをぐるりと見渡せば先が見えないほどの膨大な金銀財宝が静かに眠っていた。それらの上に天井から光の粒子がまるで子守唄を歌うかのように、はらはらと降り注いでいた。幻想的な光景だ。
後から続いてデルムンド氏とバンデッド王、研究者の面々が入ってきた。彼らは一様にポカンと口を開け言葉を失っているが、きっとそれは俺も同じだったに違いなかった。
その時、ヴヴヴ…という極めて機械的な駆動音がしたかと思うと、俺たちの目の前に一体のシャープなフォルムをした黒い無機質なロボットのように見える何かが現れた。
全員に緊張が走るも、俺は心配していなかった。なぜなら。
「ようこそ異世界からきた運命人ケイゴオクダとその仲間たち。よくぞここまで辿り着きました。私の名はメティス。知恵の神エゲリア様からシステムの一部の運用を任されている機械知能生命体……、あなたたち人間には知恵の神の使徒と言った方が通じるかもしれませんね」
そのロボットのような黒い人形は妙に聞き覚えのある声で話しかけてきた。ほらやっぱりな。古文書にはフェンリルと合体した勇者が何かと戦ったとは書いてなかったんだ。
「か、知恵の神エゲリア様の使徒様ですとっ!?」
バンデッド以下全員が「へへー!!」と頭を垂れる。知恵の神様は特に技術立国であるガンドで信仰が特に深いらしいからな。
それよりも、知りたいことが山のようにありすぎて何から聞いたものか。
「なあ、あんたさっき自分のことシステムとか言ってたけど、その声ひょっとして?」
「私は人間や魔物のレベルアップやステータスなどの管理を任されております。この海底神殿アーク全体が演算処理能力を有しておりまして、システム音声のモデルには私の声使われています」
やはりレベルアップや鑑定スキルの音声はこのメティスのものだったようだ。で、この建物全体がスーパーコンピュータのようなものということみたいだ。
「で本題だけど、俺をこの世界に連れてきたのはあんたの仕業か? なんのためだ?」
「あなたをこの世界に転移させたのは運命の女神フォルトゥーナ様の力によるものです。フォルトゥーナ様は我が主人エゲリア様に協力を要請されました。そこで私はあなたを直接サポートすることに。最初にあなたに鑑定スキルを与えたのは、あのまま放っておけば毒草を食べて即死するだけだと思ったからというのが主な理由です」
ハハッと笑うメティス。いつものタッチパネル音声みたいな機械らしさがないな。システムじゃなく本体だからか。
「でもなんで俺なんだ?」
「あなたは地球上でも稀に見るほどの絶望と悲しみを人間に対して背負っていました。神が人間を造ったとあなたたち人間は言いますが、逆もまた然りなのです。あなたの地球もそしてこの世界も、あなたが絶望してしまうような世界です。ですが、その絶望の淵に立ったあなただからこそ、運命の女神フォルトゥーナ様は運命を切り開く可能性を感じたとおっしゃいました」
「可能性とは何だ。俺は何をすればいい?」
「自由に、必死に生きてください。そしてあなたが感じた絶望を決して忘れずに希望を見い出してください。それがフォルトゥーナ様からあなたに会った時に伝えるようにと承った伝言になります。これ以上のことは私の口からは申し上げかねます」
「……ああ、なんとなくわかったよ」
どうやら疑問をぶつけられるのはここまでみたいだ。
事情がわからず俺とメティスの押し問答を土下座のポーズのまま聞いていたデルムンド氏だったが、ついに痺れを切らしたのか、「ところで神槌はどこにあるのかな!?」と擦り寄りはじめたのだった。




