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夜の酒場と化した海猫亭に着いた俺たちは、ラフィット氏に言われた通りシーナさんという斥候職の間者に接触した。
シーナさんの紫紺のロングヘアーからは雌の香りを漂っており、黒い布マスクをしているのがかえって妖艶さに拍車がかかっていた。
それはさておき。
海猫亭の酒場は冒険者や海の男たちで溢れかえっており、ここで話せいると速攻で身バレしてしまう。
俺たちは、一旦ザックとアイリスの愛の巣、ではなく自宅にお邪魔させてもらうことにしたのだった。
……
法衣貴族になったザックとアイリスの自宅は余裕で俺たちが泊まれるほどのデカさだった。
言うても法衣貴族はそんなに儲かるわけではないので、ほぼほぼアイリスの稼ぎで建てたんだろうなと思った、……けど口には出さない。
男は結構そういうの気にするからな。
立派な門前では多くの使用人が出迎えてくれた。
超広い庭を抜け邸宅に入ると身重なアイリスがいて、それでも机に座って商会の部下たちに指示を飛ばしていた。
「よ、アイリス。元気そうだな」
「ケイゴ!」
俺に気がつき耳をピンとたてるアイリス。ユリナさんと同じく、お腹が結構大きくなってきている。
「ほれ、土産だ。産む時にでも使ってくれ」
「コ、コレハ!? 霊薬エリクシスジャナイカニャ!!」
この世界では出産時のリスクがめちゃくちゃ高い。
子供はもちろん母親の方が亡くなこともそんなに珍しくない。
そんな中、このポーションは万が一の時の命綱になってくれると思う。
「「アリガトウ!!」」とザックとアイリスにめっちゃ感謝されたけど、俺は「当たり前だろ」と素っ気なく返したのだった。
そういえばここまで来る道中、ザックから「あの一件」の後どうなったかを聞いたんだけど、アイリスパパのディーンさんには秘密にすることにしたそうで。
まあ、賢明な判断かも。
アイリスパパは娘に男の匂いがした瞬間、仕込み杖を抜くような男だ。事情があったとはいえ、浮気をしたザックが許してもらえるとは思えない。
だが孫ができさえすれば、たとえバレてもザックの命は助かるかもしれない、という作戦というわけだ。
世の中を上手く渡るには、時には黙することも必要なのである。
さて、それはそうとシーナさんに詳しく事情を聞く必要があるな。
ザックが家の使用人たちに先触れを出していたので泊まる部屋は用意されていたけど、休む前に作戦を詰めよう。




