(モノローグ・ユリナ)スラム街で生きた少女の夢
私はユリナ。
元々孤児だったのをジェセフィーヌママに拾われ、そのまま夜の仕事に。そして今はママの店を辞め、愛する人と一緒に暮らしている。
恋人になったのもつかの間、レスタ貴族のハインリッヒ様に追われたけど、それも何とか解決。
私と夫のケイゴはレスタに戻ることができた。
私は裁縫が得意で、お店のドレスを仕立てるのを任せられていた。
昔から私は、お店で働いたお金で裁縫を活かした雑貨店を開くのが夢だった。
そしたらなんと夫は(略式だけど神様に夫婦の誓いはしたので夫ということになると思う。正式な結婚式はまだだけど……)、雑貨店を開き始めた。
その雑貨店 “子狼のまえかけ” はとてもファンシーな建物で私の好みにぴったりだった。
アッシュのぬいぐるみや着せ替えグッズ(他服飾品)を作ってお店に並べたら凄く好評だった。
サラサからも服飾デザインの依頼も舞い込み出し、夫と一緒になってから良いことばかりだわ。
ある時夫は、行き倒れていた孤児のターニャを拾い保護し、何を思ったのか孤児院を経営すると言い出した。
そんなお金ないでしょ? と思いつつも、夫のことは信頼しているのでしばらく様子を見ていたら、町の権力者たちから協力を取り付けてなんと実現してしまった。
そんな夫の夢はレスタの町だけにとどまらなかった。
あげくの果てに夫は男爵貴族にまでなり、陛下から与えられた領地で【べーしっくいんかむ】とかいう、とにかく領民全員に毎月銀貨1枚を配り一人も餓死者を出さないという意味のわからないことをやりだした。(自分で言っていて信じられないわ!)
私が子供の頃、数歳上のセト兄がいつも私を守ってくれた。
でも自分の食べ物を少なくして私に与えてくれたことで、結局死んでしまった。
あの頃夫がレスタにいてくれればと何度思ったかわからない。
兄妹そろって骨と皮だけにになっていって、腕を上げる力もなくなって。
兄が呼吸をしなくなってから「そっかあ、私ももう終わるんだ。次に生まれ変わったら、お腹いっぱいご飯を食べたいな……」なんて、自分のことがまるで他人事のようにしか思えなくなって。
絶望のあまり心が虚無になって、自分が不幸なのだということすらも感じなくなっていった。
そして私の心は死んでしまった。
そんな時だった。屍同然の私をママが抱きしめてくれたのは。
その後ママやお店のみんな、そして今は夫から “心がポカポカする温かい何か” を十分すぎるほど与えてもらった今だからこそ、その時の虚無を思い出すと今でも胸が苦しくなる。
でもそんなんじゃいけないと自分を奮い立たせる。
今度は私が夫の理想をもっと前に進めるんだ。
私はもう、スラムでうつむくことしかできなかった弱者なんかじゃない。
私にはママのお店で培った接客力がある。不愛想な夫ができないことを私が補おう。
私には冒険者として会得したスリングショットの技がある。夫にはできないサポート役に徹しよう。
そして私には女として彼の子を、男爵家の世継ぎを産むことができる。幸せを次の世代につなぐことができる。
飢えや孤独の辛さを人一倍知っている私だからこそ、自分の名前を冠したこの町で、子供を誰一人不幸な目に合わせたりするものですか。
セト兄が犠牲になったのは無駄なんかじゃないと、絶対に私が証明してみせる。
私はそう誓ったのだった。
(それにしても、正式な結婚式はケイゴはやってくれないのかしら……? 忙しい夫を急かすのも悪いし……。サラサにそれとなく聞いてみようかしら……)




