(モノローグ・ジル)とある貴族と執事の対話
私はジル。
バイエルン様の命により、執事としてハインリッヒ様が幼少の頃よりお世話させていただいている。
ハインリッヒ様が成人後は、執事長という肩書きで側近を任されるまでになった。
小さな頃からお仕えしてきたという情が影響したこともあるだろう。
私はハインリッヒ様こそレスタの町の当主に相応しいと信じて疑わなかった。
バイエルン様を引きずり降ろしてもそうすべきだと思っていた。
それほどハインリッヒ様に心酔していたし、実際バイエルン様が問題を起こす度に私以外の者もそう思っていたことだろう。
なので私は一日も早くハインリッヒ様がこの町の領主になれるよう、陰ながらお支えしてきたつもりだ。
だが何をどこで間違えたのだろうか。
私ごときがハインリッヒ様のされることに異議を唱えるべきではないと盲目的になっていたことが原因かもしれない。
ハインリッヒ様がケイゴオクダの件をきっかけに、復権したバイエルン様によって町を追放されてしまったのだ。
冬の寒い時期に行く当てもない追放だ。
ハインリッヒ様が生き延びることはまず無理だろう。
そんな絶望の中、私はバイエルン様に反逆した罪で地下牢に投獄された。
ハインリッヒ様ですら、ほぼ処刑に近い処分がされたのだ。私などの命が助かるわけがない。
いや、むしろ殺してほしい。
“ハインリッヒ様” という生きる目的を失った私は、どちらにせよこのまま生きていても仕方がない。
ゼラリオン教会の解く輪廻転生で、ハインリッヒ様と一緒に別の世界でもう一度やり直そうと思った。
それから牢獄の中にあったフォークで喉をかき切ろうとしたその時だった。
「ジル、死んではならぬ。生きるのだ」
バイエルン様が、獄中にいる私に声をかけてくれたのだ。
バイエルン様は、そう一言だけ私に声をかけて去っていった。
「バイエルン様とて息子を亡くされて本当はお辛いでしょうに……。私は何と身勝手なことをやろうとしていたのだ……」
私は一人だけ簡単な方法で楽になろうとした自分の身勝手さにあきれ果て、情けなくて、悔しくて、その場でむせび泣いたのだった。
そして私は一つやり残したことがあると思った。
「これからは小姓からやり直してもいい。心を入れ替えてバイエルン様に誠心誠意仕えるのだ……。己が理想とする生き様を示さずして、何が “主君のために” か」
そう決意した私には、もはや輪廻転生は必要のないものとなった。
「……これはそのケジメだ」
私は神ゼラリオンを象った教会のペンダントを首から外し、教会に返すことにした。
それから私は、バイエルン様の恩赦で牢から釈放されることになった。
牢を出た私は、その足でペンダントを返しに教会へ行ったのだった。
私の決意を聞きペンダントを受け取ってくださったシスターシャーロットは、笑顔で「あなたは信心を忘れたのではありません。これは神が与えて下さった試練なのです。ゼラリオン教はいつでも門戸を開いておりますよ」と言ってくださった。
「これまでありがとうございました」
それを聞いた私はゼラリオンの石像とシスターに深く深く首を垂れつつも、神への信心を一時お返ししたのだった。
そうして私は、バイエルン様付の使用人として人生をやり直すことになった。




