k-235
俺に声をかけてきたお爺さんは、連れの黒髪の少女と一緒に今日も生ウニのパスタとスパークリングワインを注文していた。
資産家のお爺さんと孫といったところか。一般人が毎日食べられるものではないからな。
「何かございましたか?」
俺は身振り手振りのジェスチャーを用いて聞き返す。
「おっと失礼。こっちじゃったな」
え? なんで?
筆談用の紙とペンを持って固まる俺。
「ワシはグラシエス、こっちはアンリエッタじゃ。お主この店の店主じゃな?」
「あ、はい。奥田と申しますが……」
「急に声をかけてすまんかった。この美味い食べ物の礼をしようと思ってな」
「はあ」
「これをお主に進呈しよう」
意表を突かれ気の抜けた返事をする俺を他所に、グラシエスさんは懐から綺麗で透明な牙を取り出し、俺に手渡したのだった。
その牙を軽く握ってみるとガラスのように脆いのかと思いきや物凄く固く、それでいて軽かった。不思議な力のようなものも感じる。
試しに鑑定してみても、【牙:鑑定不能】としか出なかった。
そして今までの経験上、スキルで対応できないものはよりレベルの高いアイテムである可能性が高い。
つまりこの牙は、今まで鑑定できたものよりも高価である可能性が高いということだ。
きっとグラシエスさんは金持ちの道楽で食べた食事に感動し、俺に秘蔵のコレクションを渡してきたというところだろう。
それなら言葉が通じることにも何となく合点がいく。
おそらく通訳の魔法のようなものが付与された魔道具のようなものでも持っているといったところか。
「グラシエスさん、ありがとうございます。ですがこのような高価なものはいただけません。お代はきちんと頂いておりますので……」
流石にお代をもらっておいて高価な贈り物は釣り合わない。
俺が手にもった牙を返そうとすると。
「それはきっとこれからお主の助けになるものじゃ。気を使う必要はないからもらっておけ」
「あ、はい。ありがとうございます……」
一瞬真顔になったグラシエスさんの鋭い眼光に気押され、返すタイミングを逸する俺。
「じゃあ、せめて今日のお代は結構ですので……」
「料理の御礼じゃと言っておろう? 料理の代金を支払わなかったら本末転倒じゃ。礼はまた今度食べに来たときにでも期待しておるぞ?」
と、そこへ。
「ドリンク、オカワリ、イリマスカ?」
「ワン!」
スパークリングワインのおかわりを持ったメイド服のターニャと、エプロンをつけたマスコットのアッシュがやってきた。
それを見たグラシエスさんの表情がまるで小さな孫娘をみるような顔つきになり、アンリエッタさんも食事の手を止めアッシュを凝視したかと思うと、次の瞬間白魚のような手で高速ナデナデをし始めた。
それまでの割と張りつめた空気はどこかへ行き、まるで目の前が春のお花畑を見ているような感じになっていたよ。
そして二人はひとしきりターニャとアッシュと戯れたあと、お会計を済ませ返っていったのだった。
客足が落ち着いたところで一度家の書斎に戻った俺は、受け取った牙を机の上に置いて眺めていた。
俺は確かにその牙から、運命めいた何かを感じとっていたのだった。




