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俺は居間のテーブルにハインリッヒと向かい合って座った。
「ヨンデクレ」
ハインリッヒは手紙を指さしてそう言った。まあ、片言もランカスタ語しか通じない状況からして、何か大切な話をするなら手紙だろうというのは当然だよな。
俺はハインリッヒの手紙に目を通すことにした。
手紙には後悔の念がずっと書いてあった。
そして最後に「良い友人が出来て嬉しい。だが、これ以上迷惑をかけるわけにはいかない。新婚夫婦の邪魔をするのも野暮だからな」と締めくくってあった。
「なるほどな。で、お前これからどうするんだ?」
「タイラント、イク。ボウケンシャ、ヤル」
タイラントはレスタから北に2~3日ほど行ったところにある町だ。
「なるほどな。じゃあ、これまでお前に働いてもらった分の給料と餞別をやらなきゃだな」
「?」
俺の言葉がわからなかったのか、ハインリッヒはクエスチョンマークを顔に浮かべた。
俺は金庫から金貨10枚を取り出すとハインリッヒに手渡した。これだけあればしばらくは生活できるはずだ。
あとは食料や衣類、暖房用の薪、ファイアダガー、ウォーターダガーも渡そう。
一緒に開発した火属性付与式温熱ポットもくれてやる。冬の旅路に温かい飲み物は重宝するだろうからな。
そこまでする義理はないだろうが、面倒を見て死なれては寝覚めが悪い。
何だかんだで俺を追い詰めたこいつのことだ。冒険者としても成功して、そのうち恩返しをしてくれる予感がする。
だから、先行投資ってことにしとこう。
「アリガトウ」
ハインリッヒはそう言うと首からネックレスを外し、机の上に置いた。自分には必要のないものだからやると言われた。
そう言ったハインリッヒの顔は、どこか憑き物が落ちたように晴れ晴れとした表情をしていたのだった。
ハインリッヒには旅の荷物と一緒に、サブで置いてあった手押し車をあげた。
「ケイゴ、セワニナッタ」
「ああ、達者でな」
そうして荷造りを終えたハインリッヒは、そのまま去っていったのだった。
しばらく俺は、寒空の中、彼の背中が見えなくなるまで、ずっとその場に立ち尽くした。
「クーン」
足元でアッシュが可愛い鳴き声をあげた。それで俺はずいぶんと体が冷えていることに気がついた。
俺は頬を指でかきつつ。
「さて、今日は何をしような?」
そう言ったのだった。
ハインリッヒは更生したと言って良いだろう。
それは態度を見ても明らかだ。今後は以前のように私利私欲で他人を害することもないと信じたい。
対して俺はどうだろうか。
相も変わらず町に住むことを嫌がり、町はずれの小屋に引きこもっている。
ユリナさんや友人たちは俺の嫌なことを無理強いしたりしない。本当に優しい人たちだ。
でもユリナさんだって、本当はママやお店の人たちともっと気軽に会いたいはずだ。
マルゴたちだって俺が町に住むとしたら、きっと歓迎してくれるに決まってる。
今さら何を怖がる?
確かにブラックな環境でこき使われ、心身ともに疲れ果て、それがトラウマになっていた。
だが、もうそろそろいいんじゃないか? 人間をもう一度信じるべきなんじゃないか?
レスタの人たちは、貴族にケンカを売ってまで俺を助けてくれたんだぞ?
「そうだな。レスタで開く店、なんて名前にしようかな」
いつの間にか俺は、レスタの町に住むことに前向きになっている自分に気がついた。




