モノローグ・ドニー2
俺はドニー。バイエルン様の忠実なる兵士だ。レスタ兵士団の兵士長を勤めている。
最近ハインリッヒ様の動きが妙だ。私兵を集めて何かをしているようだ。モンスター討伐など、貴族の義務を果たすようなものであれば良いのだが……。
何か嫌な予感がする。そしてその予感は的中した。
俺がバイエルン様の私室の警護を終え、副兵長のブルータスにその任を引き継ごうとした時のこと。事件は起こった。
布で鼻と口を覆った黒装束の賊がバイエルン様の館に侵入してきたのである。
「何者だ! ここを貴族の邸宅と知っての狼藉か!」
俺は威圧し、剣で先頭の敵を切って捨てた。
「……! なぜお前たちが!」
よく見ると動きに見覚えがあった。敵はハインリッヒ様の元に配属されているレスタ兵士団の団員たちのようだった。
しかし多勢に無勢。敵は黙してじわじわと俺を包囲していった。
「ぐ……」
そこへ頭領格の男が包囲網の後ろから前に出て、俺に剣を突きつけた。その男が顔を見せると、それは随分と見覚えのある顔だった。
「ブルータス……、お前もか……。バイエルン様に忠誠を誓ったお前が、なぜなんだ!?」
その男はレスタの兵士団副兵士長ブルータスだった。
「悪く思わないでください、兵士長。この世は所詮地位と権力と金。ケイゴオクダの部位欠損ポーションが手に入ればそれが全て手に入るんです。ドニー兵士長、あなたも無駄な抵抗はやめて、こちら側についてくれませんかね?」
こいつは何を言っているのかわかっているのか?
「断る! ここを通りたくば俺の屍を超えて行くがいい!!」
「あーあ。兵士長の漢気が発動しちゃったよ。流石に兵士長を殺すと事後処理が面倒だからなあ……。おい、手はず通りアレを使え!」
「はっ!!」
しまった、と思った時にはもう遅かった。俺の背後にいた敵が俺の足元目がけて何かを投げつけた。
ぐっ、この匂い!?
それはグリーネ麻痺草から抽出精製した麻痺弾だった。
俺は麻痺成分を含んだ煙を肺から思いきり吸い込んでしまい、その場で動けなくなった。無念。
俺は縄で縛り上げられ町から追放されることになった。兵士長という肩書きのおかげで命だけは取られなかった。
俺が動けなくなった直後捕えられたバイエルン様は、ブルータスらの監視の元ハインリッヒ様の邸宅に軟禁された。
バイエルン様は麻痺して動けない俺に対して、「ケイゴオクダを守れ!」と命ぜられた。
バイエルン様、本当に申し訳ありません。ですがこのドニー、何としてでもあなたを救いだしてみせます。
身ぐるみを剥がされ放り出された俺は、とりあえず暖の取れる場所を探す必要があった。
手っ取り早く雪山に穴でも掘るか……。
だがそれでは長くはもつまい。
そうだ、バイエルン様は最後になんと言った? ケイゴオクダだ。あいつの小屋ならばレスタの町を追放された俺でも入ることができる。
あの様子ではケイゴオクダはとっくに逃げていると思うが、まさか建物を持って逃げているわけはない。一時の暖をとるにはうってつけだ。
そう考えた俺はケイゴオクダの小屋に向かった。
ケイゴの家に着くと冒険者のジュノと宿屋「陽だまり亭」の娘、エルザがいた。
俺はジュノとエルザに事の顛末を話した。
ハインリッヒ様が町の全てを掌握してしまったこと。最後までバイエルン様の味方をした自分はレスタの町を追放されてしまったこと。
バイエルン様がハインリッヒ邸に軟禁されてしまったこと。ハインリッヒ様に追われているケイゴオクダを助けるよう、バイエルン様から命じられていること。
全て話した。
ジュノは俺の話に耳を傾けながら、静かに怒っているようだった。
「ドニーさん。あなたがケイゴの味方をしてくれるなら、俺たちはあんたの仲間だ。
そして俺たちはケイゴを必ず取り戻す。そのためにはバイエルン様のお力がどうしても必要だ」
「それはつまり?」
「そう、俺たちとドニーさんの利害は一致している。俺たちは確実にハインリッヒに目をつけられている。ドニーさんの話からすると、凍死するだろうということで放り出されたってことでいいんだよな?」
「ああ、ハインリッヒ様はそう仰っていたさ」
「てことはだ、ドニーさん。ノーマークのあなたにケイゴを追ってもらい、こいつを渡してもらいたい」
「これは?」
「これは追われているケイゴたちの安全のために必要なものだ。サラサの親父が商人ギルド長をやっててな。融通してくれたんだ」
ジュノは、俺に拳大の宝石のようなものを渡しながらそう言った。
「ああ、もちろんだ。バイエルン様からの言いつけもあるからな」
「ありがとう、恩に着る。それでだ、今後の動きだが……」
それから俺は、ケイゴオクダの足取りを追うことにした。
ジュノからは当面の路銀と、厩につながれた馬車、毛皮で作られた暖かな布団、薪、食料など、旅に必要なものをくれた。
また、ケイゴが鍛冶小屋に残した武器防具があったので借りることにした。その中にはファイアダガーやウォーターダガーもあった。
火と水の心配がないなら、旅は随分と楽になるだろう。
「ドニーさん。ケイゴは北のタイラントに向かった。その後はわからない。まずはタイラントへ行って足取りを追ってくれ」
「ああ、わかった。こちらからも何かわかれば手紙を出すよ」
「本当にすまない。手紙の宛先は歓楽街のジョセフィーヌさん宛で頼む。おそらくマークされてないだろうから。くれぐれも気をつけてくれ」
「ああ、お前らこそ慎重にな。バイエルン様を頼んだぞ」
そして俺は、今回のハインリッヒ様が起こした騒動の中心にいるケイゴオクダを追跡するべく、北へと馬車を走らせたのだった。




