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【書籍化・コミカライズ化】商社マンの異世界サバイバル ~絶対人とはつるまねえ~  作者: 餡乃雲(あんのうん)


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k-157

 マルゴとサラサがハインリッヒまわりのことを調べてくれていたらしく、別れ際マルゴが俺に手紙を渡してくれた。


 それによると、どうやらハインリッヒは邸宅に私兵を集めていたらしい。


 ハインリッヒはバイエルン様のように無謀にダンジョンに突っ込むようなマネはしないそうで、間違いなく狙いは部位欠損ポーションを作成できる俺だろうとのこと。


 小屋がハインリッヒに包囲されるのも時間の問題だったようだ。



 結局あのポーションは、人前に出してはいけない代物だったのだ。


 しかし後悔しても始まらない。ユリナさんという伴侶ができた今となっては、ちょうど良い機会だ。新婚旅行だと前向きに捉えることにしよう。


 俺はレスタの町を大きく西に迂回しながら、北のタイラントの町を目指して馬車を走らせた。


 行き先はどこでも良かった。とにかく移動さえしていれば、追っ手に捕まることもないだろう。


 ブルーウルフたちが遠くから俺たちの後をついてきていた。木陰からチラチラと彼らの姿が見えた。


 俺は御者台にユリナさんと一緒に座り、二人でレッドグリズリーの毛皮布団にくるまる。非常に暖かい。


 もちろんアッシュも一緒でユリナさんに抱っこされて気持ちよさそうにしている。


 道中ゴブリンやジャイアントスパイダーに襲われたが、鑑定を使い奴らは火が弱点なことはわかっている。


 ブルーウルフたちが足止めをしてくれている隙に、ヘルファイアソードの火炎攻撃を使って仕留めた。



 16:30

 稜線に夕日が沈んでいく。あたり一面白銀の世界が茜色に染まって綺麗だ。


 雪よけに手ごろな常緑樹を選び、俺とユリナさんは木の下で野宿をすることにした。


 暗くなった夜道を馬車で進むのは危険なので、ここは慎重に行こう。


 薪にファイアダガーで火をつけ、焚き火をする。


 干し肉と野菜で温かいスープを作り、俺とユリナさんは冷えた身体を温めた。水はウォーターボードが生成してくれたものを使った。


 俺は切り株椅子を焚き火の前に二つ並べ、ユリナさんと並んで座る。


 本当に良い新婚旅行だ。


 こういうの、「吊り橋効果」と言うんだっけ?


 確か「スピード」という映画で、バスのスピードを落とすと仕掛けられた爆弾が爆発するという命の危険の中、キアヌ演じる主人公がヒロインと愛を育むみたいなストーリーを指してそんな言葉が使われたと記憶している。


 まさに今の状況がそれ。


 俺たちも実際に貴族に追われ身の危険があるというスリルの中、こうして身を寄せ合って二人でスープをすすっている。


 夜闇の中、焚き火に照らされる彼女の横顔を見ながら彼女の体温を感じる俺の心臓はいつもよりも早いビートを刻む。


 このドキドキは、スリルのせいなのか単純に彼女の魅力にやられてのものなのか正直わからない。


 スリルは恋愛のスパイスというのは本当のようだ。


 それに白銀の大自然の中、二人と一匹による馬車での新婚旅行というのは、よくよく考えれば雰囲気満点なシチュエーション。


 大抵の女の子であれば喜びそうなものだし、ユリナさんの明るい表情を見る限りその予想は大きく外していないようだった。



「アイス」



 俺の発声に、グラスが氷とぶつかる高く透明な音を立てる。


 焚き火に当たりつつ、お酒がいけるユリナさんと一緒に蒸留酒をロックであおる。喉が焼ける感覚がたまらなく美味かった。



 旅先でやる酒は、いつもより何倍も美味く感じた。



 ひとしきり雪見酒を楽しんだ俺と彼女は、焚き火で沸かしたお湯で身綺麗にしてから眠ることにした。


 俺は妻となった彼女の背中を拭いてあげることにした。それを嫌がる彼女を最初は恥ずかしがっているのかな? と思ったけど、そうではなかった。


 彼女の体には至る所に古傷があり、それを隠すためにタトゥーが彫られていたのだ。


 彼女から傷の経緯を聞いた俺は一瞬頭に血が上りかけたが、今俺が腹を立てても仕方がないと、とりあえず部位欠損ポーションを飲んでもらった。


 すると彼女の傷がみるみる癒え、タトゥーも傷と認識されたのか傷のない綺麗な体になった。


 傷のない自分の体を見た彼女はとても嬉しいそうにしていたので、良かった。



「異世界も意外と世知辛いんだなあ」



 俺は元の世界と何も変わらない闇の部分があると知り、少し胸が痛んだ。



 それから俺とユリナさんは馬車の荷台に布団を敷いて、一つの布団の中でお互い身を寄せ合って暖め合った。


 遠くでブルーウルフたちの遠吠えが聞こえる。


 満天の星空の下、蒼い満月を見上げて俺とユリナさんは横になる。


 ふと親友たちも今頃同じ月を見上げているのかなと思う。


 どんなに遠くにいたって今見てる景色は同じだから、俺たちはずっとつながっている。


 そんなちょっとセンチメンタルなことを思ったりして、少し恥ずかしくなった。


 一人で恥ずかしがる俺をユリナさんが不思議そうに見つめている。


 すると急にアッシュが「僕も!」と、のそのそと布団に入ってきた。


 アッシュの可愛い仕草に、思わずユリナさんと目を合わせて笑ってしまう。


 俺とユリナさんはそのまま見つめあいキスをした。


 俺とユリナさんのお腹の辺りにいたアッシュが「僕も!」と布団から顔をだしたので、俺たちはアッシュに頬擦りとキスをした。


 アッシュは満足したのか、またもそもそと布団の中に入り込んだ。


 それから俺とユリナさんは気のすむまでキスをして抱きしめあったのだった。




 ……いいかげん眠らなきゃ。


 俺は彼女に「眠ろう」と言う。


 それに彼女は頷くと、俺たちは頭までレッドグリズリーのかけ布団を被った。


 外気温はかなりのマイナス。夜は一層冷え込むだろう。外気に触れる場所はなるべく少なくした方がいい。


 アッシュの体温が高いおかげもあり、布団の中はぬくぬくと温かかった。



 俺は彼女の息遣い、鼓動の音、匂いを五感全てで感じ取る。彼女の全てが心地よかった。



 しばらくすると、ユリナさんの気持ちよさそうな寝息を立て始めた。


 そんな彼女という人生最大の幸せを噛み締めていたら、自分もいつの間にやら眠りに落ちていた。

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