モノローグ・マルゴ6
グラスの砕け散る音が、店に響いた。
俺はケイゴが去った夜、店の中で一人、蒸留酒の入ったグラスを石壁に投げつけていた。
テーブルの上には、広げられたケイゴの手紙。
ケイゴは、どんな想いでこの手紙を書いたのだろう。
「レスタの町にも住みたがらないやつが、俺たちの助け無しにどうやって生きて行くっていうんだ!」
……畜生、悔しい。
サラサはちょっと一人にしてほしいと言って、店の方にある自室に引きこもった。俺は俺でこんな有様なので、サラサの気持ちは痛いほどよくわかる。
俺たちはたった今かけがえのない友人を失ったのだ。
サラサがこっちにいなくて良かった。こんな姿は見られたくないからな。
俺の心中はザリザリとした、砂嵐が吹き荒れていた。
あんなに心穏やかで、優しいヤツはいない。ケイゴが一体何をしたというのか。
「バイエルンは何してやがる。ケイゴは腕を治療した恩人のはずだろう?」
俺は一人、グラスを受け止めてくれた石壁に向かって不満を撒き散らす。
こんな愚痴を聞いてくれるのは、いつだってケイゴだった。あいつは穏やかに微笑んで、俺の馬鹿話にいつも付き合ってくれた。
大切な何かを失ったような、心にポッカリと穴が空いた気がした。
俺はケイゴの手紙をもう一度読む前に、グラスを棚から取り出して蒸留酒を入れる。
こんな手紙シラフで読めるわけがないからな。
俺は蒸留酒を一気にあおると、もう一度ちゃんと手紙を読むことにした。
……そして気がつけば、俺は肩を震わせて泣いていた。
自分が惨めで情けなくて仕方なかった。大切な親友を守ってやれない自分が、許せなかった。
俺は誰もいないのをいいことに、声を出して泣いた。
貴族には逆らえない。そんなことは当たり前のことだ。だがそれを覆すようなアイデアをなぜ考えようとしなかったのだろう。
ケイゴは自分が出ていけば万事解決すると言っていたが、何も解決なんかしていない。
ただただ貴族の傲慢な振る舞いに屈服し、家を追われただけのことではないか。
今からでも遅くない。何か……、何か行動を起こさなければ。そうしないと俺は自分のことが多分一生許せなくなる。
ただしことは慎重に運ばないといけない。
俺が下手に動けば、俺だけではなくサラサ、ジュノ、エルザも同罪となりかねない。
「しがらみ」の中では生きたくないと、常々ケイゴが言っていた意味がよくわかる。
俺やサラサは「しがらみ」から逃れることはできない。あまりに深くレスタの町と関わりすぎたからだ。
今頃、ケイゴはどうしているだろうか。ハインリッヒの兵隊どもに捕まっていなければ良いが。
油断すると、ふとそんなことが頭に浮かぶ。
そして俺の頭の中は再び後悔の感情が渦巻きだす。
――なんでもっと早く手を打たなかったのだろう。
――部位欠損修復ポーションの話を聞いた時点で予測できたはずだ。
――俺は何を楽観的に過ごしていたのだろう。
町の情報を得ることができないケイゴのために、俺が代わりにサポートしなければいけなかったのに。
こんなに孤独で辛い酒は、いつ以来だろう。
俺の装備を初めて買ってくれた新米冒険者が、初めての戦闘でゴブリンに殺された日の夜以来かもしれない。
二度と同じ想いはしないと誓ったはずだったのに。
俺は桶に入った水に頭を突っ込み酔いを覚ますことにした。
しばらく頭を冷やしたおかげか感情も落ち着き、思考がクリアになった気がする。
……まずは協力者を作る必要がある。
俺は紙とペンを机の上に広げた。
「バイエルン様、エルザの父で町議会議員のバラックさん、ジュノにエルザ。俺の店の常連客である冒険者たち、歓楽街のママ、ユリナさんの友人たち……」
俺は、味方になってくれそうな人たちを紙に書いていった。
「俺たちの町をハインリッヒの好きにはさせん」
そして再びケイゴとユリナさんが、この町で自由に暮らせるようにしなければ。
「そんなこと、当たり前のことだ」
そうだ。
善良な民にそんな当たり前のことすらさせてくれない領主など、俺は領主と認めない。
だから俺は仲間を集め、ハインリッヒを統治者の座から引きずり下ろそう。
俺たちの町を俺たちの手で取り戻そう。
ケイゴのことはキッカケにすぎない。思えばこのような貴族の横暴は、今まで幾度となくあったのだ。
貴族の横暴で不満を募らせている者も多いはず。だからケイゴのことを話せば協力してくれる者は必ず出てくるだろう。
俺は思いついた計画が実行可能かどうかを検討しつつ、紙にメモしていった。
そしてまとめた計画は、明日一番にケイゴの手紙を受け取った3人と相談しようと思った。




