モノローグ・ユリナ2
それから私はがむしゃらに働いた。皿洗い、掃除、洗濯。
子供ができることはそう多くはないけれど、それでも店の人たちは私を温かく迎えいれてくれた。
ジョセフィーヌさんは私のような子供をスラム街で拾っては育て店を切り盛りし、女性たちは皆、身を寄せ合うようにして生きていた。
拾われた女性たちは皆ジョセフィーヌさんのことを親しみを込めて「ママ」と呼び、本当の母親のように慕っていた。
私たちのお店「パブ蝶のゆりかご」は誰も私を殴ったりはしない、まさにゆりかごのような日々を私に与えてくれた。
私の心についた傷は少しづつに癒えていった。
◇◇◇
それから随分と年月が経ち、私もすっかり大人になった。
そして、私は突然恋に落ちることになる。
その人は私の初恋だった。
お店に来る男性から何度も愛の告白は受けたことがあるけど、酔っ払って暴力を振るう父がトラウマになっていた私は、酔っ払い相手の客商売で客の男性を好きになることはなかった。
それに私は男の人から身を守るテクニックをママから叩き込まれていたし、ママの目が光っているので、男の人たちも私に強引に手を出すことはできなかった。
だから、私が必要以上に男性と親密になることはないと思っていた。
でも私が好きになったその人はどこか寂しそうで、誰も知らないどこかを見ているような気がして、妙に気になった。
彼は言葉が話せないくせに、字はかけた。
彼は本を書いて私にプレゼントしてくれた。
文字でのやりとりが逆に私にとって新鮮だった。言葉や思いが丁寧に伝わってくるのが素敵だった。なんて言葉が優しい人なんだろうって思った。
寡黙な人だけど、私のことを見つめる目は優しさに満ち溢れていた。
彼が使う言葉から、凄く心が繊細だけど、芯の強い人なのだと思った。
暴力や暴言にトラウマがある私には、かえって彼との優しい言葉のやりとりがとても心地よかった。
私はそんな「人間が苦手だ」という彼が、愛おしくて仕方がなかった。
そう。
私はとっくのとうに彼に恋をしていたのだ。
ある時、私は彼の家を訪ねた。
そして、彼と一緒に初雪を見た。その時、私と彼は自分たちの気持ちを確かめあった。
彼は、雪にぴったりなメロディを口ずさみながら涙を流していたので、私は思わず彼を抱擁し、「大丈夫だよ」と頭を撫でた。
彼のことが愛おしくて、愛おしくて仕方が無かった。
この時、私が負っていた心の傷は、淡雪と一緒に完全に消えてなくなったのだろう。




