N-097 ハンモックは楽ちんだ
ラディオスさんの子供は男の子だった。
カヌイの小母さんの付けた名前はトーレルと言う名だが、言い辛いからトーレと今から呼ばれてる。
皆でワイワイやってる最中に、今度はメリルーさんが産気付いたらしい。慌ててグラストさんと一緒に走って行ったけど、あれだけ飲んでて走ったりしたらどうなるかと心配になってしまう。
残った俺達はメリルーさんの安産を祈って酒を酌み交わす。
朝日が甲板に寝ていた俺達を起こしてくれたが、完全に二日酔いだ。どうにか、ベンチにもたれ掛って、ライズの入れてくれた苦い緑茶を飲んでいる。
ふと桟橋に目を向けると、誰かがこっちに走って来る。
やがて、その人影が誰かが分かると、俺達は互いに顔を見合わせた。
「男か?」
「いや、順番なら女だろう?」
バルテスさんとゴリアスさんが話をしてるが、俺とラディオスさんは頭を抱えて首を傾げるだけだった。
ドタドタと動力船を乗り越えて、カタマランの甲板にたどり着くと大きく深呼吸をしている。
「男だ! ドラムンと名付けたぞ」
そう言うと、ラスティさんは再び走って帰って行った。
家族以外では俺達に一番に知らせたかったんだろうな。
ラディオスさんも将来の子供達が仲良く漁をするのを思い描いているんだろう。空を見上げて、良かった! なんて呟いてるぞ。
バルテスさんが小屋の扉を開けて、嫁さん達に伝えているようだ。直ぐに賑やかな話声が聞こえて来たから、俺達の朝食はあの騒ぎが終わってからになるって事に違いない。もっとも、二日酔いで何も食べたくないんだけどね。
突然の豪雨に俺達は小屋に逃げ込んだけど、嫁さん連中は宴会の準備を始めたようだ。子供の相手をしている俺達に、視線をたまに向けるのは、何か獲ってこいってことなんだろうな。
だけど、二日酔いでそんなことはできないぞ。
「これ飲んですっきりするにゃ。今夜も宴会にゃ!」
ライズがとても一気飲みができそうにないほど苦いお茶を俺達に持ってきた。
やはり、午後には釣りをするしか無さそうだ。あきらめて、苦いお茶をちびちび飲んで行く。
子供達は積み木を並べたり、積み上げたりして遊んでいる。
きちんと入れるとぴったりと30cm四方の箱に収まる代物だが、三角形や長方形もあるから、船や魚の形を作って遊んでいる。正方形の積み木に書かれた文字を並べて言葉を作れるようにしているけど、さすがにまだ2歳では言葉にはならないな。
「こんなおもちゃを良くも考えたものだな」
「ドワーフに頼んだら、快く引き受けてくれましたよ。大陸でも売れるだろうってことで、ネコ族ならば割引してくれるそうです。3個貰いましたから、帰りに1個お渡しします」
「ありがたく頂くよ。カイトが親になった時は盛大に祝ってやるからな」
そんな事を言いながら、娘と一緒に積み木を並べていた。
だけど、一気に所帯じみてきたな。小さな子供を連れての漁は大変だろうが、小さい時から働く両親を見て育つんだから、情操教育はばっちりだと思うぞ。
とは言え、船が小さいよな。
「まだ、船を更新しないんですか?」
「そうだな。次の船はケルマ達とも相談したんだが、やはりカイトのような船が良いということだ。次のリードル漁で何とかなりそうだ」
「俺の方も何とかなりそうです。ラディオスさん達も、そうでしょうか?」
「たぶんな。だが、この船をもう変えるのか?」
「嫁さん達に色々と改善点を指摘されてますし、小屋の中を2部屋にしろと……」
そんな俺の話に、形をポンっと叩いて慰めてくれる。
「お前も苦労してるようだな。となると、さらに一回り大きくするのか?」
「そうなります。10YM(3m)の獲物でも運べるようになりますから、たぶんこれが最後になるんじゃないかと」
たぶん船足は少し遅くなるかも知れない。カタマランではなく、トリマランだからな。船長を12mにのばして、今の小屋よりも背を高くし、横幅を広げるとなるとカタマランよりトリマランの方が強度を取りやすい。
真ん中の船体を使って、物置だって作れるから部屋の収納容積は格段に増えそうだ。
ザバンは船首に横置きにすれば3艘は置けるだろうし、後部の操船櫓も横幅を3m近く取れる。その片側に台所を作れば雨の日も普段通りに使えるだろう。後部の甲板は今の大きさになりそうだが、これ以上大きくしても無駄なように思える。
「小型のカタマランでも小屋は大きくできるんだろう?」
「横幅は18YM(5.4m)奥行きが12YM(3.6m)位です。カマド2つにこのカタマランと同じような操船櫓が付きますから甲板は10YM(3m)に18YM(5.4m)となりますよ。ザバンを小屋の側面に固定するなら小屋の奥行きをさらに5YM(1.5m)伸ばせます」
たぶんザバンを横に置く形にするんだろうな。小屋をできるだけ大きくしたいはずだ。
「それで、カイトの船はどうするんだ?」
「エラルドさんに譲ります。たぶん小さい子供を預かる機会が増えるでしょうから、丁度良いんじゃないかと」
そんな話をしていると、ライズのお茶が効いたのかだいぶ楽になってきたな。
食事を抜いて、桟橋の橋で釣りをする。今日も宴会となると昨日と同じぐらい釣らねばなるまい。
・・・ ◇ ・・・
翌日は、朝からの豪雨だった。
2日続けての二日酔いは二日酔いと言って良いものか迷うところだが、スノコの上に敷いたゴザの上で寝転んでいる。
今日はさすがに誰も訪ねては来まい。頭を抱えながら寝転んでいよう。
「次は私達の番にゃ!」
「バルトス兄さんやサディ姉さんのところの子供が大きくなってるから、お守を頼めるにゃ」
何か自分達にかなり都合の良いことを考えてるぞ。
だけど、従兄弟たちが見守ってくれるならありがたい話だ。バルトスさんやゴリアスさん達の言う事をラディオスさんやラスティさんがきちんと聞くのも、そんな昔からの付き合いがあるからなんだろうな。
そうなると、グラストさん達の頭が上がらない人物というのも気になるところだ。
今度、ビーチェさんに聞いてみよう。
昼過ぎになって少し起き上がれるようになったところで、嫁さん達に交じってスゴロクを楽しむ。
どうやら何枚か持っているらしい。商船に売られているのだろう。トランプでもあればおもしろいんだけどね。
「前に頼まれてた網を受け取ってきたにゃ。子供が落ちないように網を甲板に張ってるけど、まだ足りないのかにゃ?」
「できたんだ! ちょっと待ってくれよ」
俺の私物が入っている棚を開けて、中から鉄の輪とフックを取り出す。
網の前後に輪を付けて、左右の梁にロープで結んだフックを取り付ければできあがりだ。
「果物を入れる網かにゃ?」
「ちょっと違うな。これは、こうやって使うんだ」
ハンモックは乗り降りが難しい。油断するとひっくり返るからな。先ず腰を下ろして、上半身を入れた後で足を乗せる。
ちょっと網の目が粗い気がするけど、中に布を敷けば丁度良い感じだ。
「「楽そうにゃ!」」
嫁さん3人組の目が輝いたぞ。
よいしょっと言いながらハンモックから起き上がろうとしてクルリとひっくり返ったのを見て、更に目の輝きが増したぞ。
「早く作るにゃ!」
ひっくり返りたいのかな? そんな疑問を浮かべながらも、船の左右も梁を使って、残りのハンモックを吊り終えた。
直ぐに飛び乗ったけど、ひっく返りもせずにユラユラと左右に揺すって感触を楽しんでる。
「これは中々にゃ。きっと皆も欲しがるにゃ」
ある意味、どこにでも使えるベッドって感じなのかな。暑いこの地では、ゴザにせんべい布団を敷いても、背中が汗ばむ時があるけど、これなら背中も涼しく感じられる。
広がるかも知れないけど、乗り降りが問題なんだよな。
夕方になって雨が止むと、きれいな虹が現れる。
嫁さん達は夕食の準備を始め、俺はいつものようにベンチの端でおかずを釣る。
パイプを咥えて数匹の釣果に満足していると、ラディオスさんとラスティさんがやってきた。
すでに二日酔いは直ってるけど、改めて酒を飲むのもちょっと考えてしまうので、サリーネにお茶を入れて貰う。
「どうにか親になったぞ。次にリードル漁を頑張れば俺達もこんな船が持てそうだ」
「バルトスさんも同じ事を言ってました。俺も何とかなりそうです」
「そうなると思ってやってきたんだ。カイトなら俺達の要望も形にしてくれるだろうからな」
家族が増えると、動力船を大きくするってエラルドさんが言ってたな。
このカタマランはまだ2年も経っていないから、譲る時に魔石の交換はいらないだろう。
夕食前に、2人は自分の船に帰って行った。
子供の顔を見たいって言ってたけど、良い父さんになれそうだな。
2人を見送っていると、桟橋からリーザがカゴを背負ってやってきた。
いつ出掛けたんだ? 疑問に思いながらもその荷物に興味を持った。
「何を買って来たんだい?」
「これかにゃ。網の上に敷く布にゃ。蒲団は取っておくにゃ」
なるほどね。直ぐに行動に移したようだ。枕はいらないな。
リーザが小屋にカゴを持ち込んでいくと、サリーネ達が夕食をテーブルに運んで来る。
その匂いを嗅いでお腹がグ~と鳴ってしまった。
サリーネがニコリと笑顔を見せて、俺の皿にご飯を山盛りにしてくれた。
おかずは燻製ブラドの切り身にカマルの唐揚げ、それにビーチェさん謹製の漬物だ。
ゴクリと喉が鳴る。
「さあ、ご飯にするにゃ!」
ライズの言葉に俺は貪るようにご飯を食べ始めた。
お腹一杯食べたところで、ランタンの灯りの下皆でお茶を飲む。
まん丸の月が上がってきた。
今夜は皆で月見って事になるのかな?




