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N-074 曳釣りはエラルドさんと


 朝食を終えたサリーネ達に操船を交替すると、俺とエラルドさんは遅れて朝食を取る。落伍者がいない事を確認して、小屋で仮眠を取ることにした。

 昼過ぎには目的地に到着するから、その前に起こして貰おう。

 まだ雨が降っているけど、子供達はビーチェさん達と静かに遊んでいる。

 小屋の間仕切り用のカーテンを引いて、船首側に寝転ぶと、直ぐに眠りについてしまった。

 

 目を覚ました時には船が停まっている。

 どうやら、漁場に着いてアンカーを下ろしたみたいだな。

 甲板に出ると、夕暮れ近い時間のようだ。珍しく雲が切れてだいぶ傾いた太陽が見える。久しぶりに夕日が沈むのを見れれるかもしれない。

 

「やっと起きたにゃ。おかずを頼むにゃ」

 ビーチェさんは、俺をおかず担当と決めているようだ。

 まあ、おかずが増える事には、俺も賛成できるからな。直ぐに竿を取り出して船尾のベンチで釣りを始める。

 その隣にエラルドさんが座ると、俺の釣りを眺めながら、パイプを楽しみ始めた。

 俺も付き合って、パイプを取り出す。

 数匹釣れたところで、ライズが獲物を持ってビーチェさんのところに向かった。唐揚げか、それともスープ? ちょっと楽しみだな。

 更に何匹か釣りあげたところで、釣竿を仕舞いこんだ。


「明日は曳釣りだが、左右の竿に道糸を付けるんだよな?」

「先端に道糸を挟んで使うんです。長さは10FM(30m)以上。約3FM(9m)で糸を結んでいますから、それで曳く長さの目安にしてます。カタマランの左右に1本ずつ、船尾から1本の3本で釣りをします。大物だと糸が絡みますから、残りの糸を引き上げる事になります」


「大物は、あのギャフやタモ網。それに棍棒を使うのか。銛も使ったと言ってたな?」

「あの時はバルテスさんに頼みました。先端が外れる銛を使います。使いそうなものは操船楼の後ろの枠に納めておきますよ」


 そんな話をしていると、甲板に料理が並び始まる。

 テーブルの大きさが人数に合わないからな。久しぶりに甲板に胡坐をかいてビーチェさん達の自信作を頂いた。

 相変わらずビーチェさんの唐揚げは素晴らしい。今日はピンポン玉位の柑橘系の実を絞ってかけているのだが、酸味と塩味の加減が絶妙だ。

 日本でお店を開いたら、繁盛するんじゃないかな?


 そんな唐揚げを子供達も頂いている。まだ1歳になったばかりなんだが、だいじょうぶなんだろうか?

 でも、美味しそうに食べてる姿を見るとこっちまで幸せな気分になれるぞ。


 ランタンの灯りが甲板を照らす中で食事を終えた俺達は、ワインを飲んで気分を沈める。逆に気分が高ぶるような気もするんだけどね。

 水深は10m以上の砂泥地だ。島と島の距離は3km以上あるから、砂泥地は南北方向に1kmはあるのだろう。それが東西に延びているなら、ここは回遊魚を狙う絶好の場所だ。

 根に着く回遊魚なら、南北の島近くのサンゴ礁を狙うのだが、今回は曳釣りだからな。


 嫁さん連中が、保冷庫にたっぷりと氷を入れる。

 1人2回の魔法で4個の氷柱が作れる。6人でやるから24個にもなるぞ。

 一気に保冷庫を冷やしておくつもりのようだな。


「さて、準備は良いようだな。明日は早いぞ。そろそろ寝るとしようか」

 エラルドの言葉に俺達は小屋に入って横になる。


 とは言っても、眠れない。

 まだ、起きたばっかりなんだよな。

 小屋を出て、甲板に出るとベンチに座ってパイプを使う。

 いつの間にか、空が曇って星も見えない。明日の漁が少し心配になってきたぞ。


「まだ眠れないのかにゃ?」

 そう言って、俺の隣に座ったサリーネがココナッツの実を渡してくれた。

 ありがたく頂いて一口飲む。


「そんなところ。さっき起きたばかりだしね」

「オリーさんのお腹が大きくなってるにゃ」

 ポツリと呟いたサリーネの言葉を理解するのに少し、時間が掛かってしまった。

「それって! そういう事?」

「そうにゃ」


 そうか、ラディオスさんもいよいよ父親になるって事だな。


「次は、サリーネだね」

 俺の言葉を聞いて急に俺に抱き付いて来た。

 ひょいと持ち上げると軽い体だ。40kgも無いんじゃないか?

 でも、次々と子供が生まれたら、エラルドさん達も大変だな。そう言えば……。


「ちょっと、質問だけど……。トウハ氏族の子供は生まれるとどんなお祝いがあるの?」

「お祝い? ……あまりないにゃ。男の子なら13歳で親から銛が貰えるにゃ。女の子は、これにゃ!」


 胸元から小さな袋を取り出した。

 革紐で首から下げているらしいけど、漁に出る時は付けてないんだよな。


「針と糸にゃ。これで、13歳からは自分で服を作るにゃ」

 昔はそうだったんだろうな。でも今は、親の手伝いをしてお小遣いを貯めて商船で服を買うんじゃないかな。とは言っても、破れたりしたら自分縫うんだろう。早くから自分で何でもできるように親がしつけるんだろうな。


「俺の故郷の風習を持ち込んだら問題かな?」

「どんな風習にゃ?」

 

 サリーネの問いに、七五三の風習と鯉のぼりにおひな様の話をする。

 女の子にお人形と聞いて、サリーネの目が輝いた。


「欲しかったにゃ。商船の棚にお人形が置いてあったにゃ……」

 たぶんビーチェさんも買ってあげたかったに違いない。だけど、船の小屋は小さいからな。生活に必要でない物は、可哀想だけどあきらめさせたに違いない。

 リーゼやライズも同じだろう。姉さん達のちびっ子を可愛がるのも、昔欲しかったお人形を思い出しているのかも知れないな。


「サディさんと、ケルマさんの子供達に贈ってみようか? サリーネ達は大人なんだから、もう欲しくは無いだろう?」

「女の子が生まれたら貰えるならそれで良いにゃ。でも鯉のぼりってどんな物にゃ?」


 ベンチの中に常備しているメモ用紙に簡単な絵を描いて見せた。

 淡水の大きな川や池が無いから、鯉を描いたつもりでもサリーネにはピンと来ないようだが、魚であることは分かったようだ。


「旗みたいにゃ。昔は船に旗を上げたと父さんが教えてくれたけど、今はあまり旗を上げる人がいないにゃ」

「なら、俺達の船で上げてみようか? 鯉のぼりを上げるのもおもしろいかも知れないよ」


「絶対、サディ姉さんのように男女の双子を生むにゃ」なんて言っているけど、こればっかりは生まれない限り分かるものでは無い。

 サリーネの肩を抱いて俺達は小屋に入った。


・・・ ◇ ・・・


 嫁さん達が朝食の準備をする中、俺とエラルドさんは曳釣りの準備を始める。3本のリール竿を両舷と船尾の穴に立てると、左右の竹竿の先の洗濯ばさみの間に道糸を通して表層を曳くヒコウキ仕掛けを取り付けた。餌を使わずに弓角を結ぶ。船尾のリール竿の道糸には潜航板の仕掛けにプラグを2個取り付け、中層を狙う事にした。


「船が動き出したら、道糸を引き出します。準備はここまでで良いでしょう」

「手伝いはするが、指示は頼むぞ。引き上げはあれで十分なのか?」

 エラルドさんが操船楼の枠に立ててあるジャグ等を指差して俺にたずねた。

「十分です。2mを超すような魚はいないでしょう。もし、そんな奴が来たら、仕掛けの先の釣糸が切れてしまいますから」


 いくらなんでも、カジキマグロはいないだろう。

 1mクラスのシーブルが掛かれば良いんだけどね。


 ようやく、朝日が上がりそうな空を見て、しばらくは雨が降らない事を確認する。

 朝食を急いで食べ終えると、サリーネとケルマさんが操船楼に上がって行った。下から、ライズがお茶のカップを渡している。

 どうやら、準備が出来たようだな。船尾のベンチに立って他の動力船を見ると、竹竿が左右に飛び出している。こっちを見て手を振っているところを見ると、準備が整ったようだ。

 小屋の扉に吊るした笛を取って、首から下げると再度ベンチに上って短く笛を吹き、

急いで船首に行ってアンカーを引き上げた。


「サリーネ、出発だ。東に向かって三分の一ノッチ!」

「了解にゃ!」

 ゆっくりと、カタマランが動き出した。

 曳釣りの速度は俺達が歩く速度よりやや早い位にする。もっと早くても良いのだろうけど、漁具の性能がそれ程良くないからな。あまり速度を上げると竹竿が折れてしまいそうだ。


 船速が一定に達したところで、リール竿の道糸を伸ばしていく。3本とも終わったところで、パイプを咥えて当たりを待つ。


「さて、しばらくは様子見か?」

「群れに遭遇するのを待つ感じですね。夕方まで東に進み、夜は西に戻ることにします」

 それでも40km程魚の群れを追う事になる。

 上手く回遊してくる魚に出会えば、入れ食いになるんだけどね。


 小屋の出入り口の上には、帆布の屋根を張って、不意の大雨に備える。もっとも、3人のちびっ子たちが外に出たがるから、小屋の出入り口から、1m程の場所にベビーサークルを張ってあることが原因のようにも思えるな。

 早速、出入り口近くにベンチを置いてライズ達が子供を抱えてこっちを見てるぞ。


 日が登って来ると、急速に気温が高くなる。

 麦わら帽子にサングラス姿で船尾のベンチに腰を下ろしていると、風を受けて涼しく感じる。

 小屋の船首側の窓を開けているから、子供達も涼しく感じているに違いない。

 熱帯だから、風の動線も上手く考えないとダメだろうな。その辺りも次のせっけいには生かす事になるだろう。

 

 突然、右の竹竿から道糸が外れた。

 急いでリール竿を持つと、グイグイと引きこまれる。

 竿の弾力を生かしながらリールを巻いて魚を誘導させる。


「エラルドさん、ギャフを用意してください。どうやら大物です」

「これだな。……で、どうするんだ?」

「魚を近づけます。頭が海面に出たら、下から引っ掛けるようにして獲りこんでください。鰓付近なら申し分ありません」


 分かった! と短く返事をして俺の下手でその時を待っている。

 やがて、魚体が見えた。仕掛けを手に取ると竿を甲板ぬ投げ出す。

 釣り糸をゆっくりと引き上げ、シーブルの顔が海面に出た時、あらかじめギャフを沈めて待っていたエラルドさんが、エイ! と掛け声を上げて魚を引っ掛けて甲板に放り出した。


 バタバタと甲板を叩いているシーブルの頭にポカリ! とビーチェさんが棍棒を振う。素早く、シーブルをさばくと保冷庫に放り込んだ。ついでに氷を作っている。

 再び仕掛けを投げ入れると、エラルドさんが保冷庫の水をポンプで汲み上げている。

昨晩だいぶ氷を作ったけど、結構融けてしまったようだな。


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