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N-070 グラストさんの驚き

 3回目の操船を交替しようと隣を見ると、いつの間にかサリーネは俺の肩に頭を預けて寝ていたようだ。

 既に雨は上がり、東の空も白んできている。リーザ達ももうすぐ目が覚めるころじゃないかな。食事を終えたころに交代して貰おう。

 カタマランの速度は通常の動力船の2倍近い速度が出せる。今日の夕方近くには氏族の島に帰り着くだろう。それまでは南西に進路を取っておけば良い。


 どうやら今日は、薄曇りらしい。下では、騒がしくリーザ達が朝食を作っているようだ。そんな中、大きな伸びをしてサリーネが目を覚ました。

 俺に、操船を代われなかったことを謝っているけど、朝の海を動力船で走るのも気もちが良い事を知ったから、そんなに謝られても困ってしまう。

 それに、自分で作っておきながらカタマランの操船があまりできなかったのも確かだしね。


「次はちゃんと操船するにゃ」

「ああ、お願いするよ。しばらくは俺が操船するから、下でリーザ達を手伝ってくれないかな」

 俺の言葉に笑顔で頷くと操船楼を下りて行った。

 だいたいここがどこら辺りか、俺にはさっぱり分からないけど、嫁さん達には分かってるんだろうか? ちょっと心配になってきたな。


 しばらくしてサリーネが操船櫓に上がって来ると、俺の体を超えて魔道機関の出力を落した。

「皆で朝食にするにゃ。この辺りはリードル漁で、散々通った場所だから位置も分かるにゃ。今日の午後には氏族の島にゃ」

「ホントか? 俺には全く分からないんだけどね」

 

 そんな話をしながら操船櫓を下りると、甲板の後ろにテーブルが出されて、おかずとご飯やスープの皿が乗っていた。

 ベンチに腰を下ろして、皆で朝食を頂く。スープはライズが作ったようだ。ちょっといつもよりも味が濃い。

 野菜炒めには魚の切り身が入っているけど、どうやら燻製を使っているようで、身がしっかりしている。ちょっと辛めの味付けだからご飯が進むぞ。

 残ったご飯を野菜用の保冷庫に入れているから、昼食は雑炊モドキになりそうだな。

 食後のお茶を頂きながら、そんな事を考える。


「保冷庫に氷を追加しといたにゃ。姉さんも寝る前に氷を入れとくにゃ」

「だいぶ融けてるの?」

「そうでもないにゃ。ポンプで直ぐに掻き出せたにゃ」

 ポンプは水鉄砲にホースと弁を付けた簡単なものだが、前の水鉄砲よりは効率が良い。それでも熱帯だからか、氷の解けるのが早そうさだな。


 リーザ達が、ココナッツに穴をあけて、操船楼に持ってあがった。

 彼女達のお茶代わりなんだろうな。

 カタマランが動き出すと、船尾のベンチに移動してパイプを楽しむ。

 サリーネは、ガルナックを入れた保冷庫に氷を4個も追加すると、朝食の食器を片付けて、魔法で汚れを消し去った。

 最後に、ココナッツを2個割って、俺の隣に座ると1個を俺に渡してくれた。

 ありがたく受け取ってパイプを仕舞う。

 これを飲んだら、一眠りしよう。起きた時には氏族の村に着いてるんじゃないかな。


・・・ ◇ ・・・


 寝ているところを、揺さぶられて目が覚めた。

 起こしてくれたのはリーザだった。すでに魔道機関は停まっているようだ。氏族の島に帰ったという事なんだろうか?

 Tシャツに短パン姿で小屋を出ると、見なれた氏族の島だ。

 隣はエラルドさんの船なんだが、すでに僚船とロープが結ばれているし、アンカーも下ろされているようだ。全く気が付かなかったな。


「ライズはグラストさんを呼びに行ったにゃ。サリーネ姉さんは父さんと長老のところに出掛けたにゃ」

「商船も来てるようだね。でもなんで?」

「私達ではガルナックを動かせないにゃ。父さんが驚いてたにゃ!」


 確かに俺達では無理だ。

 さて、どうしたものかとベンチに座って考えていると、リーザがお茶を渡してくれた。ちょっと熱いけど、渋さが丁度良い。

 ふうふうして飲んでいると、桟橋を大勢の男達が太い丸太を持ってやってきた。


「カイト、ガルナックをし止めたと聞いたぞ。どこだ?」

 最初にやってきたのはグラストさんとバルテスさんだ。リーザが甲板の板を外して保冷庫の蓋を開けて見せると、2人の表情が固まってしまった。

 ここはお茶を用意して待っていよう。

 カマドに炭を追加してポットを乗せる。沸いた頃にはリーザが出してくれるだろう。


 グラストさん達の硬直が解けると、俺の前にベンチを持ってきて座り込んだ。

「全く底が知れねえ奴だ。銛2本でし止めたのか?」

「使った銛は3本です。最初に……」

 話を始めようとしたところに、エラルドさん達がやってきた。


「グラスト、先ずは獲物を商船に運ぼう。話はそれからでも良いだろう。人手を集めて来たから、何とか動かせると思う」

「そうだな。それからで良い。丸太は3本いるぞ。4本だと!」

 こんな時にグラストさんの采配は助かるな。

 てきぱきと指示を与え、長い丸太を2本並べてその上にガルナックを乗せると、残りの2本を丸太から十字に縛り付けた。前後に丸太を結んで、御神輿のように担いでいくらしい。


「良いか、一緒に丸太を上げるんだ。かなりの重さだが、引き上げられたんだから持ち上げることだって出来るだろう。……一、二、三!」

 どうやら持ち上げられたが、6人掛かりだぞ。よろよろしているのを見て、グラストさん達が更に加勢に入る。

 10人で担がれたガルナックが桟橋を渡っていくのだが、桟橋が悲鳴を上げている。それでも、氏族総出で見守る中を、無事に商船まで届けることができたようだ。

 いったいいくらになるんだろう? 

かなり美味しくて、珍しい魚ではあるようだが……。


 カタマランの船尾のベンチでのんびりパイプを楽しみながら、一緒に付いていったサリーネ達の帰りを待つ。

 やがて、背負いカゴを担いだサリーネ達が商船から出てくるのが見えた。

 そう言えば、形の良いフルンネも突いたんだよな。重そうに担いでいるから食料を買い込んできたんだろう。

 よほどの獲物か漁の道具を買い込む時以外は、男達が商船に出入りするのはまれだからな。買い出しは女性の仕事って事になってるようだ。

 

「全部で1,040Dにゃ。上納した残りが921Dで、酒を5本買ってきたにゃ。今夜は皆が集まるにゃ」

 サリーネが報告してくれたけど、たぶん宴会に銀貨3枚は使ってるんじゃないかな?

 それでも銀貨5枚以上が残れば漁は大成功と言って良いだろう。

 

 3人が小屋に荷物を運び終えると、双子を両手に抱いたビーチェさんがやってきた。

「サディが手伝いに来てくれたにゃ。夕食を振舞うからおかずを獲ってくるにゃ!」

 あわてておかず釣り用の竿を持ち出し、甲板から糸を垂れる。集まってくるのは夕方だろうから、10匹近く釣れるんじゃないかな?


 どうにか、雨は免れているが、相変わらずの曇天だ。

 夕暮れがいつかは分らないけど、辺りが暗くなってきたところで、釣りを止めて獲物をリーザ達に引き渡す。

 十数匹だから、ブツ切りの唐揚げだろうな。俺の好物だから丁度良い。


 甲板から邪魔なものを退けて、皆が座れるようにしておく。ケルマさんが子供を連れて手伝いに来てくれた。リーザが子供を預かって、小屋の中で双子と一緒にお守をしている。海上だけど、小屋から出ない限り安心だろう。

 1人で見きれない場合はライズを向かわせれば良い。


 小屋から伸びる屋根の梁からカンテラを点けると、少しずつ知り合いが集まって来る。ラディオスさん達はすでに漁場を発っているだろうが、氏族の島に到着するのは早くて明日の夕方だろう。俺と年台の合う連中がいないのが残念だな。


「ガルネックの大形を見るのは久しぶりだ。だが、俺の見た中では一番デカイぞ」

「さすが、聖痕の持主だけの事はある。あれほどの物は長老でさえ初めてらしい」

 エラルドさんとグラストさんは俺の隣に腰を下ろすと、笑顔で俺の肩を叩いた。

 それなりに評価してくれたって事だよな。照れ笑いでごまかしておくけど……。


「もう少し、真ん中を広げないとご馳走が並べられないにゃ!」

 ビーチェさんの一言で、数人の男達が車座の輪を広げる。そこに、ケルマさんとセリーネ達が大きな真鍮の皿を運んで来た。

 運んでは来たのだが、まだ誰も手を付けようとしない。どうやら、もう少し集まって来るみたいだな。


 やがて、長老1人が数人の男と一緒にやってきた。どうやら、主賓って事なんだろうが、誰が段取りをしたんだろう?


「サリード様、良くいらっしゃった」

「うむ。じゃが、あれほどの獲物を見せられたら、どうやってし止めたかを聞かずにはおられん。たぶんワシが最後じゃろう。ご馳走を頂きながら、話を聞こうぞ」


 十数人の男達がカタマランの甲板に座っている。ビーチェさんが配ってくれた、ココナッツの椀に、ワインを満たして俺の健闘を祝ってくれた。

 その後は、マイスプーンを持って来たらしく、バナナの葉で作った皿に料理を取り分けて俺の話が始まるのを待っている。

 早めに終わらせないと、俺が食べる分が無くなってしまいそうだ。


「どうにか、ガルナックをし止めました。でも、俺一人ではし止めることはできても、船に上げることができませんでした。どうにか、ラディオスさんとラスティさん、それにベルーシさんの助けを借りて運んで来たんです……」


 ガルナックへの3度の銛打ち。そしてそれをどうやって甲板に運び上げたのかを、ジェスチャーを交えて皆に披露する。

 通常の銛で止めを刺そうと頭に打った銛が跳ね返されたと言うと、長老や何人かの男達が頷いている。

 最後に、動滑車で持ち上げた事を話して終わりにする。

 

「やはり、通常の銛を頭部に打つのは無理だったか。だが、あのガルナックの銛の跡は2つだ。最後の銛はどこに打ったんだ?」

「奴の口の中です。口内上部に打ち込んで、絶命させました」


 俺の答えに皆が驚いているけど、とっさにした行動だったな。だけど、あれを打ったことでガルナックの動きが止まった事は確かだ。


「全く、驚かされる。だが、他の氏族では不可能な大きさだ。全長8YM(2.4m)などというガルナックはワシも見るのは初めてじゃ」

「確かにその通り。話は商船が他の氏族に伝えるだろう。トウハ氏族は8YMのガルナックでさえし止めることができるとな!」


 そう言って、グラストさんが笑い声を上げると、他の連中もカップを掲げて同意している。

 誰がし止めたかは分からなくとも、トウハ氏族がし止めたということは、ネコ族に拡散していくって事なんだろうな。


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