P-256 開発の様子を見てこよう
さすがに直ぐに出発するのは早すぎるから、オラクルの開発状況を眺めて課題がないかを見て回ることにした。
一番気になっていたのは、新たな田圃だ。
今回は、俺がかかわるのは何処に田圃を作るかを示す縄張りだけだったからなぁ。工事現場には近付かずに森から出た段々畑から眺めると、10人程が畔を作るために石を積み上げていた。
最初に作った田圃より少し小さいけど、あれが出来たなら収穫量が3割増しになることは間違いないだろう。
あの大きさなら、さらに横に1つ、下に3つは作れるだろう。収穫量は去年の2倍になることは間違いなさそうだ。
岩場まで距離があるから、水の流れを上手く使えばもう2つ作れそうにも思える。それに段々畑が2段あるからね。下の段を田圃にすることも出来そうだな。
10枚程の田圃が出来たなら、大陸から米の購入が出来なくなってもたまにご飯を食べることが出来そうだ。
代替食となる芋とカボチャ、それにトウモロコシの種を商船に頼んである。
あれからだいぶ経つんだがその後どうなってるんだろう? 頼んだ商船がやってきたら確認したほうが良さそうだな。
「あにゃ? ナギサにゃ。こんなところで何してるのかにゃ?」
畑仕事にやって来た小母さんに見つかってしまった。
丸太で作ったベンチに腰を下ろして一服していたからなぁ。木陰のベンチでさぼっているように見えたのかもしれない。
「田圃作りを替わって貰いましたので、その後が気になって見に来たんです」
「だいじょうぶにゃ。皆、頑張ってるにゃ。去年のお米は美味しかったにゃ。今年の雨季にまた作るって聞いたから楽しみにゃ」
畑の雑草を抜くためにやって来たらしい。
抜いた草は、畑の片隅に作った屋根の付いた囲いに積み上げて堆肥として活用する。
次の野菜の種を撒く前に、畑を耕してできた堆肥を鋤きむことで肥料の節約にもなる。
先の長い話だけど、農業は土作りが基本だと歴史の先生が言ってたぐらいだ。
「果物は、よく実るようになったにゃ。売り物にならない魚を根元に埋め込んだのが良かったにゃ」
「俺が突いた魚でしょうね。少しはましになっていると思ってたんですけど……」
「どちらかと言うと燻製に失敗した魚にゃ。燻製小屋が大きいから、下の方の棚に入れた魚の中に、不良品がたまに出るにゃ。ナギサはもっと誇っていいにゃ。いつでも筆頭並みに獲物を運んでくるにゃ」
あまり褒められるとボロが出そうだ。
頭を掻きながら小母さんに頭を下げて、次の場所に向かうことにした。
西に向かって入り江が伸びているんだが、オラクルの桟橋を設けた最奥は南北に300mほどの急峻な岩場だった。
そこに石の桟橋を1つと木製の桟橋を3つ。さらに少し沖合に2つの浮き桟橋を作って氏族のカタマランを停泊することが出来るようにしてある。
もっとも浮き桟橋を使うのは年に何回もない。7割近いカタマランが漁に出ているからね。浮き桟橋を使うのは年に2度のリードル漁をするためにシドラ氏族の漁師が全て集結する時ぐらいだ。
そんな浜で気になることは、子供達のために作ろうとしている砂浜だ。
漁から帰る際に籠1つ分の砂を運んでくること。
俺達も例外ではないから少し多めに運んでくるし、ガリムさん達とココナッツを取りに行くときはそれこそたくさんの砂を運んでくるんだけど……。
さて、どうなってるんだろう?
砂浜の位置は浜の北側だ。南北50mほどの砂浜を作ろうとしているんだが、歩いていくと岸に砂が山を作っていた。
漁のたびに運んでくるからなぁ。塵も積もれば山となるとはよく言ったものだ。
砂浜の予定地に近付くと足元が砂になって来た。
少し浜の岩を掘り下げたのかもしれない。石灰岩だから鑿やツルハシで簡単に削れるらしいのだが、たまに大きな岩が出てくるんだよなぁ。
これは火山活動で出来た物らしい。南東の遥か彼方に火山島があるらしいからね。
身を屈めて砂を掘ってみると、10cm程の厚みがある。
良くここまで砂を運んだものだと感心してしまう。
「ナギサじゃないか! どうした? こんなところにやってきて」
ザバンに砂を入れたカゴを乗せていた青年が声を掛けてきた。
「どんな具合かなと思って見に来たんです。だいぶ大きな山になってますけど、まだまだ足りないんでしょうか?」
「そうだなぁ。眼鏡を下げているんだったら一度潜ってみたらどうだ。なだらかな砂浜を作れと長老は言っているんだが、まだまだ急斜面だ。子供を遊ばせるまでには何年も掛かりそうだぞ」
作業の手を休めて、ザバンからカゴを取り出し中のカップを俺に手渡してくれた。
竹の水筒に入ったお茶は保冷庫に入れてあったのかな? 冷えているから直ぐにゴクゴクと喉を鳴らして飲んでしまった。
そんな俺を見て笑みを浮かべた青年がパイプを取り出したので、俺も一緒に砂浜に腰を下ろしてパイプを取り出す。
「初めて2年は経っているからな。出来ているんじゃないかと見に来る連中も多いんだ。だが、砂がしっかりと固まるにはまだだいぶ先だと思うぞ。緩い角度の斜面を石と砂を混ぜて作ってはいるんだが、まだ足が砂に潜るからなぁ。もう少し小石を斜面に積んだほうが良いかもしれないと仲間内で話しているぐらいだ」
「足が潜るようでは困りますからねぇ。ところで潮の吹き出しは何とか出来たんでしょうか?」
北から南西方向に向かって、潮が流れるようにしたらしい。桟橋付近は西に向かって流れるから、砂浜が少しずつ南に広がっていくのかもしれない。それだけ砂が移動するんだからいくら運んでも砂浜が広がるようには見えないのだろう。
とはいえ、その内に流れる砂の量は少なくなるはずだ。子供達の為にも砂を運んで来ないといけないだろうな。
だいぶ色落ちしたTシャツを脱いで、海に潜ってみると思いの外遠くまで砂の斜面が続いている。
海底に足を付くと、踝まで砂に埋まってしまう。
これを気にしていたのかな?
大人が踝ほどなら、子供達ならほとんど潜らないと思うんだけどなぁ。
海水が澄んでいるから遠くまで見える。小さな魚が群れているところは、まだ岩がゴツゴツしているようだ。
あの辺りまでサンゴを植えれば、もっと魚が増えるに違いない。
だけどサンゴの成長は遅いからなぁ。砂浜から銛を持って魚を突くようになるのは、かなり先になりそうだ。
最後に足を延ばしたのは、炭焼き小屋の老人達のところだ。
少し大きな籠が欲しかったんだが、気に入った物が無い時には作って貰わないといけない。
「久しいのう。どの船団に入っても船団に豊漁をもたらすと聞いておるぞ」
「聖姿の御加護だと皆は言ってますが、それに恥じないように皆が頑張るからだと思いますよ」
「そうではあるまい。あの連中でさえ、ナギサが加われば1回の漁で銀貨を手にするんじゃからなぁ」
「ワシ等は少し早まったかもしれんのう。もう少し漁を続けたならナギサと漁が出来たんじゃが」
「お前さん、1日の素潜りでブラドを3匹というところで止めたんじゃなかったか? まぁ、釣りならもう少し続けられたかもしれんのう」
「一緒に止めたお前さんは、1匹も付けなかったんじゃなかったか? まぁ、何事も引き際が肝心という事じゃな」
かつては一緒に船団を組んでいたようだ。
漁を何時止めるかは、案外個人差があるからなぁ。50歳が目安といっても、元気な人は元気だからね。カルダスさんやバゼルさんは50を過ぎているようだけど、まだまだ現役だからなぁ。
「実は……」
少し太めの道糸はリールや木製の糸巻きでは無く、籠の中に束にするようにしておくと出し入れが便利だ。
延縄仕掛けは、籠に入れておくからね。
マーリル用の道糸もかなり太目だから同じように籠を使おうとしていることを話すと、直ぐにいくつもの籠を出して見せてくれた。
「マーリルとはのう……。トウハ氏族の連中が腕試しをかつてはしていたんじゃが、今では誰もやろうとはしないようじゃな。ナギサの事じゃから、大物を釣り上げられるじゃろう。その時はオラクルに帰らずにトウハ氏族の島に行くんじゃぞ。トウハの連中にナギサの腕を見せてやるんじゃ!」
「「そうじゃ、そうじゃ!!」」と盛り上がってるんだよなぁ。
氏族同士の中が悪いのかと思うぐらいだけど、どうやら腕を自慢したいだけに思える。
漁果を誇るだけだから、長老達も見てみぬふりというより俺達を焚きつける時があるからなぁ。
それだけ平和ということなんだろう。
「道糸は延縄仕掛けの道糸より少し太目です。長さは200ユーデを用意しました」
「そうすると、これぐらいになるのか?」
「いや、もう少し口が広い方が良いじゃろう。絡むと面倒じゃ」
老人達が持ってきた籠を手に、いろいろと話を始めた。
パイプに火を点けて、しばらく老人達の話を聞くしかなさそうだな。
きっと、最適な籠を選んでくれるに違いない。
最後に老人の1人が俺に渡してくれた籠は、直径が60cmもある代物だった。深さ20cmほどなんだが、確かにこれなら良さそうだ。
「中には延縄を長くする連中もいるんじゃよ。そんな連中向けの代物じゃが、道糸が太いならこれで十分じゃろう。釣り上げたなら先端の槍は持って帰るんじゃぞ。それを眺めてココナッツ酒を飲むんじゃからな」
仲間の老人達がうんうんと頷いている。
まだ釣れると決まった訳ではないんだけどなぁ。それにカヌイのお婆さんから、1つ時期をずらすよう帰り際に言われてもいる。
多分エメルちゃんの出産を考えての事だろう。
帰ったら皆で相談した方が良さそうだけど、何時でも出漁できるだけのことはしておくべきだろう。
バゼルさん達と夕食を共にした時、カヌイのお婆さん達の話をしてみると、バゼルさんが驚いたような顔をして俺に体を向けてきた。
「カヌイの婆さん達の話となれば考える事もない。雨期を1つ見送ることだな」
「何か予知を受けたかもしれないにゃ。オラクルでタツミの時と同じように産むことが一番にゃ」
それだけカヌイのお婆さん達の話は信頼が出来るということなんだろう。
長老の話には、疑問があれば聞き返す事こともあるんだけどなぁ。
だけど疑問が残ったとしても長老の決定には従うんだから、その辺りの加減が俺にはまだ理解できないところなんだけどね。
長老は聞く耳を持っている。そしてカヌイのお婆さんは俺達の知らない何かを、朧げな形で知ることができる……。そんな感じに思えるんだよなぁ。




