P-247 新たな田圃を作ろう
のんびりとオラクルに戻る船旅だけど、カタマランの速度が通常よりも速いからなぁ。
夜は近くの小島に船を泊めて一泊する。
さすがに、漁果が無いのは考えてしまうからオラクルから西に2日程のサンゴの穴で素潜り漁を行い、夜釣りを行う。
「どうにか背負いカゴ1つ分にゃ。いつもよりも少ないけど、何もないよりは良いにゃ」
エミルちゃんの感想に、苦笑いを浮かべる。
丸1日の漁だからねぇ。こんなものだろう。それでもバルタックだけで10匹を超えているし、フルンネだけでなくハリオも獲れたんだから贅沢な話だな。
「明後日には、オラクルだ。しばらくは漁が続くと思うよ」
「どの船団に入るのかにゃ? 出来れば父さん達と一緒が良いにゃ」
カルダスさんの船団か……。あまり一緒にならないんだよね。調査では同行する機会が多いんだけど、やはりガネルさん達の船団になるんじゃないかな。場合によっては、お爺さん達と同行することになるかもしれない。
お爺さん達には、いろいろと教えて貰ったからなぁ。
お爺さん達が素潜り漁から足を洗う前に、もう何度か一緒に漁に出掛けたいものだ。
オラクルの桟橋にはバゼルさんのカタマランが泊まっていた。俺達のカタマランに気が付いたのかトーレさんが桟橋に上がって手を振っている。
俺達が戻って来たのが嬉しく思ってくれているのだろう。やはりこの地が俺達の故郷なんだな。
「戻ってきたにゃ。途中で漁をしてきたにゃ!」
甲板に上がると、俺の膝に座っていたマナミをヒョイと抱き上げてタツミちゃんたちの様子を眺めている。
保冷庫から背負い籠に獲物を入れているのを見たんだろう。
「1日だけの漁にゃ。手ぶらで戻ることは出来ないにゃ」
エミルちゃんが大きなフルンネをトーレさんに見せている。
トーレさんが笑みを浮かべているのは、そのフルンネを見たからではなくマナミが微笑んでいるからだろうな。
「夕食の準備は私達に任せるにゃ。ナギサをバゼルが待ってるにゃ」
やはりどんな話になったかを聞かせないといけないだろうな。
今夜長老のところで話すことになるんだけどなぁ。
バゼルさんのカタマランに乗り込んで後部甲板に座る。
桟橋を走ってくる足音がだんだんと近付いてきたと思っていたら、カルダスさんが現れた。
俺達にサディさんがココナッツ酒を用意して、直ぐにカタマランを降りて行った。俺のカタマランに向かったのかな?
「ちゃんと聞いて来たんだろうな?」
「そこはしっかりと聞いてきました。トウハの長老が褒めてくれましたよ。近頃は誰もマーリルを獲ろうとしないと、小屋の中の漁師に小言を言ってました」
俺の言葉に、バゼルさん達が顔を見合わせてにんまりしている。
トウハ氏族を出し抜けたと思っているのだろう。だけど、思いだけではねぇ……。結果を示さないと比較は出来ないんじゃないかな。
「そうそう、サイカ氏族の長老に、保冷庫を依頼してきました。やはりシドラ士族から運んで来る燻製の量が多いようです。1棟増築すればとりあえず問題はないかと」
「島を譲って貰った恩義があるだろうからなぁ。だが無償で作って貰うとなれば今度はこっちが恩義を受けることになるぞ」
「中位の魔石を1つ渡して来ました。保冷庫の管理もありますからね。とはいえ、次の魔石の競りを行ってからは、低位魔石を『管理料の足しに』と渡すべきだと思っています」
「管理料ってことか。それなら受け取ってくれるだろう。恩義は恩義として心に留めてくれれば十分だ。向こうだって保冷庫の維持には人手がいるだろうからな。だが、これはナギサが個人で払うべきではないな。長老に話してシドラ士族としての依頼になるよう俺から説明しておこう」
話がマーリル漁になると、途端に2人が目を輝かせる。
やはり同行することになるんだろうな。
「トウハ氏族の島から3日の距離だそうです。たぶん通常型のカタマランでの航行でしょうから、俺のカタマランならオラクルから5日ほど掛かると思います。さすがに釣れるまで漁を続けることは出来ませんから、マーリル漁を3日行って帰投したいと考えてます」
「都合13日ということか。漁を1回休むと考えれば良いな。それぐらいなら問題ない。俺は参加するぞ!」
「マーリルが現れるのは雨季の終わりだと言っていましたから、長老の許可を得たなら、次のリードル漁の前に行ってみましょう。帰りはオラクルに戻るのではなく、リードル漁の漁場に向かいますよ」
「そうなると、俺のザバンは息子のカタマランに積んで貰わねばならんな。リードル用の銛もだ」
バゼルさん達が、2人で相談を始めた。
ザバンと銛だけなら2人の子供達に頼めば2つ返事で持っていってくれるだろう。
「集会所の壁にマーリルの吻が飾ってありました。さすがはアオイさんだと感心しましたよ。あれに迫るのは無理でしょうが、自分の身長を超えるマーリンを手に入れたいですね」
「もっと大きいのがいると聞いたことがあるぞ。ガルナックを遥かに超えるらしい。まぁ、ガルナックは根魚だからなぁ。俺達にも狙える魚ではあるんだが、マーリルが現れるのは稀だと聞いたこともある。とはいえ出掛けてみないことには話の外だ。俺はナギサなら手に出来ると思うんだがなぁ」
機嫌が良いのは、一緒に同行できるからなんだろうな。
仕掛けは表層狙いで良いだろう。問題は取り込みだろうな。
鰓洗いでジャンプを繰り返す姿をテレビで見たことがある。道糸が緩んだら釣り針が外れそうだし、ピン! と張った状態でジャンプされでもしたら道糸を切られかねない。
まだ数カ月先の話ではあるが、仕掛けと取り込み方法についてじっくりと考えてみよう。
トーレさん達が作ってくれた夕食を頂いたところで、バゼルさんと一緒に集会場に向かう。
しばらく顔を出さなかったから、長老達が笑みを浮かべて喜んでくれた。
いつもの席に座ったところで、サイカ氏族とトウハ氏族の長老との話を報告する。
一段落したところで、バゼルさんが長老に中位魔石を渡したことを話したら俺に顔を向けて何度も頷いてくれた。
「ワシ等にはそこまで気が回らんかった。それでどちらの氏族の矜持も立ったということになる。とはいえ、それはシドラ氏族として行わねばならんぞ。魔石はナギサに建て替えて貰ったことにしよう」
そう言って魔石を1つ渡してくれたんだけど、中位魔石なんだよなぁ。低位でも十分だと思っているんだけど。
「長老の裁可を受けずに行ったことですから、これは過分に思えるのですが?」
「低位ではワシ等の矜持がたたん。受け取ってくれ。そしてこれからも頼んだぞ。ワシ等の代行を名乗っても構わん。ナギサが私情で動くとも思えんからなぁ」
それってかなり過大な評価に思えるんだけどなぁ。
いたって怠け者で、回りを見ないと自分では思っているんだけどねぇ。
「トウハ氏族にマーリルの漁場を教えて貰ったなら、次はマーリルじゃな。それはナギサ個人の事になるだろう。さて、シドラ氏族としては次に何を成すべきじゃろう?」
長老達で考えてくださいと言いたいところだけど、そうもいかないんだよなぁ。
「田圃の拡大ということになるでしょう。現在の貯水池の水量を考えると、同程度の田圃を新たに作れそうです。将来的には北の山からの湧水が期待できますから、その水を上手く使えば、さらに田圃を増やせると考えます」
「田圃作りだな。カルダス、一度やっているのだから次も容易だろう。誰かを選任させて、皆でその手伝いをするよう考えて欲しい。米の収穫量が100袋を超えるようなら漁が出来ない連中の仕事にできそうだ」
カルダスさんが腕組みしながら考えこんでいるのは、誰に任せるかということなんだろう。
カルダスさんでも良いと思うんだけど、そうなると漁に出られないと思っているようだ。
今ある田圃を作った時のように、皆で交代しながらやれば良いと思うんだけどなぁ。
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帰島した翌日はのんびり過ごそうと思っていたんだけど、朝早くに屋形の扉が叩かれた。
甲板に出ると、カルダスさんとバゼルさんがいる。
今日は漁に出る予定は無いとバゼルさんに伝えたんだけどなぁ。
タツミちゃんたちが慌てて屋形を出ると、お茶を沸かし始めた。
そんな俺達を見たんだろう。トーレさんがココナッツ酒を入れたポットを持って来てくれた。
「朝早くカルダスがやってきたにゃ。寝かせてあげたかったけどバゼルと向かったにゃ」
困った人達だという目で、2人を見てるんだよなぁ。そのまま屋形に入って、マナミを抱いて出てきた。扉近くのベンチに座って俺達の様子を見てるんだよなぁ。
「昨夜の相談だ。新たな田圃を作ると言っても、どうやったら良いのか……」
「今の田圃だって皆と一緒に作ったじゃありませんか。今の田圃の西側に2つほど作れそうですし、将来は現在の田圃の上に棚田を作ることもできるでしょう。ちょっと待ってください」
屋形に戻って島の地図を作った時にたかったカバンを持ってきた。
オラクルの地図と周辺の地図、さらに将来の計画図なんかが入ってるんだけど、計画図はこうなったらいいなぁという俺の思いが色々と書き込んである。
計画図をカバンと一体になった図板に挟んで2日との前に置いて説明を始める。
基本は現在の田圃と一緒だからしっかり畔を作り、中の土を耕して浅い沼地とすれば良いだろう。
「新たな田圃は海に近くなりますから、今の田圃よりも低くしないといけません。低くすれば今の田圃から水を引けます」
1つの田圃の大きさは今の田圃と同じ大きさで良いだろう。先ずは縄張りをして、田圃の位置を明確にしたところで作業を始めればいい。最初から2つ作らずに1つずつしっかりと作れば良い物が出来るだろう。その辺りは田圃作りの作業に何人投入するかで決めても良さそうだ。
「この辺りの地図を1枚作ってくれないか。それを基に田圃を作る。後1つは、誰に頼むかだな。最初は俺達も協力することになるが、縄張りを終えたならそいつに全てを任せたい」
「さすがに俺は推薦できませんよ。それは筆頭のカルダスさんの役目だと思いますけど」
「そう悩むこともあるまい。次期筆頭もしくは長老心得の中から選べば良いんじゃないか?」
「次期筆頭では荷が重いだろうな。となると長老心得の誰かになる。一度会って来るか」
ちらりと屋形に顔を向けると、さっきまでいたトーレさんがいなくなっていた。
タツミちゃん達が桟橋から真鍮の皿を持って料理を運んできた。
俺達が此処で話していたから、バゼルさんのカタマランで朝食を作ったのかな?
「難しい話は置いといて、朝食にするにゃ。お腹が減ったら良い考えも浮かばないにゃ」
確かにその通りに違いない。
3人で顔を見合わせて、とりあえず朝食を頂くことにした。




