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P-244 保冷庫をもう1つ


「すると、次はマーリルを狙うということか!」

「1度は試したいところです。マナミも大きくなりましたし、少しは遠出ができそうだと」


 いつものようバゼルさんのカタマランで酒を飲みかわしている時に、そんな話をするとバゼルさんの顔がほころび始めた。

 やがて大きな笑い声を上げると、トーレさんに追加のココナッツ酒を頼んでいる。


「全く、ナギサはあまり飲めないにゃ。そんなに薦めるとタツミに私が怒られるにゃ」


 ぶつぶつ言いながらもバゼルさんにココナッツ酒の入ったポットを渡してくれた。

 何となくバゼルさんの立ち位置が分かる会話だけど、仲の良い夫婦であることは間違いない。


「ナギサがマーリルを釣りに向かうと言うんだから、祝わずにはいられんだろう?」

「あのマーリルにゃ? それならもっと飲ませてあげるにゃ!」


 俺のカップにトーレさんが並々とココナッツ酒を注いでくれた。さっきと言ってることと話が違うんだけどなぁ……。


「前祝いにゃ! ナギサならアオイ様に迫れるかもしれないにゃ。それで何時出掛けるにゃ?」

「その辺りが、良く分からないんです。乾季明けのリードル漁を終えた時に、アオイさんが暮らしていたトウハ氏族の島に行ってみようかと思っているところです」


 俺の言葉に、2人がうんうんと頷いている。

 漁の方法をトウハ氏族に聞くことは間違っていないということだな。


「トウハ氏族の長老を訪ねれば教えてくれるだろう。後で長老にこの話をしておこう。場合によっては長老からトウハ氏族の長老に伝えることもあるかもしれん」

「ところで、誰を誘うにゃ? マーリル漁は男1人では無理だと聞いたことがあるにゃ。当然私達も一緒に行くにゃ」


 トーレさんの話にバゼルさんが笑みを浮かべて頷いている。そうだとしたら、カルダスさんだってついてくる可能性があるんじゃないか?

 俺達だけで行ってこようと思っていたんだけどなぁ……。


 明日はリードル漁に出発するという前日。

 俺達は浜で焚火を囲む。

 漁場まで2日は掛かるから、男達のすることがほとんどない。

 途中で薪やココナッツを獲るぐらいだが、それほどの苦労はないからなぁ。

 そんなことだから、浜に集まって焚火を囲みリードル漁の無事を祈って酒宴をすることになってしまうんだよね。


「話は聞いたぞ。当然俺も一緒だ。ナギサの船なら10人乗っても問題はあるまい」


 ココナッツ酒の入ったカップを手に俺の隣にやって来たのはカルダスさんだった。


「釣れるかどうかはわかりませんよ。それに10日以上漁ができなくなるんですが?」

「それぐらいなら問題ない。ナギサが来る前なら結構不漁もあったんだ。今ではうそのように皆が魚を運んでくる。やはり聖姿の恩寵は氏族にも及ぶと長老がありがたがっていたぞ」


 バゼルさん達は、絶対にマーリルが釣れるものと信じているようだ。

 相手あっての漁だからなぁ。釣れる確率はかなり低いと思うんだけどねぇ……。


 そんなことがあったけど、無事にリードル漁を終えるとサイカ氏族の島に立ち寄り魔石の競りに参加する。

 商船は4隻のようだ。中級魔石までは競りの対象になるんだが、俺が手に入れた5個の上位魔石は順番に王国に所属する商会が買い取ることになる。1個余るけど、これは取っておこう。

 競りにはタツミちゃん達が立ち会うから俺は暇になる。

 停泊していた商船を巡りながらマーリル漁に使えそうな品を探すことにした。

 先ずはリールと釣竿になる。

 一巡りしても頑丈な竿やリールが無かったから手釣りってことになりそうだ。

 道糸は延縄の道糸に使う物で十分だろう。結構太いからロープ並みの強度がありそうだ。組紐の様に絹糸に似た繊維をより合わせているし、長く海水に浸っていても強度が落ちない代物だ。

 マーリルがカジキだと分かっている以上、海面近くを流すことになる。

 ヒコウキはカイトさんが伝えたらしいけど、今では商船でも商っているようだ。

 丈夫そうなヒコウキを3つ買い込んでおく。

 道糸を巻き取るのは樫の木で作った四角の枠になる。長さが60cmほどあるから2つ買い込んで道糸を200mほど巻いて貰った。


「狙いはマーリルですか! しばらく水揚げされてないんですよ。釣れたら、是非ともここに運んで欲しいですね」

「運任せだとも聞いてるからねぇ。だけど1度は釣り上げてみたい魚だからなぁ」


「釣り針はこれを皆さん使いますよ」と言いながら手のひらほどの釣り針を棚の奥から取り出してくれた。

 あまり売れることはないんだろうけど、欲しい時に直ぐに取り出せるのが商人としての矜持ということかな?

 ありがたく5個を買い取り、カタマランに戻ることにした。


「ナギサ殿ではないですか! いらっしゃったなら長老に会ってください」


 途中ですれ違った初老の男性は俺を知っているようだ。

 何か用があるのかもしれないな。もう1度商船に戻って酒を数本買い込み荷物を沖にカタマランへと歩いていく。

 やはり砂浜は良いなぁ……。オラクルの浜が砂に覆われるのは何時になるんだろう。

 だいぶ砂を運んだけれど、まだまだ砂浜とも言えないところが辛いところだ。

 それでも、子供達が小さな砂浜で遊ぶ姿を見ていると、もっと運んでやろうと皆も思っているに違いない。


 カタマランの船尾にある物入れに買い込んだ品を仕舞っていると、バゼルさんが俺を呼ぶ声がした。

 声の方角に顔を向けると、いつもの連中が昼間から酒を酌み交わしている。

 付き合ったら夕食が食べられなくなりそうだ。適当に席を離れようと、思いを硬くしたところで酒盛の中に足を踏み入れる。


「いろいろと道具が揃っているのに、商船に行ったのは例の件だな? 魔石の競売が住んだらトウハ氏族の長老を訪ねるんだぞ」

「ちゃんと覚えていますよ。それより商船から戻る途中長老に会っていくように言われたんですが、サイカ氏族で何かあったんでしょうか?」


「いつも、ナギサに頼っていては長老としては問題だろうな。だが自分達の改革をナギサに確認するのは問題ない話だ。たぶんこんな事を始めたという自慢話だろうよ。行ってやれ。それで長老達も安心できるし、ニライカナイの和にも繋がるんだからなぁ」


 カルダスさんの言葉は極めてまともに聞こえるんだけど、赤ら顔でココナッツ酒をグビグビと飲みながらだからなぁ……。

 まあ、悪い人ではないことは確かだし、俺達シドラ氏族の筆頭でもある人物の言葉だ。

 ここは頷いておくに限るな。


 タツミちゃん達が笑みを浮かべて、カゴを担いで桟橋を歩いてくる。

 途中で、砂浜で遊んでいたマナミを回収してきたんだろう。トーレさんが嬉しそうに手を繋いでいる。


「帰って来たようだな。あの顔を見る限り、競りで良い値が付いたということだろう。少しは良い酒を飲めるかもしれねぇぞ」

「それよりはココナッツ酒の量を増やして欲しいところだ。まあ、それぐらいは心得ていると思うんだけどなあ」


 2人の酔っぱらいは、自分の都合の良い方に物事を考えているなあ。まあ、悪いことではないんだろうけど、トーレさん達のことだからそう簡単にはいかないと思うんだけどねぇ。


「それじゃあ、長老のところにご機嫌伺いをしてきます。特に伝える話はないですよね?」

「俺は無いが、バゼルはどうなんだ?」

「そうだなあ……。強いて言うなら燻製品の量が増えているのが気になるところだ。サイカ氏族の保冷庫の大きさが気になっていたんだ」


「了解しました!」と言って、席を立つ。

 現在は10日ごとに大型の保冷船で燻製を運んでいるが、商船の入港頻度によっては燻製が野積されかねない。さすがに屋根ぐらいはある場所に置くだろうけど、荷が傷むなら売値が下がってしまうからなぁ。その差額を俺達の氏族に請求してこないところを見ると、サイカ氏族が自腹を切っているのかもしれない。

 

 館の中に入ったタツミちゃんのところに行って、中位魔石が残っていたら1個欲しいと伝えると、すぐに1つ渡してくれた。


「上位が2個、中位が3個に低位が5個残してあるの」

「これからサイカ氏族の長老に会ってくる。ひょっとして俺達のために自腹を切っているのかもしれないから、一応念のためということで貰っていくよ」


 俺が自分で使うのではないことにちょっと驚いていたけど、頷いてくれたところを見るとサイカ氏族のために使うのだと納得してくれたようだ。

 マナミの頭を撫でたところで、桟橋を歩く。

 かつては俺達の島だったから案内人も必要ない。直ぐに長老達の住ログハウスに着いた。

 入り口が開いていたから、中に向かってシドラ氏族のナギサですと声を掛ける。

 世話人が慌てた表情で入り口に現れると、俺を中に入れてくれた。

 自分達の長老の住むログハウスなら名を告げてそのまま入れるんだけど、さすがに他の氏族ともなればそうもいかない。


 長老達が俺を見て笑みを浮かべ、すぐに席を用意してくれた。

 その場所は、かつて俺が座っていた大きな囲炉裏の左側だ。


「さすがに、この席は……」

「よいよい。ナギサ殿がこの島で暮らしていた時には、その席がナギサ殿の席だと聞いておるぞ。ならこの島に来たときはそこに座って欲しい。我等の氏族でその席に座るものはおらんからのう……」

 

 そんな話をして長老達が顔を見合わせて笑い声をあげている。

 それはそれで問題のような気もするんだけどなぁ。


「俺達の氏族は、皆が頑張っているところです。大きな島ですから海の幸だけでなく、畑もかなり広がってきました。どうにか野菜を買わずに済む状況です」

「羨ましい限りじゃな。この島もかなり大きいが、さすがに野菜を自給できるまでにはいかん。とはいえかつて暮らしていた島よりは一回りも大きいし、何と言ってもリードル漁の良い漁場があるからのう。新たなカタマランが増えたのも喜ばしいことじゃ」


 互いの状況を話している中で、気になっていたことを聞いてみた。

 その返事は、やはりバゼルさんが気にしていた通りだったようだ。


「オラクルからの燻製は、確かに量が多いし定期的に送られてくる。最初にあった保冷庫だけでは足りずにもう1つ作ってはみたのだが、商船の来航次第では食料倉庫に回すこともあるようじゃ。燻製じゃからそれほど傷むとは思えんが値が下がってしまうのは仕方のないことじゃろう」

「それならその損益を我らに請求すべきと考えますが?」


「この島を譲ってくれた恩義もある。魔石の競りで得た氏族の上納金で十分に間に合う金額じゃ。我等にも矜持があるからのう」


 矜持と来たか……。そうなると俺では覆せないんだよなぁ。

 俺達の長老と長く話し合いをすることになるんだろうが、それでは解決するまでに時間が掛り過ぎてしまうし、何と言っても俺達の漁に対する誠意が低下してしまいそうだ。

 

「その穴埋めを図ろうと思ってやって来た次第ですが、差額を受け取って頂けないとなれば俺の頼みを1つ聞いていただくわけにはいかないでしょうか?」

「シドラ氏族のナギサ殿であるなら、ニライカナイのどの氏族であろうと聞く耳を持つはずじゃ。むろんわしらも同じこと。その頼みとは?」


「新たな保冷庫作りです。サイカ氏族にはこれ以上保冷庫を作る必要もないでしょうが、シドラ氏族としてはせっかく作った燻製の質を落とすことが無いように保冷庫が必要になります。シドラ氏族専用の保冷庫を新たに作って頂けないでしょうか? もちろん費用はこちらで用意しますし、維持費についても考える所存です」

「ほう……。この島にシドラ氏族の保冷庫を作り、その運用を委ねると?」


 最高齢の長老が笑みを浮かべて俺に問いかけてきた。

 大きく頷くと、ますます笑みを深めて左右の長老達と顔を合わせて頷いている。


「これが龍神を背に持つ者ということなのじゃろう……。我等の矜持を保ち、かつ最適な解を直ぐに示せるのじゃからのう。シドラ氏族が栄える訳じゃ。さらにその恩恵が我等にも及ぶのじゃからのう……」


「この魔石を使ってください」と中位魔石を取りだすと、俺に笑みを浮かべた長老が大きく頷いて次に世話役に顔を向ける。

 世話役が俺の傍にやってきて魔石を受け取ってくれた。


「多大な報酬じゃ。その後の管理も任されたぞ」

「よろしくお願いします」


 俺が頭を下げたところで、世話役が俺達にココナッツ酒を配ってくれた。

 ここからは雑談ということだな。


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