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P-241 宴会用の肴は近場の漁場で獲ろう


 夕暮れ近くまで掛かってどうにか麻袋5袋の精米を負えることができた。

 玄米を入れた麻袋が16袋残ってしまったが、これは臼で精米をすれば良いだけだから、漁を休んでいる時に少しずつ精米すれば良いだろう。

 だいぶ疲れたようだから、米作りの収穫を祝うのは明日の夜ということになってしまった。

 カルダスさんからガリムさんが近くで漁をして魚を運んで来いと言われたらしく、俺にも召集が掛って来た。


「さすがにブラドとはいかないだろうな。狙いはバルタック辺りになるんだが……」

「そうなると、日の出る前に出掛けたほうが良くないか? この辺りなら岩礁が入り組んでいるからバルタックもいると思うんだがなぁ」


 海図を取り出して、さっそく相談だ。

 入り江の岸にある焚火台に火を焚いて俺達が囲みながらココナッツ酒を飲みかわす。

 タツミちゃん達は近くにある共同のカマドでトーレさん達と料理の最中だ。

 すでに米作りを祝う感じなんだが、ガリムさんに言わせると長老がいないから単なる仲間内の集まりになるらしい。

 そんなものなのかな? ちょっと違うようにも思うんだけど、ネコ族の人達にとってはそうなんだろう。


「銛を試されるってことか! バルタックを狙うのは難しいんだよなぁ。バヌトスを突けばたまにバッシェが混じるからそれでも良いんじゃないか?」

「カルダスさんに怒られえるぞ! 数は少なくとも狙いはバルタックにするんだ」


 バルタックはイシダイみたいな魚だ。たぶんイシダイが大きくなった姿なんだろう。体長が50cmを越えているんだが、案外横幅が無い。

 横から狙うことになるんだけど、中々横を向かないからなぁ。こっちを睨んでいる時なんか、どこを狙えば良いか考えてしまうほど投影面積が小さいからねぇ。


「5隻で向かうんだ。少なくとも10匹は突きたい。しっかりと銛を研いでおくんだぞ」


 ガリムさんの言葉に俺達が頷くのを待っていたかのように、料理が運ばれてきた。

 いつものタツミちゃん達の料理とは少し味が違うのは、大勢で料理をしたからなんだろう。この味付けをしたのは誰の嫁さんなんだろう?

 そんなことを考えながら遅い夕食を頂いた。


「明日は、早いってことにゃ? だいじょうぶにゃ。蒸したバナナを貰ったから保冷庫に入れてあるにゃ」


 朝早く出掛けるとタツミちゃん達に伝えると、嬉しそうなエメルちゃんの声が返って来た。


「さすがにブラドではトーレさんに睨まれてしまいますよ。それなりの差かなってことなんでしょうけど……」

「ガリムさんはバルタックを考えていたよ。南南西のこの場所だ。結構岩礁が多いからあまり漁をする人がいないらしい」


「この近くでフルンネが良く獲れると聞いたにゃ。上手く行けば回遊してくるかもしれないにゃ」


 エメルちゃんが指さした漁場は、若者の腕試しが行われるところじゃなかったか?

 フルンネがどんな魚果、どうやって突くかを学んでいるとバゼルさんに聞いたことがある。

 なるほど……、フルンネなら申し分ないし、場合によってはハリオということも期待できそうだ。

 向こうの世界から持ち込んだ水中銃を使ってみるか。あれなら1mを超えるハリオも狙えるだろう。

 

「狙いはバルタックだが場合によっては……、という感じかな。広範囲に探るからザバンで補助して欲しいな」

「それは、いつも通りで良いでしょう。でも、船尾の引き上げ用のフックは使えるようにしといてください」


 大物を引き上げるのは苦労するってことだろうけど、それってとらぬタヌキってことにならないかな?

 とはいえ、準備万端に越したことはないからね。

 食後のワインを受け取りながら、笑みを浮かべてタツミちゃんに頷いた。


 翌日。まだ薄暗い入り江を、ガリムさんに率いられた5隻のカタマランが出航する。

 トーレさんが船尾で手を振っているのを見ると、なんとなくプレッシャーを感じてしまう。ヨチヨチ歩きのマナミを抱いて手を振っていると、マナミも手を振ろうとしているんだよなぁ。

 手を振る理由なんてまだわからないだろうけど、俺を見て真似してるのかな?

 ポンポンと頭を軽く撫でていると、エメルちゃんが操船櫓から降りてきて、マナミをヒョイっと抱き上げてしまった。


「タツミちゃんが操船するのかい?」

「入り江を出たら替わるにゃ。マナミを見てるから、漁の準備をすると良いにゃ」


 俺が準備してないことに気が付いたってことかな?

 とは言っても、暇な時は銛を研いで過ごしているからなぁ。改めてやることは……。

 とりあえず、素潜りの装備を取り出して見てみるか。

 水中マスクにシュノーケル、ダイバー手袋にダイバーシューズ……。買い物かごに入った一式を取り出して、点検してみた。

 長年使っている品なんだが、劣化がまるでない。

 エメルちゃん達のダイバーシューズは太い木綿糸で編んだ靴下にガムの樹液を塗ったようなものなんだが、1年ごとに交換しているぐらいだ。やはり南国の日差しは紫外線が多いってことなんだろうな。

 これも竜神の加護ということなんだろうか?

 向こうから持ってきた水中銃のゴムは未だに交換していないが、こちらで作って貰った水中銃のゴムは2度ほど交換している。

 今日は、向こうから持ってきた水中銃を使うつもりだ。再度屋根裏から取り出して、ゴムやライン、スピアの具合を確認する。可動部の金属に錆が無いことを確認して船尾の端に立て掛けておいた。


「それを使うのかにゃ?」

「確実に仕留められるからね。フルンネが来るかもしれになら、それに合わせた装備が一番だ。数はガリムさん達に任せて、大物一発狙いをするつもりだよ」


 俺の言葉に、うんうんと頷いてくれた。

 父親がカルダスさんだからなぁ。きっとこんな状況では、大物絵をいつも狙っていたんだろう。


「獲物がいないときにはロデニルを見つけて欲しいにゃ。たぶん他のカタマランも獲ると思うにゃ」

「ご馳走ってことだね。了解だ!」


 ロデニルは似ても焼いても美味しいからね。特に焚火で炙って食べるのが最高だ。

 そうなると、かなり獲らないといけないんじゃないか? 「俺の分は?」なんて言われたくないからなぁ。

 簡単に考えていたけど、カナル難易度の高い漁になりそうだ。

 もっとも、カルダスさん達だって「あいつらでは、あてにならない……」等と言いながらバゼルさん達と近くに漁に出るかもしれない。

 そうなると、獲物の量で宴会の良い肴になりかねないぞ。

 肴を得るための漁に出て、自分達が肴になるなんてことにはなりたくないからなぁ。


「どうしたにゃ? 心配事でもあるのかにゃ」

「いや、絶対にカルダスさん達も漁に出るだろうと思ってたんだ」

「トーレさんが『ナギサ達だけじゃぁ、料理が足りないにゃ』と言ってたにゃ」


 やはり……。再び水中銃を手に取り、スピアに曲がりがないことを確認する。先端の鋭さを親指の腹で何度も確認した。

 これなら問題ない。後は漁場に獲物がいることを願うだけだ。


 2時間ほどカタマランが南西に進むと、先頭を進むカタマランが大きく弧を描いて速度を落とした。

 ガリムさんのカタマランに寄っていくと、ガリムさんが屋形の屋根の上で笛を吹き鳴らす。

 漁場に到着したってことだな。

 カタマランを南に移動しながらタツミちゃんが海底を探っている。


「この辺りが良いにゃ。海の色が複雑にゃ!」

「分かった。ザバンを出してくれ!」


 ガクン! と足元から振動が伝わりゆっくりとカタマランが前進を始める。

 船尾からザバンが顔を出したので急いで飛び乗り、ロープを甲板に投げる。

 エメルちゃんがマナミを抱きながら、器用に船尾の金属製のリングに巻き付けくれた。

 ザバンをカタマランに寄せると、今度は船首に向かう。

 アンカーを下ろしながら水深を確認するのはいつものことだ。およそ6m、岩礁が多いと言っていたから回遊魚の期待もできそうだ。

 今度は船尾に向かい、すぐに装備を身に着ける。

 慣れていても、それなりに注意は必要だ。しっかりとフィンを足に固定して手袋を着ける。

 タツミちゃんが渡してくれた水中銃を手に持つと、屋形の扉前に置いたカゴの中で心配そうな顔をしているマナミに片手を振るとちゃんと手を振ってくれた。

 

「それじゃあ、行ってくるよ。大物が突ければ良いんだけどね!」

「頑張って!」


 タツミちゃんの声を背中で聞いて海に飛び込んだ。

 直ぐにエメルちゃんがザバンを寄せてきたので、船尾の横木に片手で掴まりカタマランから離れる。

 

「ここでやるよ!」

 

 エメルちゃんに大声を上げたところでザバンから手を放す。

 シュノーケルを口に咥えて、先ずは海底の様子をうかがいながら水面を泳ぐことにした。

 たまに海底付近で魚がヒラを打つ様子が見える。この辺りの水深を考えると結構な大きさがあるようだ。先ずは、あれを突いてみるか……。


 水中銃のスピアに結んだラインを引き出し、セーフティを解除する。

 数回ほど小さく呼吸をしたところで、一気に海底に向かってダイブした。

  

 2mほど潜ると左右に大きな岩が林立している。溝が続くというよりごつごつした岩場が乱立している感じだ。

 サンゴはあまり大きくないが、岩の割れ目に大きなブラドが潜んでいる。

 ここは銛の独断場だな。銛の腕が試されそうだ。


 10mほど海底付近を泳いでいると、前方に数匹のバルタックが泳いでいた。

 盛んに岩を突いているのは、岩に付着した貝をついばんでいるようにも見える。

 ゆっくりと水中銃を握った左手を伸ばし、足を少し広げてバランスを取る。

 進むのは右手だけだ。

 腕を後ろに伸ばして櫂を漕ぐような形で動かすと、体が左右にぶれるのを抑えることができる。

 体のちょっとしたブレが、水中銃の先端では10cm近いずれになってしまう。

 それを無くす努力をしてたら、こんな泳ぎになってしまった。

 スピアの先端とバルタックとの距離が1mを切ろうとした時、トリガーを引く。

 たちまち左手に強い手ごたえが伝わってきたから、力ずくでその場から海面へと浮上した。

 

 シュノーケルから吹き出す海水を見たのだろう。ザバンがこちらに向かって進んでくる。

 獲物からスピアを引き出して、傍に寄せてきたザバンの甲板に投げ込んだ。


「大きなバルタックにゃ! まだ突けるかにゃ?」

「群れていたよ。次も頑張るさ!」


 水中銃にスピアをセットして、再びシュノーケリングを始める。

 やはり、ガリムさんの狙いは正解だったな。ここは穴場とも言えそうだ。


 2匹目のバルタックをエメルちゃんに渡して、3匹目の獲物を探していた時だった。

 ゴォーという音が聞こえてきた。

 大型の回遊魚がやってきたに違いない。だんだん音が大きくなるところを考えるとここを通るかもしれないな。

 水中銃を上に上げて、岩の溝にフィンを刺しこむような姿勢でその時を待つ。

 息が続くか微妙なところがあるが、できるなら狙ってみたいところだ。


 やがて、銀色に光る魚体が俺の直ぐ上を群れを成して通り始めた。

 回遊速度が思ったよりも速い。

 大きな魚体に狙いを着けて、トリガーを引く。

 回遊魚の狙いは頭の先10というところなんだが、左手に伝わる手ごたえが半端じゃない。

 エラ付近ではなく横腹に当たったようだ。ラインがどんどん出ていくのを右手で押さえながら水面に浮上する。

 シュノーケルで息を整えながらひたすら魚の引きをこらえていると、少しずつ魚がおとなしくなってきた。

 ゆっくりとラインを巻き戻して、何を突いたのか確認してみる。

 これならあの手応えも納得だ。1mをはるかに超えたハリオだからなぁ。

 水中銃でこの大きさを仕留めたのは初めてだ。


 近寄って来たザバンにハリオを乗せるのも一苦労だ。

 それでも何とか乗せ終えると、嬉しそうな表情でエメルちゃんがカタマランにザバンを進めて行った。

 バゼルさん達の漁は、どうなってるんだろう?

 もう2、3匹突いて漁を終えても良いように思えるんだけどなぁ。


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