P-239 籾摺りは臼を使う
籾の天日干しを島に残った小母さんやお年寄りに頼んで、俺達は5日間の漁に出掛ける。
皆、米作りが気になって近場に出掛けたみたいだが、それでも背負いカゴに2つ分の漁果を得て島に帰って来た。
直ぐに燻製作業に入ったが、俺とバゼルさん達は明日から始まる籾擦りの打ち合わせだ。
「あの臼と杵を使って、籾を突けば良いんだな?」
「強く突いてはダメですよ。軽く何度も突くことで、籾と籾が擦れて籾から米を分けられるんです。強く突くと米の粒が砕かれてしまいますからね」
「とりあえずナギサが見本を見せてくれればだいじょうぶだろう」
籾を突いても、出来上がるのは玄米だ。玄米を精米するためにはもう1度臼で突く必要がある。
できた玄米の様子を見ながらやることになるだろうな。一応臼は2個用意してあるし、杵は5本も買い込んでるからね。
「あのトウミと言うのは、どこで使うんだ?」
「近くに置いて使うんですが、風向きを考えないといけません。こんな形をしてますから、この吹き出し口が風下になるように置けば問題ないでしょう。一応この下にもゴザを敷いておいてください。この出口にもゴザを敷いて各々ザルを置くことになります」
「この上から臼で突いた籾を入れると、ここに米が出るんだな?」
「そうなります。こっちはまだ籾に入った米ですし、この吹き出し口から出るのは籾殻になります。どれぐらいの強さでこのハンドルを回せば良いのかは,やってみないと分からないんですよねぇ」
俺だってこんな作業初めてだからなぁ。
それでも、バゼルさん達はいろいろと聞いてくるんだから困ってしまう。
「ナギサも初めてなら仕方がねぇだろう。まぁ、やってみれば分かることだからな」
「最初は臼で突くことからだから、ナギサは臼の方を最初に見ておいてくれ、俺達も一緒にいれば途中からナギサがトウミの作業に移っても、俺達が臼の面倒を見れるだろう」
「それで行くか……。たっぷりとココナッツ酒を用意しておかないとなぁ。長老達もやってくるだろうし、若い連中は総動員してくれるらしいぞ」
再び大騒ぎってことだな。
まぁ、氏族の繋がりにも貢献できそうだから問題はないんだろう。
それに、今度の満月はリードル漁になる。乾季もそろそろ終わりだからね。
翌日。朝食を食べていると、トーレさん達が俺達の様子を見にやって来た。
バゼルさんのところはすでに朝食を終えたのだろう。
マナミを抱き上げて、トーレさんがマナミに朝食を食べさせている。
「皆出かけ始めたにゃ。早く食べてナギサ達も出掛けるにゃ」
「まだ日も昇ってませんよ。漁に出掛ける時だってもう少し遅い気がするんですが……」
「今日はいろいろとやることあるって、バゼルが言ってたにゃ。早く始めればそれだけ早く終わるにゃ」
まぁ、そうなんだけどね……。
リゾットのようなご飯にスープを掛けて、のどに流し込むようにかき込んだ。
あまり行儀の良い食事ではないけど、トーレさんが笑みを浮かべて頷いているから、これで問題はないんだろう。
エメルちゃんが少し冷めたお茶を出してくれたので、お茶を飲みながらパイプを使う。
マナミがいるから桟橋での一服になるが、桟橋から見ると大勢が高台への階段を上っている姿が見えた。
楽しみだったのかな? 森の南口はさぞかし賑わっているかもしれないぞ。
「見ていないで出掛けるぞ! トーレ、タツミ達を連れてこい。先に行ってるぞ!」
「分かったにゃ。今日は大勢子供達もいるから、マナミの遊び相手もいるにゃ。細々した者は背負いかごに入れておけば十分にゃ。忘れたら他の小母さんが貸してくれるにゃ!」
かなり急かしているようだから、タツミちゃん達に手を振って出掛けることにした。
何を用意すれば良いのか分かってるのかなぁ?
高台への階段を上ると、長老達がベンチに腰を下ろしている。
とりあえず頭を下げて挨拶すると、笑みを浮かべて手を振ってくれた。
「長老も楽しみなのだろう。カヌイの婆様達と一緒にやって悔いるに違いないな」
「場所は森の出口でしたよね?」
「臼2つにトウミは運んであるはずだ。爺さん連中が籾を天日干ししてくれているから、十分に乾燥しているに違いない。ゴザが10枚ほど用意してあるし、籾を入れた袋はザネリ達が朝早く運ぶと言っていたぞ」
手分けして準備してくれたみたいだ。俺も、もう少し早く起きれば良かったのだろうが、こればっかりは無理なようだ。
森の小道を歩いて南斜面に出た。
森と畑の間には15mほどの距離を取って段々畑を作ってあるから、そのちょっとした広場にゴザが敷かれ臼とトウミが置いてある。
「やってきたな! さて、どうやるんだ?」
「そうですね……。トウミは噴き出し口から籾くずが出ますから風下の方が良いですね。そうなると臼はこっちかな? 少し離して、うすの下に藁を敷いてくれませんか? 1束を解すぐらいで大丈夫です。理由は分からないんですが、爺さんがそうやって臼を吐く準備をしてました」
「年寄りのやることに間違いはねぇだろうな。ガリム、聞いたな? ちゃんと敷いておくんだぞ!」
ガリムさんが森の小道に駆け出した。藁束を取りに行ったのだろう。
その間に、カルダスさん達がトウミを風下へと移動している。吹き出し口の下には、ゴザが敷かれたままだだが、投入口の下にある2つの出口には大きなザルが置かれていた。
米を入れる麻袋も20枚程用意されているようだ。そんなに収穫できるのかと考えてしまうが、初めてだからなぁ。さてどうなることか……。
「よし! ナギサ、全て整ったぞ。最初は臼で籾を突くんだったな?」
「そうです。でも始める前に、先ずは竜神様に感謝をしたいですね」
「それだ! ガリム、ココナッツ酒は用意してあるんだろうな? 皆にカップ1杯を振る舞え! だがまだ飲むんじゃねぇぞ。長老様に竜神様に感謝をささげて貰ってからだ!」
「ワシ等より、カヌイの婆様達がその任には相応しかろう。頼むぞ!」
「さすがはナギサにゃ。感謝を忘れなければ、竜神様はいつも目を掛けてくれるにゃ。……皆に、酒は渡ったかにゃ? それじゃあ、祈るにゃ!」
カヌイのお婆さんの1人が海に向かって祈りを捧げる。
呟くような小さな声だから、俺達のところまで聞こえてこない。
バゼルさんと一緒に成り行きを見守っていると、不意にお婆さんが俺達に体を向ける。
「竜神様のご加護に! 乾杯にゃ!」
「「オオォ!!」」
皆が一斉にカップを掲げて、一息にココナッツ酒を飲む。
結構キツイなぁ……。カップを回収している小母さんに飲み終えたカップを渡すと、先ずは籾擦りだな。
2つ置いてある臼の1つに歩み寄り、麻袋に入れた籾を入れる。
杵は田舎のお爺さんのところにあった物とは異なり、ウサギが餅つきをするような杵だ。俺の身長より少し短い棒の両端が、持ち手より太くなっているんだが、それでも10cmにはならないだろう。
ちょっと重いけど、これぐらいがこの世界の標準なのかもしれないな。
「籾から米を取り出すのは、こうやって突けば良いんです。力を籠めずに、振り上げた杵を落とす感じで突いてください。籾と籾が擦れ合い籾の中から米が出てきます」
ザクッ、ザクッ……。良い音が聞こえる。
どれぐらい突けば良いのか分からないが、大勢集まっているから交代しながら作業を進めれば良いだろう。
ガゼルさんがもう1本の杵を持って、俺と交互に臼に杵を落とす。
要領が分かったのだろう。バゼルさん達がもう1つの臼に籾を入れて突き始めた。
汗が噴き出してきたところで、見ていた若手に杵を替わる。
臼から離れると、エメルちゃんがココナッツジュースを渡してくれた。
ありがたく受け取って、近くに腰を下ろしパイプに火を点ける。
「ナギサよぉ! まだ突くのか?」
「俺も加減が分からないんです。臼に手を入れて下に米があるか見てくれませんか?」
カルダスさんが突き手を止めて、臼の中を探っている。
俺のところにやってきたカルダスさんが笑みを浮かべて手を広げると……。玄米がしっかりと分離されているようだ。
このまま突いていたら白米になりそうだから、臼の中身を大きなザルに取り出して、次の籾を突くことにした。
トーレさん達が臼から中身をザルに取り出すと、直ぐに新たな籾が投入されザクッ、ザクッ……、と気持ちの良い音が聞こえてくる。
もう1つの臼も、中身を取り出し始めたな。今の分が突き終えたらいよいよトウミを動かしてみるか。
「中々面白いもんだな。皆でやれば付けれることもねぇだろうから、ここで見てればいいぞ。籾殻の中に米があるのは分かってたが、こんな形で取り出すんだな」
「だが、全ての籾から米が出たわけでは無いようだ。その分離をあれで行うってことか?」
「臼から取り出した米と籾を風の吹く場所で、ポンポンとザルを動かせば、米の入っていない籾は風で飛んでいくでしょう。トウミはそれを行うのです。あの丸い胴体の中に羽が入ってますから、あの取っ手を回せば羽が回転して風を起こします。上から脱穀を終えた籾を落とせば胴体に近い部分には米、少し離れた場所にはまだ身が入っている籾、吹き出し口からは籾殻が出る仕掛けです。
とは言っても、俺も実際に使うのは初めてですから、吹き出し口の下にもザルを置いておいた方が安心できます。せっかく収穫した籾ですからね。1粒だって無駄にはしたくありません」
「貧乏性というわけでは無いんだろう。ナギサを見てると米を大切にしてきたのが良く分かる。収穫の段階ごとに神への感謝も忘れないのだからなぁ」
「昔、お袋が良く言ってたものだ。『米を作る連中は、米の1粒ごとに神の分身が宿っていると言っていた』とな。ナギサを見ると、その考えが少し分かる気がする。俺達は漁業で日々の糧を得てるが、米作りをする連中は米を育てることでその糧を得ているのだ。俺達が竜神様に感謝するように、米作りをしている連中も作業の節々で米を育ててくれる神様に感謝をしているに違いない」
カルダスさん達は感じ入った口調で、若者達の作業を見ているようだ。
それなら美味そうにココナッツ酒を飲まないで欲しいところだけど、壮年組はいつの間にか飲み会に変わってるんだよなぁ。




