P-204 リードル漁を前にして
雨の降る間隔が長くなり、降ったとしても直ぐにやむようになってきた。
上上限の月がだんだん太ってきたから、シドラ氏族のカタマランが入り江に集結し始める。
いよいよ雨期明けのリードル漁がおこなわれるのだ。
桟橋から眺めると、あちこちのカタマランの甲板や桟橋で銛を研ぐ姿が見える。
リードルは巻貝だから、柔らかいんだよなぁ。グサッ! という感じじゃなくてグニャリ! という感じが突きさすときに感じる。
それだけ深く刺さらないということなんだろう。再度銛を差し込むぐらいだからね。
だけど銛先を鋭く研いでおけば、それだけ深く差し込めるはずだ。
それにしても、皆ヤスリで研いでいるようだ。
バゼルさんに1度見せて貰ったんだけど、結構細かな目のヤスリだった。
だけどヤスリで研いで終わりというのが、俺には納得できないんだよなぁ。
ヤスリで錆落としをした後は、包丁を研ぐ砥石で仕上げるのが俺の流儀だ。最後に油を塗りこんでおくんだが、それすらやらない連中もいるようだ。
しっかりと手入れをすれば、長く使えると思うんだけどねぇ……。
「何を見てるんだ? 皆は銛を研いでいるぞ」
「脅かさないでくださいよ。銛はすでに研ぎ終えました。漁の行き帰りは時間がありますからね。3本とも釣り針並みに鋭いですよ」
いきなり後ろから声を掛けられたから、体がビクリと一瞬硬直してしまった。
バゼルさんからすれば、ちょっとしたいたずらなんだろうけど、危うく桟橋から落ちるところだったぞ。
「いやぁ、済まん済まん。ぼんやりと他のカタマランを眺めているからどうしたのだろうと声をかけたんだ。こっちに来い。皆が集まってるぞ」
バゼルさんのカタマランを見ると、カルダスさんやザネリさんの姿が見える。
まだ昼前だというのに、宴会をしているようだ。
ほどほどにしておかないと、明日は1日中ハンモックの中にいるかもしれないな。
バゼルさんに連れられてカタマランに乗り込むと、船尾の甲板に胡坐をかく。
ザネリさんがココナッツのカップを渡してくれた。たっぷりとココナッツ酒が入っているんだよなぁ。
とりあえず軽く1口飲むと、パイプに火を点けた。
「サイカ氏族の連中が喜んでいたな。無理をしないように釘を刺してはおいたんだが」
「サイカ氏族もリードルの怖さは知っているはずだ。3日間で20個近い魔石を手にできるんだから、喜ぶのは分かる気がする」
さすがに大きなリードルを突く者はいないだろう。
それでも中位魔石が数個は手に入るはずだ。若者達が早くに自分のカタマランを更新できるに違いない。
「そうなると、サイカ氏族の住んでいた島はどのようになるんでしょう?」
「サイカとオウミの若者が漁をするそうだ。魚は小さいが小さなカタマランでの漁だから問題はないだろう。アオイ様が考えた仕掛けを使うらしいぞ。それにロデニルのカゴ漁だな。1艘で使うカゴは2つだけらしいから、乱獲にはならんだろう」
どんな仕掛けなのか聞いてみたら、サビキ仕掛けのようだ。
確かに小魚を釣るには都合が良いだろう。カゴ漁で獲れたロデニルはイケスに入れて島まで運ぶらしい。
結構な値段で売れるらしいから、赤字になることはないということだった。
「奴らの船は、俺達が最初に手に入れるカタマランの半値だそうだ。魔道機関も魔石6つが1基付いているだけだからなぁ。だが、近場ならそれで十分だ。故障しても、他のカタマランに曳いて帰ってこれるだろう」
そんな小型のカタマランは、アオイさんが考えたらしい。
自分の息子の為だというんだから、案外子煩悩だったらしいな。
「アオイ様の唯一の男子が、アキロン様だ。小さい頃からナツミ様にヨットの手ほどきを受けて、近隣の海で一人で漁をしていたらしい。
その漁果も、3日で背負いカゴ1つを超えていたというんだから、まさしく聖姿を背負って生まれてきただけのことはある」
俺も背中に聖姿に似た傷跡を持ってはいるんだが、生憎とこの世界で初めて漁をすることになったからなぁ。漁果は真ん中より少し上というところだろう。
「ナギサはナギサなんだから、そんなに卑屈に並んでも良いぞ。アキロン様が別格なんだ」
カルダスさんに慰められてしまった。
そんなに沈んだ顔をしていたかなぁ?
「ある意味、竜神様が我等と一緒に暮らすためにアキロン様をアオイ様達に遣わしたんだろう。ネコ族の姿をしていたんだが、カイト様と同じリードル漁の銛を打てたんだからなぁ。
今でも、アオイ様とアキロン様の使った銛は、トウハ氏族の長老のログハウスに飾ってあるそうだ。トウハ氏族の誉れというところなんだろう」
一度見てみたいな。
その銛を最初に使ったのはカイトさんらしい。丁寧に手入れをしていたから、いまだに形を保っているに違いない。
道具を大事にする姿勢は、俺も見習わないといけないだろう。
この世界にやってきた4人目なんだからね。俺が適当だと、アオイさん達まで同じような目で見られてしまいそうだ。
「だけど、ロデニル漁だけではカタマランを手に入れるのは無理じゃないかな?」
「そこは、もう1つの漁がある。真珠が取れるそうだ。その漁場を見付けたのはアキロン様達だったらしい」
魔石よりは安いらしいが、真珠はかなりの高値で売買されるらしい。
サイカ氏族がカタマランを持てるようになったのも、そのおかげだということなんだろうな。
「それで、お前等は銛は研いであるんだろうな?」
カルダスさんの言葉に、俺達3人が一斉に頷いた。
研いでないなんて言おうものなら、バゼルさんと一緒になって甲板から海に投げ込まれそうな雰囲気だからなぁ。
俺達の顔を見て、カルダスさんが笑みを浮かべる。
「それなら問題ねぇ。途中で研ごうなんて考えてたなら、海に投げ込むところだったぞ」
やはり、と俺達は顔を見合わせる。
バゼルさんは苦笑いを浮かべながらココナッツ酒を飲んでいるようだ。
「出掛ける前に研ぐのは、年に何回も使う銛じゃねぇからだ。たまに銛先が錆て無くなっちまった、なんて話を聞くときもあるからな。
途中でそんなことになったら、魔石の数が半減するぞ」
そういうことか……。だから、皆が銛を研いでいたんだな。
確かにめったに荷使わない銛だ。半年に1回、3日間だけだからなぁ。
漁が終わった帰りに、再度銛を研いで油を塗ってはいるんだが、結構錆が浮いてたからなぁ。
「そういえば、しばらく畑には行ってませんがどんな具合なんでしょうか?」
「小母さん達がいろいろと作ってたなぁ。ギョキョウでも売ってるぐらいだから、商船が来なくても野菜には不自由しないだろう。さすがはナギサだ。良く作ってくれた」
「俺は場所を決めただけですよ。段々畑の石組みはカルダスさん達が作ったんじゃないですか。土も運んできましたし、排水路と用水路も出来たんでしょう?」
「まぁ、確かにやったのは俺達だが、俺達だけじゃぁ、あれは無理だな。それより、下の方が池になってしまったぞ。そろそろ次の計画に移ったらどうだ?」
カルダスさんがそう言って、カップに酒を注ぎ足してくれた。
せっかく半分まで減らしたんだが、またもとに戻ってしまった。
だけど、池ができたなら都合が良いな。
モミを手に入れて、撒いてみても良さそうだ。
さすがに日本のような田圃を最初から作るのは無理だろう。浅い池を作って適当にモミを撒いてもそれなりの収穫はあると思うんだけどね。
その結果を基に、少しずつ田圃のように変えていく方が良いだろう。
「近場の漁をしながら、池の具合を見てみます。上手く行けば米が採れますよ」
「大陸の中流域で米を作るらしいぞ。大地の方は麦のようだ。俺達は麦は食べんから、米が採れたなら喜ばしい限りだ」
規模からすれば、大きくても3haにはならないだろう。
やってみないと分からないが、どれほど採れるのか楽しみだな。
「済まんが、明日はココナッツを頼む。オラクルのココナッツは島で暮らす連中が使うから、俺達は別の島で採ることになる」
「明日出掛けようと思ってましたから、大丈夫ですよ。ナギサの船を出してくれないか?」
「良いですよ。でも、俺は……」
「下で、落としたココナッツを集めてくれ。さすがにナギサに木登りはさせないよ。落ちたりしたら大変だからな」
俺の木登り下手はオラクルでも有名らしい。
まったくあんなに高いところに実を付けるんだから困ったものだ。場合によっては3階ぐらいの高さになるんじゃないか。
タツミちゃんに言わせると、俺に取られないように高いところに実を付けてるんだろう、と言ってたんだよなぁ。
「それでだ。リードル漁が終わればかつてのシドラ氏族の島に向かうことになるんだが、
俺達は途中で漁をしてから向かうことにする。2日も漁をすればかなりの量を、商船に届けられるだろう。
普段は魔石だけだが、一夜干しなら商船も喜んで買いとってくれるに違えねぇ」
どこで漁をするかは、長老達と相談ってことらしい。
かつての島から、南東に3日の距離なら、サイカ氏族のカタマランもやっては来ないだろう。
素潜り漁だけだと言っていたから、船によってはかなりの差が出るに違いない。
だけど、リードル漁で得た魔石が別にあるんだから、時間調整をするために漁をしようってことに違いない。
「雨季明けの漁ってことか! ブラド30が目標かな……」
「もう少し行くんじゃないか? できれば40を目標にしたいな」
獲らぬタヌキの話を始めた。
希望と結果は違うからなぁ。だけど、久ぶりに思いきり素潜りで銛の腕を競うのは面白いかもしれない。
単なる時間調整だけど、それなりに楽しめそうだ。




