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P-199 ナツミさんが準備してくれていた相談相手


 シドラ氏族の島で暮らしていた時に、王国の様子を商船の店員に聞いたことがある。

 カウンターの店員も暇を持て余していたらしく、お茶までサービスしてくれた。

 店員の話を熱心に聞く俺に興味があったのだろう。聞いていないことまで詳しく話してくれた。

 これが、それなりに地位にいる人物であるなら、少しは加減というものもあったに違いないが、俺達の島暮らしを見て自分達の暮らしている王国を誇らしく思っていたに違いない。

 

 名も知らぬ店員が話してくれた内容からすれば、中世の西洋社会に似ているようだ。さすがに奴隷制は無いようだけど、それに近い人達はいるようだな。

 罪を犯して懲役刑が決まったら人権を失うらしい。過酷な鉱山労働に駆り立てられるようだ。

 労働の内容も罪の軽重によって区別があるらしく数年以内の刑ならば、刑を終えて社会に復帰することは十分に可能らしい。さすがに10年を超える刑では解放されてもまともに暮らせる体とは言えないらしい。


「とはいえ、野垂れ死にすることはない。ちゃんと神殿が面倒を見てくれるからね。単純な仕事を斡旋してくれるし、その仕事で得た給与が安い場合は援助までしてくれるということだ。もっとも、そのための資金は教団への寄付で賄っているんだから、教団の懐は全く痛むことが無いんだ」


 ある意味、俺達の時代より福祉が行き届いている気もするな。

 食事の話では、市場がいくつかあるということだった。

 獣肉、魚、野菜に穀物……。衣服は専門店があるらしく、食堂と酒場は別になっているらしい。


「酒場でも軽い食事はできるが、どちらかというと酒のつまみだね。食堂でも酒は頼めるけど種類が限られてるんだ。どちらの店にも俺達には入れない部屋があるんだぜ。金持ち専用ってやつだね。中にはそれを2つも持っている店があるんだ。俺達みたいな連中だって、何年かに1度は利用できるようにね」

「結婚式みたいな場合ですか! そうなると、出費も凄いんでしょうね」


「最低でも銀貨20枚は下らないだろうな。招待客だってそれを知っているから、祝い金をはずんでくれるんだが、やはり半分以上用意しておかないとなぁ……」


 どうやら、近々結婚するのかもしれないな。

 商船に乗り込むと、通常の給金に上乗せがあるらしい。どこでも皆苦労しているんだと、名も知らぬ店員に少し同情してしまった。

 

 そんな話から、王国の王との暮らしがある程度理解できた。

 戦争もあるらしいが、いまだに火薬は使われていないようだ。大型のバリスタのような代物が大砲のように使われているらしい。

               ・

               ・

               ・

「王国の暮らしは、俺達よりも進んでいると言えますが、卑下することはありません。王国は王国であり俺達は俺達ですからね。

 仕事の種類はかなりの数になるでしょうが、それは分業化が進んでいるからです。

 その分業化を上手く使いこなしているのが商人達になります。

 王侯貴族の仕事は富を浪費するということになるんでしょうね。でもある意味それが無いと、住民が苦労することも確かです。

 王侯貴族の贅沢のために行う仕事というのは、それなりにありますからね。

 俺達が商船に売る魚は、商人の手で市場に提供され、市場から住民に売られていきます。末端の価格がどれだけになるかはわかりませんが、少なくとも5割増し以上でしょう。

 商船の利益、商船から市場への運搬料、市場の商人の利益……、いろいろと上乗せされていきます。

 かつてのアオイさん達は、商会ギルドに理事を置くことができました。

 これは2つの意味を持っています。

 1つは、商会ギルドを通して王国の動静を見守ること、もう1つは、ニライカナイの利権を守ること。

 後者は理解できるでしょう、ニライカナイに大陸の船が近づかないようにするためです。王国の商船が各王国とも2隻としたのもそれが理由です。それ以上増えると、商船の監視ができないと考えたに違いありません」


「その話は聞いたことがあるぞ。おかげで商船が航路を違えることが無くなったということだが、航路を違えたという理由を相手に与えないということだったのか?」

「それが本当に理由だと思ってます。でも、大陸の戦が一段落したらしく、新たな王国がニライカナイに商船を派遣してきました。雨期前のシドラ氏族の島にいた商船の1隻がそうでした。大陸内部の海の無い王国だということです」


「分かってきたぞ。要するに歯止めが無いってことだな。どんどん新たな王国が商船を繰り出してきても、各王国とも2隻の枠を守っている限る俺達に反論できないってことになる」

「せっかくアオイ様達が考えてくれた仕組みの裏を掛かれたということか? こちらから約定をひっくり返すべきなんじゃねぇか?」


 バゼルさん達が憤慨しているけど、そう簡単ではないんだよなぁ。


「その約定が問題ですが、俺達だけで一方的な破棄もどうかと思います。破棄は簡単でしょうが、その後の交渉は面倒ですよ。それにニライカナイに砲艦はありますが数が少ないことも確かです。

 大陸沿岸の3つの王国、それに内陸部の王国が加担したなら、俺達の勝利はかなり怪しく思えます。

 さすがに砲艦がありますから、相手をつぶすことはできるでしょうが、氏族の島を全て守ることは出来ません」


「守るとなれば各氏族に1隻以上必要か……。大陸の軍船はかなりの数だ。それに攻めるなら商船も使えるだろうな」

「だがその時には、竜神様も加担してくれるんじゃねぇのか? 聖痕の持ち主が2人いて、さらにナギサは聖姿を背に持つんだからなぁ」


 多分、助けてはくれるだろう。だが、それを期待して戦をするのはどうかと思う。


「竜神を試すようなことはしたくありません。竜神の元で平穏に暮らしているのが俺達です」

「竜神様の加担を期待するということは、竜神様を確かに試すようなものだぞ! その考えは早めに捨てるべきだ。長老に知れたら大事だからな」


「まぁ、言葉のアヤってやつだ。ここだけの話だよ」


 ココナッツ酒を一気に飲んで、ちょっと肯いている。反省してるんだろうな。

 ネコ族は竜神のおかげでここに暮らしているということだからね。


「そこにナギサの思惑が入るんだな? 前置きがかなり長かったが、そろそろ話しても良いように思えるのだが」


「見返りを与えることになります。見返りは漁獲高の割り増しということです。サイカ氏族がシドラ氏族の島に引っ越せばサイカ氏族の漁獲高が一気に跳ね上がるでしょう。さらには魔石の供給量も増えることになります。

 サイカ氏族の移動に伴い、小魚の漁獲が減りますが、逆に言えば大陸沿岸部で行っている王国の漁船の漁獲が増えるでしょう。

 全体的に見れば1割以上の漁獲高になるんじゃないでしょうか」


「現状では書く商船とも奪うように魚を買い込んでくれている。漁獲高の向上は、商会ギルドにも喜ばれそうだな。それに魔石が増えるとなればなおさらだ」

「餌ってことか? 大物が釣れそうだな。当然交渉はナギサが行うんだろう?」


 やはり聞いてきたか……。俺に交渉ができるんだろうか?

 相手は商売人だからなぁ……。


「思惑は理解したが、ナギサ一人では心配だな。だがそんなことをナツミ様は考えていたのかもしれねぇぞ。商会ギルド以外に交渉できる相手を見つけておいてくれた」


 さすがだな。多分将来のことを考えていたんだろう。だいぶ色々とやっていたようだけど、自分達がいなくなった後のことをきちんと考えていたとはなぁ。


「どの王国ですか?」

「王国ってわけではねぇようだが、王国に深くかかわっていることは確かだな。ソリュード王国の炎の神殿だ」


 炎の神殿の話は、何度か耳にしたことがある。

 ネコ族の崇める竜神は、水を統べる神として大陸の諸王国で認識されているようだが、その考えは、土、水、火、風という4元素の信仰に基づくものらしい。

 まぁ中世的な世界だからなぁ。まだ科学は発展してないようだ。

 火の神を祭る炎の神殿は、大陸の南にある大きな火山の麓にあるらしい。火山そのものが御神体ということになるのだろう。

 その火山に生息するヒクイドリを神殿の僧兵が狩ることで、火の魔石を手に入れることができるそうだ。

 毎年1万個に近い火の魔石を得られるんだから、火山は1つではないのだろう。


「ナツミ様と当時の炎の神殿の筆頭神官が長く交友を交わしたらしい。筆頭神官が新官長になり、ナツミ様がカヌイの地位に就いてもそれは続いたということだ。

 今でも炎の神殿は、ニライカナイのカヌイの婆様連中と文を交わしていると聞いたことがある。

 カヌイの婆様に頼めば、炎の神殿の神官と会うことができるはずだ」


 大陸と事を構える前の相談相手……、という位置付けなんだろう。

 交渉相手も大事だが、その交渉を第三者的な目で見てくれる存在も重要だろう。

 こじれかねないような交渉ごとに対する、ある程度の修正を加えられそうだな。


「アオイさん達はかなり先を見ていてくれたんですね」

「いろいろと逸話があるらしい。トウハ氏族に行けば、喜んで話してくれるに違いない。俺もトーレに聞いた時は、『まさか!』と叫んだほどだからな」


「あの話か! まずはあの2人の関係だな。アオイ様はナツミ様の代弁者ということらしいぞ。ネコ族の社会は俺達が支えている。嫁連中はそれを支えるのが俺達の社会だったのだが……」


 2人の関係は、どうやら逆転していたらしい。

 ナツミさんが考えて、それに基づきアオイさんが行動する。さすがに漁は、アオイさんが主導していたらしいが、対外的な話になると必ずナツミさんが入れ知恵を与えていたらしい。

 その影響は今でも長老とカヌイのお婆さん達の間に残っているらしい。氏族内、氏族同士の話は長老が裁可を下すが、種族全体の話となるとカヌイのお婆さん達の意見が尊重されるらしい。

 俺がネコ族に加わることになったのは、カヌイのお婆さん達が賛成してくれたからということなんだろうな。

 ネコ族に加われば、後は氏族の長老が俺を指導してくれるということになる。実際は、長老の指示でバゼルさんがその役を担ってくれたに違いない。


「数年を経ずに持ち船を変えていったが、全てナツミ様が考えたものらしい。だが、その船はその後の2人の行動を見ると最適であったようだ。当時のトウハ氏族の筆頭が首を傾げるような品だったらしいぞ。ナギサが今使っているカタマランもその時の船だったから、当時の連中が驚くのも無理は無かったろうな」


「最初に、海の上に浮かぶ船を作った時は、ニライカナイの東の果てを見に出かけたそうだ。10日後に果てを見て、そこでワインの瓶を海に流したと聞いている」

「その瓶は無事に2人の両親に届いたようです。中の手紙を見て南方を捜索したと父が話してくれました」


「そうか……、無事に届いたなら2人も喜んでいるに違いない。それにしても不思議な話だな。こちらの世界とナギサの世界がどこかで繋がっているということなんだからな」


「まぁ、それはトウハ氏族の長老にでも聞かせれば喜んでくれるだろう。先ほども言ったが、ナツミ様はそんな人物だったのだ。

 ここだけの話だが俺が思うに、ナツミ様を呼ぶためにアオイ様を同行させたんじゃねぇか? 決してアオイ様を下に見てはいねぇぞ。何といっても凄腕の銛打ちであることは確かだからな。それにアオイ様がいなければアキロン様は生まれてこなかった……」


 それなりの役目を持っていたということだろう。

 トーレさんから聞かされた逸話も面白いものがいくつもあったからなぁ。

 先ずは、カヌイのお婆さんを訪ねてみよう。場合によってはソリュード王国に出掛けることになるかもしれないなぁ。


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