P-185 長老達の考え
リードル漁を行う島に到着した翌日に、バゼルさん達が30隻近くのカタマランを率いてやって来た。
明日からのリードル漁の準備を終えると、俺達のカタマランの両舷にバゼルさんとザネリさんのカタマランを横付けして夕食を一緒に取る。
嫁さんだけで6人にもなるから結構賑わっている。
俺達はココナッツ酒を持たされて、ザネリさんのカタマランに追い遣られてしまった。
「嫁さん達が集まるといつも賑やかだなぁ。それで、見つけたのか?」
「いました! たぶんあれがマーリルだと思います。海鳥が群れる真下を海面にヒレを出して泳いでましたから」
「突こうとは思わんほうが良いぞ。アオイ様ですら突いたのは1度きりだ。後は引き釣りで釣り上げたそうだからな」
俺に向かって笑みを浮かべたバゼルさんが教えてくれた。
確かにあれを突こうなんて考えはまるでない。よくもアオイさんは突けたと感心してしまうが、いろいろと船を作り変えていたそうだから、その中で突きんぼ漁ができる船を作ったに違いない。
1度テレビで見たことがあるけど、かなり舳先が飛び出た構造だったんじゃないかな?
「リードル漁が終われば、1度シドラ氏族の島に戻るんだろう? マーリル釣りの仕掛けを作るってことだな?」
「それもありますけど、たまには商船の棚を見比べたいところです。何かあるんじゃないかとシドラ氏族の島で暮らしていたころは楽しみでしたから」
俺の話に困った奴だとバゼルさんは言いたそうだが、ザネリさんの方は笑みを浮かべて頷いてくれた。
心境を分かってもらえたのかな?
いろんな品が並んでいるから、見るだけでも楽しいんだよね。
「だが、マーリルを釣り上げたとしても燻製にするしかないんだろうな……」
残念そうな顔をしているけど、自分の漁の腕を誇れるなら収入は二の次で良いんじゃないかな。
収入を第一に考えるなら、バルタックやフルンネを突いた方が合理的に違いない。
大物だから、そのまま燻製にはできないはずだ。切り身にしての売買になるだろうから、あまり高値で売れるとは思えないんだよなぁ。
待てよ……。そうなると、ガルナックも同じになるんだろうか?
切り身にしたら、魚の区別が出来なくなってしまいそうだな。
「バゼルさん。1つ確認したいんですが? 大物を突いたとして、それがそのまま開いて燻製にできない程大きい場合はどのように取り引きされるんでしょうか?」
「商船の連中は目利き揃いだ。切り身の大きさと肉厚でそれが何の魚かを判断できるだろう。肉厚の切り身は限られているからな。
それでも判断に迷う場合は、橋を切り取って食べてみれば分かるはずだ」
案外原始的なんだな。
確かに食べてみれば間違いは無さそうだ。
もっとも、それを心配するには先ずは釣らないことには始まらないけどね。
エメルちゃんが夕食を知らせてくれたところで、俺達のカタマランに戻り皆で夕食を囲む。
10人を超える人数だからな。子供達も一緒だからかなり賑やかな夕食が始まった。
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3日間のリードル漁が終わると、バゼルさんに氏族へ上納する中位魔石と嫁さん達で分配する低位魔石1個を手渡して、一足先にシドラ氏族の島へと向かう。
俺達のカタマランでなら3日もせずに到着できるはずだ。
久ぶりの帰島に、タツミちゃん達もいつもより船足を速めているように思える。
「このまま夜半まで進むにゃ。月が中天に上ったら、船を留めるにゃ」
「無理しないで欲しいな。だけど月明かりで進めるのも都合が良いね」
少し欠け始めた月はもうすぐ上ってくるだろう。
中天に懸かるより前に船を留めてほしいところだ。
深夜近くに、露天操船櫓から俺を呼ぶ声がした。
屋形の屋根に上ると、エメルちゃんが右手に腕を伸ばしている。
なんだろうと眺めてみると、何かが俺達のカタマランと並行して進んでいるようだ。
海面を盛り上げるようにして進んでいるのは神亀に違いない。
しばらく見なかったけど、やはり近くで俺達を見守っているんだろう。
「何かの前触れかにゃ?」
「案外、一緒に泳ぎを楽しんでるかもしれないよ。近寄ってきたら手を振ってあげると喜ばれるんじゃないかな」
神亀は子供好きらしい。
タツミちゃんのお腹が少し目立ち始めたから、それを知っての事かもしれない。
将来の遊び相手が速く生まれるのを望んでいるってことかもしれないな。
しばらく神亀と一緒に進んでいる内に、ふと気が付いた。
神亀はカタマランと並行して進んでいるのではなく、少し前を進んでいるのだ。
久しぶりに、この航路を進むからなぁ。
タツミちゃん達が、進路を見失わないように先導してくれてるのかもしれない。
水中翼船モードで進むカタマランに、勝るとも劣らない速度を神亀は出せるようだ。
タツミちゃん達も安心して家事を握っているに違いない。
深夜遅くに、手ごろな島の沖合にカタマランを停める。
水底は砂地だから、アンカーが岩に挟まることもない。神亀は俺達が速度を緩めると、いつの間にかいなくなってしまった。
「神亀が案内してくれたにゃ。明日も来てくれると良いにゃ」
「だいぶ、進んでるにゃ。これなら明後日の日暮れ前に到着できそうにゃ」
とりあえず無理はしないように言っておこう。
神亀と並んで走れたのが、2人にとって嬉しいのだろう。話が弾むし、今夜は2敗目のワインまで注いでくれた。
翌日。カタマランが速度を上げると、再び神亀がカタマランを先導するように姿を現した。
やはり俺達を案内しているに違いない。
タツミちゃん達もさぞかし心強いに違いない。
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「まさか、神亀に先導されてくるとはのう……。竜神様の覚えがめでたいということになるのじゃろう。元気で何よりじゃった。カルダスやバゼルから様子は聞いておるが、やはり本人からの言葉が一番じゃろう。状況を教えてくれんか?」
シドラ氏族の島に帰り着いたのは、リードル漁を終えてから3日目の朝だった。
島の入り江まで神亀がやってきたから、島中はちょっとした大騒ぎだ。
朝食兼昼食をカタマランで取ると、タツミちゃん達はさっそく魔石を競売にかけるためにギョキョーへと出かけて行った。
その後は商戦に向かうだろうから、その間俺は長老達に挨拶ということでログハウスにやってきたのだが、すぐに座れされてココナッツ酒をカップにたっぷりと注がれてしまった。
「神亀に会うのは久しぶりです。オラクルのカヌイのお婆さん達は見晴らし台で、月に何度かその姿を見ると聞きました」
「そんな話を聞かせたら、カヌイの婆様達が全員オラクルに向かいそうじゃ。まあ、向こうも交代を考えているようじゃから、わし等もそれに倣おうかと考えておるよ」
「開拓は順調です。石の桟橋も完成しましたから、保冷船の荷下ろし、荷積みはかなり容易になるでしょう。問題があるとすれば、桟橋からモノレールまでの距離が少し長いということですね。シドラの島と比べると倍近い距離になりそうです。
今回手に入れた魔石で、木道とトロッコを購入しようと考えています……」
オラクルの全体図を広げて、長老へ説明をしていく。
話をするたびに目を細めて頷いてくれるから、長老たちが考えているよりも開拓が進んでいることに感心しているのかもしれない。
「浜にココナッツを植えたのか! うまく根付くと良いのう。最も、実は早めに取るのじゃぞ。いつ落ち着か分からないココナッツの下では昼寝も出来んわい」
「カルダス達の水路工事も順調のようじゃな。畑に屋根を付けたと聞いた時には驚いたものじゃが、豪雨を防ぐ手ということで、この島でもやっておるぞ」
「開拓は順調そのものです。ですが、そろそろ先が見えてきたことも確かです。この先、オラクルをどのようにするかをそろそろ真剣に考えないといけません」
俺の問いかけに、長老達が顔を見合わせて笑みを浮かべている。
すでに考えを持っているということなんだろうな。
「島の存在はナギサが島が生まれるところから見ておる。ある意味、ナギサの島と言っても過言ではなかろう。
じゃが、ニライカナイの島は、竜神様よりネコ族が預かった大切な宝物でもあるのじゃ。個人の島ということには出来ぬ……。
さらに、リードル漁の良い漁場があり、オラクルの周辺に良い漁場があることも確か。
いっそのことシドラ氏族全員が移住してはどうかと考えておる。
とはいえ、そうなると5つの氏族の協力でこの島を氏族の島としたことも確かなのじゃ。
島を離れるということは、この周辺の漁場を含めてニライカナイの長老会議の席でシドラ氏族の権益を放棄することを告げねばならん。
それに、新たな島での暮らしとなれば、商会を通じて大陸にオラクルの存在を知られてしまうことも確か……。なかなか良い案が浮かばぬよ」
やはり氏族は一体であるべきだということなんだろうな。
かつてオウミ氏族は2つの島に分かれたらしいが、今では独立した氏族のように動いているらしいからなぁ。
ニライカナイの各氏族の長老が集まる会議にもそれぞれの島から代表を出すらしい。とは言っても議決権を持つのは1年ごとの交代制というから、長い目で見ると2つの氏族に分かれてしまうんじゃないかな。
その様子を見ているからこそ、長老は2つの島で氏族が長く暮らすことを望んでいないようだ。
バゼルさん達が季節毎に、氏族の漁師達を率いてやってくるのは氏族が2つに分かれることを避けるための当座の手だと考えていたのだろう。
「いっそのこと大型船団の補給基地として、この島を開放するのも視野に入れてはどうでしょうか?
大型船団は3つ運用されているようですし、6つの氏族の春香外側を巡っています。あちこちの氏族に漁果を下ろしていますが、船の修理や補給を専業で行える島はありません」
長老達が、互いに顔を見合わせている。
その考えは無かったようだな。それがダメな時には氏族の中で一番漁果の思わしくない氏族に譲るということも考えていたんだけど……。
「なるほど……。大型船団の補給、修理は確かに1つの氏族に任せるわけには行かぬな。それに、船団の暮らしは子供たちにとって良い場所ともいえぬようじゃ。この島なら子供達を預けることも出来よう。
長老会議に出る前に、カヌイの婆様達の意見も聞かぬといけないじゃろうが、ナギサの言葉には婆様達も素直に聞いてくれるじゃろう。それに、オラクルのカヌイの婆様達の報告を聞いているんじゃろうなぁ。次は誰が行くのかと婆様達の庵は賑わっておるそうじゃ」
やはり氏族は一体で暮らすべきだということだな。
その判断は、だれもが喜ぶに違いない。
だけど、他の氏族にいよいよオラクルの存在が知られることになりそうだ。




