P-182 大きな魚がいるらしい
出漁して3日目の朝に、集合地点の目印である島の南にカタマランが4隻集まった。
黄色の旗を靡かせての帰島になるが、獲物はやはり3カゴというところだ。
実質2日の漁だからこんなものかもしれないな。
中2日の素潜り漁なら、4カゴに届いただろう。
その辺りが少しタツミちゃん達には不本意のようだけど、単独での漁ではないんだからね。そのぐらいは許容するおおらかさが欲しいところだな。
案外ネコ族の女性達にはそんな競争心が高いように思える。トーレさんなら、絶対に次は単独だと言い張るに違いない。
釣り竿や仕掛け、それに銛の手入れをしながら1日を過ごす。
夕暮れ前にはオラクルに到着するだろう。
明日は、昼から桟橋作りを手伝えば良い。
午後遅くに大きく進路が変わる。
直ぐにロウソク岩が見えてきたから、島にもうすぐ到着する。
あの岩を見るたびに、ほっとするのはここでの島暮らしがだいぶ長くなったからに他ならない。
カタマランの速度が遅くなり、笛の音が聞こえてきた。
船団を解散する合図だ。船尾のベンチから腰を上げて船首に向かう。
目の前にいつもの桟橋が見えてきた。
歩くような速度がさらに遅くなり、バウスラスタの動きで横滑りをするように桟橋に横付けされた。
素早くアンカーを投げ込むと、桟橋に飛び移って船首をロープで固定する。そのまま桟橋を歩いて船尾に向かうと、エメルちゃんが船尾固定用のロープを投げてくれる。
桟橋の杭に結べばこれで俺の仕事が終わる。
甲板に乗り込むと、2人が一夜干しを保冷庫から背負いカゴに放り込んでいた。
分類は燻製小屋の隣にある分別小屋で行うんだろうけど、結構無造作に放り込んでいるなぁ。
大きなフルンネの開きを持ってエメルちゃんが笑みを浮かべている。
「これは大きいにゃ! 父さんが見たら驚くにゃ」
「こっちの方が大きいにゃ! 2匹ずつ運ぶにゃ」
2匹も入れたら、他の魚がそれほど入らないと思うんだけどなぁ……。運搬は女性の仕事だから、手を出せないんだよね。
少しは互いに協力しても良さそうなんだけど、その辺りの取り決めは昔からの風習のようでそう簡単に変わらないようだ。
たまに手伝おうとカゴを持つと慌てて取り返されてしまう。
「大きいなぁ……。俺も見たんだが、群れが近づいて来なかったんだよなぁ」
桟橋から話しかけてきたのは、オルバスさんだった。どうやら同行した連中の漁果を確認しているらしい。
一応、筆頭という立場だから長老への報告もあるんだろう。ご苦労様なことだ。
パイプに火を点けて、オルバスさんのところへと向かう。
2人の邪魔をしたくはないからね。
「4YMほどのフルンネが4匹です。上手く群れの前に隠れることが出来ました。
漁場に到着した番の夜釣りではシメノンの群れに遭遇しましたから、今回は結構な漁果ですよ」
「シメノンがあまり釣れなかった船もあったようだ。サンゴ礁の近くに停めたんだろう? シメノンの回遊はサンゴ礁の縁を回っているんじゃないかな? あまり釣れなかった連中は溝の続くど真ん中付近に停めていたらしいからね」
なるほどねぇ……。そんなことには気が付かなかったな。次の漁で確認してみるか。
「フルンネの群れには遭遇しましたけど、ハリオがいなかったのは残念です」
「たまたまじゃないか? フルンネがいないような場所にはハリオはいないからな。あの漁場で3日も漁ができたなら、ナギサのことだ。ハリオを何匹か付けたに違いない」
水中銃なら容易だろうな。
もっとも、ハリオはちょっとしたコツがあるんだけど、何とか自分のものにできた気がする。それを確かめるためにも、毎年何匹かを突きたいところだ。
「行ってくるにゃ!」
タツミちゃん達がカゴを担いで桟橋を歩いていく。
カゴから、フルンネの尻尾が飛び出してるんだよなぁ。案外、他の嫁さん達に見せたいってことかもしれないな。
「なるほど、大きいな! 次は俺も突かないと嫁さん達に文句を言われそうだ。それじゃあ、焚火の準備でもするか」
「ですね。手伝いますよ」
オラクルは開拓工事の最中だから、焚火の薪に困ることはない。
砂利を運ぶついでに流木を運んでくるし、畑の買い込んでも雑木を切り倒すことになる。
雑木は燻製用炭焼き用に使えるもの以外は、浜で焚火用になる。
焚火の灰は浜の一か所に集められて、開拓した畑に肥料としてすき込まれる。
商船から買い求めた肥料を少しでも節約したいためなんだろう。
段々畑のスノコの屋根も、土壌流出を避ける苦肉の策だったが結構役立っているみたいだ。
強い日差しにさらされないためなのか、野菜も良く育っているとタツミちゃんが教えてくれた。
「このぐらいで良いでしょう。また流木を集めてこないといけませんね」
「バゼルさん達が大きな流木を積んできたそうだ。俺達も漁に出る時には、手ごろな流木を積んで来ないといけないんだろうな」
漁に出ると、どうしても漁果にだけ目が行ってしまう。
近くの島の砂浜に目を向ければ、流木の何本かはあるに違いない。
次は、俺達も運んでくるか……。
夕日が島を照らし始めると、浜に焚火が作られる。
俺達が焚火を囲んでパイプを使っていると、どんどん男達が輪に入ってきた。
タツミちゃんより年上に見える女性が、手カゴに入れた竹のカップに入ったココナッツ酒を配ってくれる。
まだ夕食はできないから、これでも飲んで待っているように、ということなんだろう。
この風習もおもしろいんだよなぁ。
何となく、手のかかる子供を相手にしているような感じ見えなくもない。
皆、それなりに立派な漁師なんだけどねぇ……。
「大きなフルンネだったな。もう1人ぐらい突いてきたなら、オルバスも筆頭候補として名を上げられるんだが」
「俺の方は、夜釣りでシーブルが沢山獲れたぞ。ナギサに教えて貰った仕掛けは、結構使えるなぁ。2日目に仲間にも教えたやったんだ」
「取り込み時には苦労したんじゃないですか? ごぼう抜きは難しいですから」
「手釣りなら問題ないぞ。もっとも嫁さん達は竿を使っているからタモ網を使っての取り込みだ」
シドラ氏族の胴付き仕掛けが2種類できるのは、時間の問題になるかもしれないな。
母船を使っての漁には各氏族の島から若い漁師が集まるから、そこでさらに広がるかもしれない。
「まだまだ未熟ですけど、それなりに銛を使えるようになったと思っています。若い内に大物を突きたいと思ってるんですが……」
「大物だと? ……フルンネより上はハリオになる。ハリオは付いているからその上か」
「ガルナック! ってことか? 俺もまだ突いたことはないぞ」
「トウハ氏族なら、俺と同じぐらいの年代であれば10人に1人は突いたことがあるに違いない。バルタックの漁場が2つほどあると聞いたことがあるな。
その内に、カルダスがやってくるはずだ。ザネリの年代の時にはシドラ氏族の漁場をあちこち巡ってガルナックを探していたからなぁ。……だが、どうしても見つけることができなかったらしい」
魚だから、それなりの条件さえ整えばいると思うんだけどなぁ……。
とはいえ、一度教えを請いておく価値はありそうだ。
「ニライカナイで一番大きな魚は、マーリルだ。カイト様はぞの存在を知らなかったようだが、ナツミ様がその存在を知ってアオイ様に突かせたらしい。
大きさは15YM(4.5m)を超えていたと聞いている」
「15YM! そんな魚がいるってか?」
「いるぞ。潮通しの良い海で、鳥が海上に群れていたなら海面をよく見ておくことだ。
カタマランよりも速く動く背びれを見ることができるかもしれんぞ」
息子を煽るように笑みを浮かべて話してくれた。
思わず、ザネリさんと顔を見合わせてしまったけど、カイトさんはそんな魚を本当に突くことができたんだろうか?
「ナギサのカタマランは、マーリルを突いた後に作ったものらしい。マーリルを突いたカタマランは舳先が伸びると聞いたことがあったな」
舳先が伸びる? 俺のカタマランでその姿を想像してみる。
あの船に露天操船櫓があるのも、きっとマーリルを狙ったことに起因してるんだろう。
カタマランより速く動く背びれを追いかけて……、舳先から銛を突きさしたのか!
テレビで見たことがあるな。
そんな漁が行われていたようだ。狙いはカジキマグロってことだったが、それなら4.5っもある魚体というのも理解できる。
「おいおい、本当に突くつもりなのか?」
じっと腕を組んで考え込んでいたんだろう。ザネリさんが心配そうに声を掛けてくれた。
「アオイさんが付いたという魚がどんなものか分かりました。たぶん長い槍のような尖った嘴を持ってたんじゃないですか?」
「良く知ってるな。その時の嘴は今でもトウハ氏族の長老達のログハウスに飾ってあるそうだ」
「アオイさんは突いただけではなく、釣ることもしたんじゃないですか?」
「その通り。さすがはナギサだ。マーリルは回遊魚だ。これだけ他の氏族の島と離れているのだ。案外近くで見ることができるかもしれんぞ。
それと1つ教えてやろう。トウハ氏族がマーリルを狙う時期は雨季のはじめと、終わりの10日間だ。
遠くまで漁に出掛けると、リードル漁ができなくなるぞ」
いろいろと情報が集まった。
狙いはマーリルで良いのかもしれない。バルタックも考えないといけないな。
どんな漁法になるかを先ずは考えて、必要な品物を集めたほうが良さそうだ。
焚火から離れて俺達のカタマランに向かう。
船尾の甲板にはトーレさん達がタツミちゃんと一緒にお茶を飲んでいた。
俺を見ると笑みを浮かべて、船尾のベンチを空けてくれた。
「順調みたいにゃ。カヌイの婆様達も喜んでくれたにゃ」
「生まれるのはまだまだ先のようですけど?」
「楽しみにゃ。きっと良い漁師に育ってくれるにゃ」
それだと男の子のように聞こえるけど、まだどっちが生まれるか分からないと思うんだけどなぁ。
トーレさんの脳裏にはシドラ氏族の若者を従えて漁に出掛ける人物の姿が見えるのかもしれない。
女の子が生まれたら、ガッカリしないかと心配になってしまう。
「生まれるまでは性別は分りませんよ」
「女の子なら将来は立派なカヌイになれるにゃ。ニライカナイを統べるカヌイになるかもしれないにゃ」
相変わらず前向きに考える御仁だ。
でもそうなってくれたら嬉しいな。アオイさん達のようにこの世界に何かを残してあげたいけど、さすがにこの島の発見だけではねぇ……。
『俺がいたからこそ、〇〇がいた』という話をニライカナイに残したいという思いはあるんだよなぁ。




