P-171 お立ち台みたいなもの
今回の漁は前回と違って漁の実質日数が1日短い2日間だ。
その差は、保冷庫の魚の漁を見ただけで歴然としている。前回は両舷の保冷庫に一杯だったけど、今回は片側はほとんど入っていない。
ハリオが3匹とフルンネが2匹だけだ。
シメノンが回遊してこなかったのが残念だけど、とりあえずは大漁と言っていいんじゃないかな。
オラクルに1日半を掛けて到着したのだが、戻ってきた時にはすっかり日が落ちた後だった。
星空の下でオラクルの長い入り江を入ってくると、遠くにカタマランのランプが高宇さん揺らいで見えた時にはちょっとした感動を覚えてしまった。
結構幻想的な光景なんだよなぁ。投稿したら、たくさん『いいね』が貰えるに違いない。
「遅かったな」
「やはり、1日半となるとこんな感じなんでしょうね。…手伝ってもらってありがとうございます」
いつもの桟橋にカタマランを泊めると、すぐに隣のカタマランからバゼルさんが顔を出して桟橋の杭にロープを結ぶのを手伝ってくれた。
「今から食事だろう? こっちに来て状況を教えてくれ」
バゼルさんの言葉に、タツミちゃん達に隣に行ってくると言葉を掛けて甲板を降りる。
バゼルさんのカタマランには友人らしい壮年の男達が2人座っていた。遊びに来てたってことかな?
「帰ってきたな? 漁はどうだった」
「そう、急かすな。先ずは、一杯だ!」
並々と注がれたココナッツ酒を見て、思わずごくりと唾をのみ込む。これを飲んだら、夕食が食べられなくなりそうだ。
少しずつ飲むことにしよう。
バゼルさんの掲げるカップに合わせて俺達もカップを掲げる。
先ずは一口……。いつもより酒の量が少ないな。これなら酔わずに済むだろう。
屋形から出てきたトーレさんが笑みを浮かべて頷いてくれたから、トーレさんの気遣いに違いない。改めて頭を下げて感謝を伝える。
「やはり実質2日の漁では漁果が目に見えて少なくなりますね。南東のサンゴの崖に行ったのですが、ハリオを3匹突きましたよ」
ハリオを3匹と聞いて、男の1人が驚いている。
トウハ氏族に倣って嫁さんを貰った時にはハリオを突きに向かうのだが、上手く突けなかったのかな?
「あの辺りは回遊魚がやってくると言ってたな。俺も次は行ってみるか……」
「ハリオを上手く突けるのはシドラ氏族でもそれほどいないだろう? それで何匹突いたんだ?」
「4YMほどのハリオが3匹です。フルンネは2匹でしたけど、フルンネ狙いであったならもっと数を出せたと思っています」
「ハリオが来たから、そっちってことか……。まあ、分からなくもねぇ。俺も若ければそうするだろうなぁ……」
「そしてハリオにも逃げられるってことだ。そんな切り替えが素早くできる上に、銛の腕もあるから突けるんだろう……。やはり聖姿を背に持つだけの男だな」
かなり酔ってるんじゃないか?
そんな話で盛り上がるんだからなぁ。
「だが、ナギサの言葉は長老も聞く耳を持っている。やはり漁果が少ないとなれば問題になりそうだ」
3人が悩み始めたけど、それほど気にすることはないんじゃないかな。
少なくともシドラ氏族で暮らしていた時よりは漁果が多い。
それに、オラクルの住民が増えればすぐに漁果が増えることになる。シドラ氏族の住む島とオラクルを結ぶ定期船の運搬量が、再び問題視されるのは間違いないだろう。
話を聞いていると明後日漁に出掛ける連中らしい。
さて、どのあたりを目指すのか……。すでに中2日の漁を1祖経験しているし、他の船団の出漁先と漁果を知ったわけだからなぁ。案外原点回帰に向かうかもしれない。
夕食がまだだから、カップ一杯のココナッツ酒を飲んだところで、俺達のカタマランに戻ることにした。
明日はいろいろとやることがあるからね。
食事が済んだら早めに横になろう。
夕食は、珍しくカマルの唐揚げだった。
砂を運びに出掛けた連中が、釣ってきたものを貰ったらしい。
大好物だから、すぐに手が出てしまう。
そんな俺に笑みを浮かべて、トーレさんがカヌイのお婆さんとの話をしてくれた。
やはり特別困ったことはないということだったが、トーレさんは東の海を眺められる場所に不満があるようだ。
「ちょっと坂になってるにゃ。やってきた翌日に帆菓子の海を眺めたら神亀が遠くに見えたらしいにゃ。それ以来、毎朝東の海を眺めて私達の漁が上手くいくように祈っているにゃ」
祈りの場……、ということなんだろうか?
トーレさんに昔聞いた話では、神像などというものはないらしい。海そのものが信仰の対象となるらしいのだが、オラクルで神の使いと言われる神亀を見たならそうもいかないということなんだろうな。
そこに明確な祈るべき対象があるんだからね。
「明日、長老と会う機会があるかもしれません。ない時にはバゼルさんを通して長老に具申してみます」
「お願いするにゃ。でも、私の聞いた話だからカヌイのお婆さん達がそこまで望んでいるかどうかわからないにゃ」
「足場が悪いところに毎日行くとなれば、それだけでも善処すべきだと思いますよ。カヌイのお婆さん達は、長老達と違って少し俺達から離れた生活をしていますから、その辺りは俺達が気遣うべきだと思います」
笑みを浮かべて、ココナッツ酒を勧めてくれた。
さっき飲んできたばかりなんだよなぁ。
ネコ族の男達は皆酒好きだと思っているのだろうか? 俺はネコ族の一因ではあるけど、元々に種族が違うと誰も思っていないんだよね。
ちょっと変わったネコ族ぐらいに皆から思われているような気がするな。
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翌日は、早めに朝食を終えて高台に向かう。
8隻のカタマランから運ばれる背負いカゴは平均して3つだが、俺とバゼルさんは4つだった。
2時間ほどかけて選別する小屋に運び、昼過ぎには燻製小屋から煙が昇る。
皆で木陰で休みながら、カップ半分ほどのココナッツ酒飲むんだが、暑くなってきたからなぁ。涼しい風が吹く木陰だとどうしても眠くなってしまう。
現に、周囲の何人かは寝息を立てている始末だ。
「ここにいたのか! 一緒に来てくれるとありがたいんだが」
エルマスさんが漁の報告を長老にするのだろう。俺を誘ってくれた。
本来なら遠慮したいところだけど、カヌイのお婆さんの話もあるからなぁ。笑みを浮かべて頷くと、立ち上がったんだが……。ちょっとふらついたのはココナッツ酒が強すぎたためだろう。
「漁果の報告ですよね?」
「漁場の状況と漁果の報告だが、ハリオが突けたとなると報告しておいた方が良さそうだ。婚礼の風習は知っているだろう? オラクルでもそれができそうだからな」
伝統行事の継続ということなのかな?
悪い話ではないし、新たな家族を作ったことを祝う行事でもある。獲物が大きければ、皆に自慢できるからね。
「良い場所ですよ。群れがたまたまということでなければ良いんですが」
「そういうことだ。乾季の間に何度か同じ場所で漁をしてハリオが突けるとなれば、いろいろと長老達が考えてくれるだろう」
報告はするけど、それをどうするかは長老任せってことか?
長老が気の毒になってくるけど、その報告をしっかりとしてくれるなら長老達も嬉しいに違いない。
長老のログハウスを訪ねると、長老の指示で右手に座る。エルマスさんは長老の正面に座る数人の男達の端に座り込んだ。
「中々の漁果だったようじゃな。ハリオを3匹とはなぁ……」
「運が良かっただけだと思っています。シドラ氏族の中堅どころならもっと数が突けたかと……」
「あまり謙遜せずともよい。エルマスはフルンネが2匹と聞いたぞ。だが、4YM近くとなればやはりエルマスだと感心してしまうな」
「ハリオの群れは1度だけだったのです。ここでハリオと、少し動転してしまいました」
あの音が聞こえたから準備ができたようなものだ。
だけど、ネコ族の人達は耳も良いはずなんだが……。
「次の次辺りで、他の船団を向かわせてみよう。上手く回遊しているようなら、あの漁場は若者達に譲ってやれば良かろう」
「婚礼の航海の漁場ということに?」
「どこに行っても良い漁場があるのじゃ。1つぐらい譲ってあげるのが一人前の漁師ということではないのか?」
笑みを浮かべた長老の言葉に、先ほど問いかけた男性が恥じ入っている。
確かに、ある程度の住み分けはいるのかもしれないな。
まだ未熟な連中に近場を開放するぐらいはやっても良いのかもしれない。それに、そろそろ廃業を考える初老を迎えた漁師達もだ。
少し遠回しに長老に問いかけてみると、笑みを浮かべて答えてくれた。
「ナギサの危惧は、我等も考えておるよ。次の移住でオラクルの住人が増えたところで実施するつもりじゃ。すでにシドラ氏族の島の長老達にも確認願いの文を送っている。
住民が増える前に返事が届くだろう」
意外とやり手だな。さすがは次期長老と言われる存在だ。
谷気が付いたことがあるか? と問いかけられたので、カヌイのお婆さん達の話をすることにした。
「なるほど、やってきた翌朝に神亀を見るとなれば、毎朝の礼拝となるであろうな。確かに足場が悪い場所だと我らも思ってはいたのだが、住家までの階段が出来ていると聞いて安心していたのだが……」
「東の海を臨めるような平らな場所を作るということですか。それなら俺達で作りましょう。排水路の工事は結構進んでいますから1班を送るぐらいはできそうです」
「バゼルと調整してほしい。……そうか、東の海を見ることが出来るなら神亀を見ることができるかもしれんのか……」
さらに展望台が出来そうな雰囲気だな。
東には貯水池があるんだが、貯水池の工事でしっかりと道ができている。貯水池の東は何もないし、結構眺めも良い場所だ。
あの辺りに作るなら、島に定住する人達の散歩コースにもなるんじゃないか?
これはバゼルさん達に任せておこう。俺達はずっとやってきた石の桟橋工事があるからね。
乾季だから工事も捗るし、たまにバゼルさん達も砂利運びを手伝ってくれる。
高台から海面下の姿がはっきりと見えるまでになってきたから、次の乾季には海面から顔を出すかもしれないな。




