P-120 サンゴを復活させよう
人数が増えたということで、先ずは雨水を受ける屋根を作り、その下に木組の水槽を作る。
柱は高台の広場を作るときに切り出した丸太があるし、水槽の土台はガリムさん達が運んだ石があるから1日で作り上げることができた。
これで、次の豪雨がやってくればたっぷりと真水を得ることができる。
バゼルさん達も船尾の甲板に帆布を広げて、雨水を受けることができるようにしたみたいだな。
できれば全部のカタマランに、小さくても良いから帆布の屋根を設けたいところだ。
石作りの桟橋はカルダスさん達が引き続き担当して、バゼルさんを筆頭に俺を含めた5人で切り倒した森の立木の根を掘り起こすことにした。
やはり邪魔になるということなんだろうな。
根の周囲を掘り返して、深い根は斧で切り取ることになる。
1日で掘り起こした根は3つだったから、これも時間が掛りそうだ。
「小屋掛けした後では面倒だからなぁ。今の内にやっておくのが一番だ」
「広場は大きく作らねばならないぞ。俺達はあまり行くことはないだろうが、そこで暮らす連中だっているんだ」
夕食前の焚火で、そんな話が始まる。
海中の石組みは、まだ土台部分だが終段になってきたらしい。海中に30m伸ばすんだから、そっちも大変な作業だ。
先端部分には数m四方の広場も作るんだからね。
まだ石組みだけだが、その石組みの中にたくさんの石や砂を入れねばならない。広場作りよりも時間は掛かるだろうから、その前にもう1本木の桟橋を作ろうと考えているみたいだ。
「ところで畑はどうなってるんだ?」
「葉物が育ってきましたよ。まだ収穫はできないとトーレさんが言ってました」
「何とかなるみたいだな。だが毎朝水を掛けているようでは、真水が足りなくなるぞ。畑用の水場も作った方が良いだろうな」
それは俺も考えていたところだ。適当なくぼ地を作って、防水塗料を塗った帆布を敷けばできるように思えるんだよね。
トリマランの屋根ほどの大きさの帆布があれば雨水を集めるのも容易だろう。
待てよ……。切り倒した丸太で木枠を作っても良さそうだな。
食料を運んできたときに被せていた帆布がかなり大きいから、あれで作っても良さそうだ。
「帆布が2枚あれば畑用の水場を作れそうです。丸太で木枠と簡単な屋根をを作りますから手伝ってください」
「早めに作れるならその方が良いな。構わんぞ」
「だが、やはり大きな貯水池が必要になるってことだな。ナギサは岩場を考えているようだが、大きく作れるのか?」
「耕作地への導水を考えると、ある程度の高さに作る必要があります。俺達が利用するには、濾過が必要でしょう。貯水池から濾過器へ水を流し、濾過器から石の桟橋辺りに水を流すようにすれば、船の水槽への補給は、氏族の島のように行うことができるはずです」
いろいろとやってみなくてはならないだろうな。
濾過器の能力も問題だし、水を流し続けるわけにもいかないだろう。水道の蛇口のような代物を商会が扱っていると良いんだけどねぇ。
「ナギサの方は面倒だな。やはり俺達は石積の方が合ってるよ」
「そうでもねぇぞ。これからが大変だからな。ナギサの話では広場から石桟橋が良く見えるってことだ。畝っているような桟橋を作ってみろ。一生涯、物笑いの種にされそうだ。一生どころではねぇかもしれねなぁ」
「子供や孫にも誇れるようにするんだぞ。カルダスの話は冗談ではないからな」
オルダンさんまでガリムさん達を脅かしているけど、そこまでひどいことにはならないと思うんだけどなぁ。
思わず仲間達と顔を見合わせているから、バゼルさん達が笑い声をあげている。
とはいえ冗談のようで冗談では済まされないってことなんだろう。
それを考えれば、広場は大きく作れば良いだけだし、値を掘り出すのは突かれるだけだからなぁ。
こっちの方が気楽で良いのかもしれない。
「夕食にゃ!」
トーレさんの元気な声とともに、タツミちゃん達が料理を皿事運んできた。
俺達にたっぷりと炊き込みご飯を乗せて渡してくれたけど、今夜は野菜の茎と燻製の炊き込みご飯のようだ。スープには茎を取った野菜とガリムさん達が突いてきたブラドの切り身が入っている。
少し辛めのスープだが、ご飯と一緒なら問題ない。
「たくさんあるにゃ。明日も頑張るにゃ!」
炊き込みご飯は大好きだから、思わず笑みがこぼれる。お代わりができるのは良いことに違いない。
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畑用の水場作りに2日掛かったのは、木の枠に合わせてトーレさん達が帆布をきちんと張り付けることにしたからだ。
俺達のやってる姿を見て、手が出てきたんだよなぁ。よほど不器用に見えたにちがくぃない。
その間に4本の柱を立てて帆布の屋根を作ったんだから俺達が黙ってきていたわけではないし、バゼルさんは器用に水槽の蓋を竹を編んで作っていたぐらいだ。
完成したところで、皆で満足そうに見入ったぐらいだから、出来栄えは良いということになるのだろう。
問題は雨だな。今日も降らないのかもしれない。
「後は雨を待つばかりだな。明日からは広場を広げながら木の根を撤去するぞ」
「バゼルの方も大変だな。俺達の方は、ようやく突先の広場の土台に掛かったところだ。まだまだ先が見えねぇなぁ」
夕食後再び焚火に集まり、ココナッツ酒を酌み交わす。
毎夜のことだが、だいぶ酒に強くなってきたんじゃないかな。今では2杯目が飲めるようになってきた。
「それで、魚の方は?」
「かなりこの島に近づいているな。と言っても根魚はまだだ。カマルの群れが通り過ぎるのを見かけることがある。ロデニルはまだまだだ」
底物は餌となる生物がいなければ定着しないからなぁ。
サンゴだって全くないんだから、生態系が回復するのはまだまだ先ってことになるんだろう。
人工的に、生態系の回復を早める方法もあるのかもしれないが、生憎と俺の知らない知識だ。
待てよ……。テレビでサンゴ礁の復活させる番組を見たことがあった。
小さなサンゴを海中に沈めていたようだが、同じことをこの海で行うことは可能かもしれないぞ。
「バゼルさん。サンゴを切り取って、この海の岩の割れ目に差し込むことは、氏族の風習に逆らうことになりますか?」
「急な話だな……。サンゴを折るというのは感心しないが、全くないわけではない。
航行の邪魔になるサンゴ礁を丸ごと撤去したこともあるそうだ。それに、俺が死んだ後は火葬にして子供達がサンゴに穴をあけてその中に骨を埋めてくれる」
「軽はずみな行動をしなければ問題ねぇ。錨がサンゴに引っ掛かることだってあるからな。アオイの考えはサンゴをこの海に戻そうってことだな? 俺には何の問題もねぇと思うんだが?」
3人が顔を見合わせて、小さく頷いたってことはやってみる価値があるってことだろう。
「生きてるサンゴを海から上げて、土台にするわけじゃねぇからな。俺も賛成だ。アオイ様達は航路を作るためにサンゴを別の場所に移したと聞いたことがあるぞ。
もっとも、そんな面倒なことをしていたのを見て、神亀がサンゴ礁そのものを破壊したらしい」
「その話は俺も聞いた。神亀すら我等を案じてサンゴ礁を破壊することがあると長老も言ってたな。
今回はオルダンの言う通り、生きてるサンゴを殺すことにはならないはずだ。サンゴの端っこを少し折り取ってくるだけで済む。
ガリム、魚を突く間に手カゴ2つ分ぐらい集めてこい。入り江は広いからな。結構大変だぞ」
石組班の仕事が増えてしまった。
恨めしそうに俺を見てるんだけど、うまくいけば入り江でも魚を突けるんだから、やってみるべきだろう。
「バゼルさん。先ずは俺達でやってみませんか? しばらく潜ってませんから、素潜りを忘れそうです」
「そういえば、ずっと島での仕事ばかりだったな。先は長いんだ。3日程気晴らしに潜ってこい」
「確かに3日も潜れば十分だろう。ついでにオカズを突いてくるんだぞ。出来ればブラド以外を突いてこい!」
ちょっとした気晴らしになりそうだ。もっともその間にたくさんサンゴを集めなくちゃならないんだけどね。
しばらく銛も使ってなかったから錆びてるんじゃないかな。
早めにトリマランに戻って銛を研いでおこう。
トリマランの甲板で銛を研いでいると、タツミちゃん達が帰ってきた。
3人でお茶を飲み始めたところで明日の予定を話し始めると、2人の目が輝きだした。
「しばらくぶりで銛が使えるにゃ! ブラド以外ならバヌトスぐらいは何とかなるにゃ」
「ロデニルも捕まえるにゃ。大きいのがいるに違いないにゃ」
2人で盛り上がっている。
サンゴの切れ端を集めるのは俺の仕事になりそうだ。
それでもカゴを準備してくれてるから、本来の目的も忘れてはいないようだ。
「早めに寝るにゃ。明日はすぐに出掛けるにゃ!」
「それほど遠くに行かないよ。日が傾く前には戻りたいからね」
トリマランでなら1時間も航行すれば20km先まで行くことができる。
さすがにその辺りなら魚もサンゴも他の海域と変わらないだろう。
なるべく種類を多く採取したいところだ。変化があればあるほど豊穣の海になるに違いない。
翌日。日が昇る前にタツミちゃん達は朝食の準備を始めたようだ。
朝日を浴びながらの朝食は久しぶりに感じる。
桟橋の反対側にカタマランを停めたガリムさんが甲板に出てきたのを見て、一緒に朝食後のお茶を飲む。
「出掛けるのか? 西に向かって3つほど行ったところで石を集めてるんだが、サンゴはまばらだったな。その先、できれば5つほどで集めたほうが良いぞ。
久しぶりに漁をするんだから、無理はするなよ。父さんのブラド以外ってのは無視すれば良い。だが、期待はしてるからな」
俺の肩をポンポンと叩いて、自分の船に戻っていった。
5つ先の島か……。やはり異変は広範囲にわたっていたということになるんだろう。
さて、そろそろ出かけるか。
タツミちゃん達がそわそわし始めたからね。
「出発するぞ! ロープを解いたら合図するからね」
「分かったにゃ!」
2人が操船櫓に登っていく。俺も腰を上げトリマランを留めてあるロープを解きに向かった。




