N-036 将来設計
西の漁場に出掛けたリードル漁は、ほぼ予想通りにどの船も20個以上を集めたようだ。西も東も同じならばと、長老達の出した結論は、西の漁場を2日間オウミ氏族に開放するとの事だった。
あまり欲を張らずにネコ族全体を考えたみたいだな。
トウハ氏族の立ち合いと、立ち合い者に1人3個の魔石を要求する条件は、漁場があくまでトウハ氏族の物だという事にしたいらしい。
精々動力船が1隻だろうから、100個以上の魔石が取れれば問題の無い条件と言えるだろう。
俺達のとっても漁場が2つあると言うのは、万が一の事を考えれば都合が良い。
「全員が金貨を手にしたようだな。カイトの3枚には達しないが、高位魔石が金貨1枚とは皆が驚いたぞ」
「でも、高位魔石は初めてではないはずです。普通はどうやって手に入れるんですか?」
そんな俺の疑問に答えてくれたのは、少し日が経ってからだった。
エラルドさんも疑問に思って長老に確認したらしい。
その答えは、ナンタ氏族の漁でまれに手に入るらしい。
「大きなヒトデだそうだ。棘の着いたヒトデがサンゴを食べると聞いたぞ。そのヒトデに、稀に高位の魔石が入っているとの事だが、この辺りでは小さいのがたまに見掛けるだけだな」
オニヒトデのようなヒトデなんだろうか? 大きさが1FM(3m)にもなると言ってるから、採るだけでも大変なようだ。それに必ず魔石を持っているとも限らないしね。
「だが、あの大きさのリードルを獲るとなるとやはり問題だな。俺達のリードル用の銛では小さすぎる」
「単純に大きくしても良さそうですよ。試しに銛を作ってみます。次のリードル漁で試せるでしょう」
1匹で金貨1枚は魅力的だからな。一回り大きな銛を作ってみよう。
だけど、この調子で稼げれば早い段階で新しい船を作れそうだ。
今夜から皆の意見を形にしてみるか……。
夕食の後、甲板の真ん中に木箱をテーブル代わりにして、俺の案を紙に書いたものを皆に見せて意見を聞いた。
形は、横幅1.8m、長さ12mの細長い船を2隻横に繋いだカタマラン型だ。間を2.4m開けて接続するから、横幅は全体で6mにもなる。
この上に横幅4.5m、長さ4.8mの小屋を建てる。後部の甲板は5.4mだ。舷側と小屋の前に60cm程の回廊が出来る。船が大きいから、周囲を歩けないと不便だからね。
小屋の屋根はやや前下がりで2重天井になる。これは干物用のザルを収納するためと、銛を収納するスペースになる。
甲板の右にカマドを作り左には小さな櫓を置いて操船用の器具を置く。小さなベンチを作れば座ったまま舵輪を握り前方を見ることができる。もっとも櫓に上がるのに小さなハシゴを上らないといけないが、櫓の高さが1.5m程だから危険性は無いだろう。
屋根越しに前を見るから、小屋の天井はどうしても低くなる。精々1.5m程だが、寝るだけだからね。
床下収納は左右の船の胴に作る。甲板のには、イケスと保冷庫を左右に作れば丁度良い。
最大の問題は駆動方法だ。
左右の船に魔道機関を据えてスクリューを回すのだが、出っ張り部分を作りたくないから船に垂直に取り付けてベベルギアで回転方向を90度変える事によりスクリューを回す。
船外機みたいな感じになるが、シャフトを短く出来るから都合が良いだろう。後部が50cm程高くなってしまうのは、今の船と同じようにベンチにすれば良い。
ザバンは船の間に入れて引いて行けば邪魔にはならないだろう。曳釣りも後ろの水車が邪魔にならないしね。
そんなカタマランの形を見て、3人が首を傾げてる。
「変わってるにゃ。甲板が低くても波を被らないのかにゃ?」
「カマドが2つなら問題ないにゃ!」
「操船で前が見えるのは良いんだけど、ちゃんと動かせるかにゃ?」
基本的に問題は無いらしい。とにかく変わってるけど、注文通りではあるんだよね。
「1年暮らしたけど、海が荒れた時は無かったよ。これでも海面から1m以上あるから、布団が濡れる心配は無い。それに喫水はそれ程無いんだ。直接砂浜に着けられるぐらいだよ」
今度の船には甲板に屋根がない。小屋の屋根から天幕を広げてロープで固定するターフのようなものを考えてる。
それに、操船櫓の1つの柱を太くして簡単なクレーンを付けるつもりだ。腕木がスイングして先端に滑車付きのフックを取り付ければ大物を上げるのに苦労しないで済む。
小屋の壁にも棚や、引き出しを作っておくから、収納には困らないだろう。水の容器や野菜などの保冷庫、食料の貯蔵庫は左右の船に振り分けておけば良い。
「何か付け足すものがあれば、色々書き込んでほしいな。これを商船に説明すればおよその金額が分かるだろうから、後はそれを目標に稼げば良いだけだ」
「分かったにゃ。今の船と比べてみるにゃ。それで、こっちの画は?」
「それは、今度商船が来たら、作って欲しいものだ。大型のリードルを獲るのには、今の銛では細すぎる。次の漁期までには作っておきたいからね」
「2本にゃ。了解にゃ」
今使っているリードル漁の銛はエラルドさんに作って貰った銛だ。銛の先端は小指程もある鉄の棒で、先端を叩いて整形してある。
俺が作ろうとしている銛は、先端の鉄の棒の太さが親指程もあるものだ。
整形するにしても大まかな加工はドワーフの職人にして貰った方が良い。最後はヤスリと砥石の世界だから、それは俺でも出来そうだ。
銛用の柄も切り出さないといけないな。明日にでもジャングルに行ってみよう。今からなら十分乾燥させることができそうだ。
リードル漁は緊張の連続だ。魔石を取り出すサリーネ達も同じに違いない。
数日は漁を休んでのんびり過ごす。
それでも、3日も経つと、例のごとく俺の船に皆が集まって来る。
やはりジッとしてはいられないみたいだな。
「次は何を狙うんだ?」
「暑くなってきましたから、素潜りで銛を突きたいですね」
「だな。俺もブラド漁には賛成するぞ!」
ラディオスさんとラスティさんが嬉しそうにパイプを取り出してタバコを詰めはじめた。俺も取り出したところに、ライズが炭火を持ってきてくれた。
一服を始めると、今度はお茶が出て来る。
ありがたく頂いているけど、小屋の中ではメリルーさんとオリーさんを交えてすごろくをしている声が聞こえて来る。
親同士のつながりがあるから、姉妹同様に付き合っているようだ。俺達も同じように義兄弟の付き合いだ。
「エラルドさん達はどうするのかな?」
「俺達はブラカを獲るんだ。お前達も来るか? 動力船を持ったなら、ブラカは必要だぞ」
よいしょ! っとエラルドさんとバルテスさんが俺の船に乗って来た。小屋から、ひょこんとリーザが顔を出して、いそいそとお茶を用意している。
「ブラカとは初めて聞きますが、どんな魚ですか?」
「魚じゃなくて、巻貝だ。父さんが出漁時に吹いてる貝だよ」
俺の問いにラディオスさんが答えてくれた。ラスティさんもうんうんと頷いているのは、ブラカが必要だというエラルドさんの言葉に納得しているんだろう。
ほら貝って事だな。確かに俺も吹きたい気分だ。
作り方は教えて貰えそうだから、行ってみようか? サンゴ礁や岩場にいるんだろうから、ブラドを突きながら探しても良さそうだ。
「ブラカは群れることは無い。サンゴと岩場が混ざったような場所にいるから、動力船で少しずつ移動しながら漁をする。浮きを作っておけよ。動力船からロープで引けば、浮きに掴まって移動できるからな」
出発は明後日という事で準備が始まる。
作るのは浮きなんだが、直径20cm、長さ50cm程の円筒形のカゴに枯草を詰め込んで表面を布で覆ったところに、ゴムの樹液を縫って固めたものだ。2度塗りして固めたところにロープで縛り、再度ゴムを塗って最後に塗料を塗る。ゴムの樹液だけでは表面がねばねばするらしい。
ロープは30m程の長さだ。舷側に先端がY字になった5cm程の柱を横に縛り付け、ロープを通し、ロープがY字から落ちないように針金で補強しておく。
こうすれば動力船から引く浮きの距離を変えられるし、浮きを掴めばロープを甲板から引いてもらえそうだ。
結構、漁具の量が多くなってきたな。次の船を作る時はそんな漁具を仕舞い込む場所に付いても考えねばなるまい。
出発の前日にラディオスさんが4日程の漁になると教えてくれた。漁場まで1日、漁が2日と言う感じだな。
翌日、朝早くに俺達は漁に出発する。船団は10隻だが、いまだにくじ引きをしてるんだろうか? それ程同行者が大漁に恵まれてはいないような気がするんだが……。
「北に進んでるにゃ。こっちはまだ漁をしてないにゃ」
「そうだね。だけど、周囲の景色はどこも変わりが無いように思えるな」
「それでも少しずつ島の形やジャングルの木々が変わってるにゃ。氏族の島から5日位にある島は覚えないといけないにゃ」
GPSがないからそうならざるを得ない感じだな。
海図はあっても、参考程度だから島の特徴を、サリーネ達が色々と手書きしているようだ。大きな岩が東にあるとか、入り江が西にあるとかが書かれているから、長く使えば十分に現在位置を簡単に見つけられるのかも知れない。
俺も覚えようかと思っていたが、海図で航海するのは女性の役目らしい。男は漁場周辺の状況と海の中を知っていれば良いと言われたけど、それだって海図に記録した方が良いように思えるな。
航行中の俺の仕事はほとんどないから、大型のリードル漁に使う、銛を作る事にした。
まだ生木だが、整形位はしといた方が良いだろう。
銛先の鉄棒を入れる穴を柄の先端に付けるのだ。銛先の長さは1m。柄には30cm近く埋め込まねばなるまい。
先端に十字の線を描き、ゆっくりと丁寧にノコギリで柄の長手方向に切れ目を入れていく。およそ5mm程の幅に十字を作るのは結構難しい。真っ直ぐに切れ目を入れないと、柄と銛先が同一線上にならないからな。
商船の職人に作って貰った銛先が緩く入れる位に中心部をもう1本の銛先をノミ代わりにして削っていく。先が平らな方が作業がしやすいな。工具として持っていても良さそうだ。
作業が終わったところで、小屋の軒下に吊るしておく。乾燥過程で反るような事があれば、重しを付けて修正すれば良い。次の漁期まで半年近く余裕がある。




