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N-035 大きなリードル


 リードルを焼く炉は砂を少し掘っただけのものだ。小さな焚き火を作ってお茶を皆で飲む。

 焚き火のすぐ横に細長い砂山を作り、丸太を横にしてある。そこにリードルを差した銛を並べるのだろう。

 そのわきには先がY字になった長い棒が置いてある。Y字の部分に石がくくられているから、それで殻を割るんだろうな。

 順序良く道具を並べているから無駄な動きをしないで済むし、それだけ安全に作業が行えるという事だ。


「後3日で、いつもの漁場でリードル漁が始まるけど、ここにも集まってるんだろうか?」

「たぶんな。明日、ザバンで調べてみよう。箱メガネを借りてきた」

「俺も1つ持ってますよ。2つあれば広範囲に調べられます」

 お茶を頂きながら、明日の仕事の分担が決まる。


 だが、その必要が無いことがその夜に分かった。

 夕食を終えて、パイプを咥えて海を眺めていた時だ。月光に照らされて海面を漂うものに気が付いた。

 その数がどんどん増えていく。まるでクラゲのようにも見えるが、海に投げ込まれた座布団が漂うようにも見える。


「ラディオスさん、あれが分かりますか!」

 僚船に向かって大声を出すと、ラディオスさんもベンチの上に乗って海を見ている。

 今度は、隣の船に呼びかけてるぞ。


「カイト! あれがリードルの海渡りらしいぞ。父さんも見たことは1度あるだけらしい。明日は朝から漁だと言ってる。カイトも準備しとけ」


 いつの間にか俺の隣に3人の嫁さんも海を見ている。

 滅多に見る機会が無いんだろうな。不思議な面持ちでジッと海を眺めてるぞ。

「明日は忙しいぞ」

「大丈夫にゃ。皆で手分けして仕事をするにゃ」

 互いに顔を見合わせず、目は海面に漂うリードルの群れを眺めていた。


 あくる日、朝食を済ませると、ご飯の残りとスープの残りを背負いカゴに入れて、3人を岸まで運ぶ。2回目に銛を3本ザバンに括り付けておいたから、リーザ達を岸に上げたところで、直ぐに沖に漕ぎ出した。

 すでに俺より前を漕いでいる男達もいるぞ。遅れないようにしないとな。


 岸から100m程離れたところで装備を整えた。

 ザバンに積んである箱メガネで海中を覗くと、砂泥にたくさんのリードルが動いている。

 水深は、10mは無さそうだな。潮の流れはあまりないからザバンを流されることも無さそうだ。

 直ぐに自分のザバンが分かるように舳先に赤い紐を巻き付けてある。ちょっとした工夫だけど、海面に出て自分のザバンを探すのは結構骨の折れる作業なんだよな。


 水中眼鏡を掛けてシュノーケルを咥え、銛を1本外した。

 ザブン! と海に飛び込んで、息を整えると一気に海底にダイブする。

 銛を抱え、ダイブの勢いを借りてリードルの殻の付け根に銛を突き差した。

 そのまま、柄を持って海面に出ると自分のザバンを探す。あまり移動していないから直ぐに見つかった。

 ザバンに泳いで行くとリードルの刺さった銛を舳先に括り付ける。銛を受ける溝を舳先に削っておいたから、そこに柄を掛けてザバンの舷側を支える横木に引っ掛けておけば落ちることは無い。念のために革紐で縛っておけば安心だ。

 2本目の銛を手に、再度ダイブする。

 2匹目を先の銛と同じように舳先に縛ると、急いでザバンに乗り込んで島に漕いで行く。


「遅かったにゃ。カイトが最後にゃ!」

「悪い悪い。とりあえず2匹持ってきたぞ」

 そう言って、最初の銛を焚き火にかざした。直ぐに2匹目の獲物が付いた銛を持ってくる。

 2匹を運んで来たのに驚いてるけど、直ぐに次の獲物を獲りにザバンを漕ぎ出した。

 数回獲物を運んだところで、小休止をとる。

 漁は始まったばかりだ。なるべく体力を温存しながらリードルを突こう。


「銛を3本持ってきたのか? なるほど考えたな」

「少し銛先を工夫してみました。ブラド突きとリードル突きは少し違いますからね」

 そんな俺の言葉を面白そうにエラルドさん達が聞いている。


「ここでリードル漁をしても良さそうだな。中位の魔石を手に入れたぞ」

「俺もだ。だが、少しリードルが大きくないか?」


 ラスティさんの言葉に俺も頷いた。確かに一回り大きい。それに模様が際立ってる物が多いのが特徴だ。

 単に濃い模様だけなら低位の魔石で、際立ってるなら中位の魔石って事になるのかな?


「模様が濃くてはっきりしてるのが良いにゃ! カイトは中位を3個手にしてるにゃ」

 皆にジロリと見られてしまったぞ。

「前にもそんな話を聞いたな。要は、目立つ奴だな」

 グラストさんが簡単にまとめてくれた。まあ、確かにそんな感じの奴を突いてはいるんだけどね。


 そんな漁が2日続き、3日目に潜った時だ。あれほどいたリードルの姿が半分以下に数が減っている。

 不思議に思いながらも、海底にダイブすると、大きなイモガイがのそのそと海底を這っていた。

 まるで浮き出すように黒い模様が入っている。殻の大きさだけで50cmは超えてるぞ。


 殻の2倍が危険範囲ならば銛の柄尻辺りを握っていれば刺されることは無いだろう。勢いよく水を蹴って、腕の力を込めて殻の根元に深く突き差した。

 引き上げようとしても直ぐには動かない。フィンの力を借りてどうにかだな。一旦、ザバンに上がって、もう1本の銛を同じように突き差して2本を束ねてザバンに持ち帰った。先ずは俺がザバンに乗り込んで2本の銛を持って舳先にリードルを固定する。

 島に戻っても、いつものように持ち上げる事も出来ない。

 ずるずると引きづりながら、焚き火に持ち込んだ。


「何にゃ!」

「大きいのがいたんで、持ってきたんですが……」

「ゆっくり焼くにゃ。小さいのを何度も取った方がたくさん獲れるにゃ」


 ビーチェさんの言葉は、小さい子供に言い聞かせるような感じだな。

 確かに大きいからといって大きな魔石があるわけじゃない。魔石の大きさはほぼ一定で直径3cmほどだからな。

 とりあえず、焚き火に乗せるのを手伝うとザバンに戻って次の獲物を探すことにした。


 日が傾いたところで、俺達は島の一角に集まった。

 どうやら、この漁場でのリードル漁が終わったらしい。


「明日は、全くいなくなるだろう。群れは西に向かったようだな。もう少し早めに来るんだったが、中位の魔石が結構取れたから西に向かった連中よりは大漁って事だろう」

「俺も6個手に入れたぞ。だが、カイトは高位を手に入れてる。高位を見るのは初めてだが、あの透明感なら間違いねえな」


 あの大きなリードルには高位の魔石が入っていたらしい。それだけでどの位の値が付くかはグラストさんにも分からないらしい。


「高位の魔石はグラトンというヒトデがたまに持っているらしい。ナンタ氏族がたまに手に入れるだけだったんだが、あの大きなリードルにもあるとなると、上手い取り方を考えねばならないな。銛を2本使ってようやく動かせるとなればちょっと問題だな」


 とは言え、次の漁期までには時間がある。ゆっくり考えれば良いだろう。

 期間が短かったが、20個以上の魔石を手に入れたんだから、この漁場はトウハ氏族の新しい漁場になるだろう。俺達だけの秘密の漁場だ。


・・・ ◇ ・・・


 俺達の船団が氏族の島に帰って来た時には、ガランとした入り江だった。

 まだリードル漁に西へ向かった連中は帰ってこないようだな。

 俺達から低位の魔石を1個ずつ受け取って、エラルドさん達が長老に報告に向かった。

 残った魔石は次にやって来る商船に売れば良い。サリーネ達も欲しいものがあるに違いない。高価でなければ買ってあげたいな。

 

「サリーネ達は欲しいものがある?」

「急に言われても……、そうにゃ! 新しい水着にサンダルが欲しいにゃ」


 この気候だからな。服よりは水着って事になるようだ。サンダルは何時もごついのを履いてるから、軽いものが欲しいんだろう。


「魔石を商船に売った時に買って良いよ。俺は釘と塗料が欲しいな」

 リーザ達が喜んでる。でも、あんなに頑張って魔石を集めたんだからな。それ位はしておかないとね。

「3年もすれば大きな船が手に入りそうにゃ。少しずつ考えとかないといけないにゃ」

「父さんの船より大きい方が良いにゃ」

「部屋も2つ欲しいにゃ」


 色々とあるんだろうな。だけどトウハ氏族の動力船の小屋は1部屋だぞ。2部屋もいるのかな?

 横に平べったい船が良さそうだ。カタマランで作ろうか? 問題は水車をどうするかなんだが……、軍船は外輪船ではなくスクリューを使っているようだった。スクリューで作ってみるか?

 漁船と住居を兼ねなければならないし、喫水だって浅く作る必要がある。

 海中への出入りや、ザバンの搭載方法も考えなくちゃならない。確かに、早めに検討しといた方が良さそうだ。


「新しい船に絶対必要な物って何かある?」

「カマドが2つ欲しいにゃ。1つだと不便にゃ」

 サリーネが即答したところをみると、相当不便らしい。

「操船は高いところでやりたいにゃ。前が良く見えないにゃ」

 リーザの提案にライズも頷いている。

「なら、商船が来たら、紙と筆記用具を買ってくれないかな。皆で少しずつ次の船を考えよう。形が決まったら、商船に値段を交渉できるだろうしね。それで、何時ごろ手に入るか見通しが立つよ」


 ラディオスさん達も考えてるのかな?

 意外と、エラルドさんが乗っていたような大型船を手に入れようとしてるのかも知れない。でも、漁がしやすいように改造する箇所は結構あるんじゃないかな。

 オリーさんと相談してるのかも知れないぞ。今度会ったら聞いてみよう。


 夕食後に、いつものように男達が俺の船に集まって来る。

 今夜は魔石の大漁を祝って、嫁さん連中も一緒だ。3隻の船のカマドを使って料理を作っているのだが、香ばしいにおいがプンプン漂ってくる。


「いやあ、たくさん取れたな。あれだけ中位の魔石が取れるんなら、あの漁期で十分だ。取りすぎってのも良くないぞ。漁期は3日で十分だ」

「西の連中がどれだけ魔石を持ってくるかだな。それによっては西を目指す連中も出て来るだろう」


「確かにな。だが、長老は西の漁場はオウミ氏族の分派に開放しても良いのではと考えているようだ。オウミ氏族のリードル漁場は規模が小さい。俺達の半分も取れないらしいからな。3つに分派したことで、王国へ上納する魔石を増やされたようだ」


 各氏族とも、他の氏族が漁をする場所を荒らすことは無い。俺達は東に移動はしているが西に3日の距離は俺達の漁業区域になる。西のリードル漁場はぎりぎり俺達の漁場に入るのだが……。


「期日を区切るのも一つの手だな。だが、東でこれだけの魔石が手に入るなら、西を手放すと言うのもネコ族全体を考えれば良い事なのかも知れんな」

 千の島に暮らしているのは俺達だけではないって事だな。

 自治領として認められているのは、水の魔石を大陸に滞りなく供給しているからに他ならない。

 氏族単位で上納しているから、氏族が分派した事でオウミ氏族は今までの3倍の魔石を上納しなければならなくなったのかも知れないな。

 それを西の漁場を明け渡すことで対処しようと言うのだろうか?

 そんな事になるなら氏族を分けようとしなければ良いのにね。



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