N-026 族長会議のうわさ
この辺りのは乾季と雨季の2つの季節があると聞いていたが、乾季と言えども雨は降るらしい。
うだるよな暑さの中。素潜りでブラドを突いていた時だ。
遠くに見えた入道雲が段々と近付いて来たので、俺達は急いでザバンを動力船に繋ぎ、近くの島の入り江に避難した。
どうしていいか分からない俺にも、皆の後を突いて行くぐらいの事は出来るし、サリーネ達が経験しているのもありがたい話だ。
「嵐が来るにゃ。風が出て波が高くなるから島の入り江に一時避難するにゃ!」
動力船を全速力で走らせアンカーを投げ入れる。屋根が飛ばされないようにロープで幾重にも張り巡らせていると、風が強まって来た。
沖を見るとなるほど波が高まっている。いつもなら数cmにも満たない波が風で大きくなっている。それでも30cmは無いんじゃないかな? とはいえ、外輪船にはきつそうだ。
風は南西から吹いて来る。風上を見ると、滝のような雨が近付いて来るのが見えた。雨が近づくと島すら見えなくなるほどだ。
リーザが水瓶のような容器と鍋を甲板に並べている。ちょっとした水道ってわけだな。雨水は天然の蒸留水だから、沸かさずに飲めると聞いたことがあるぞ。
容器を紐で簡単に固定してるのは船が波で揺られているせいだろう。
全員が小屋に入って入口の扉を閉める。めったに閉めないんだが、あの雨だからな。吹き込んで来たら、たちまち水浸しになりそうだ。
舷側の扉を少し開いて成り行きを伺っていると、突然バタバタと言う雨音がしたかと思うと、ゴオォォ……という雨音に変わった。
バタバタで窓は閉めといたけど、とんでもない雨だな。雨季の豪雨の上を行くぞ。
しかし、ものの10分程度でぴたりと雨音が納まった。
リーザが恐る恐る窓を小さく開けて外を見ている。
「終わったにゃ! 西は晴れてるにゃ」
その言葉に俺達は顔を見合わせて、甲板への扉を開いた。
東の空に虹が出てるぞ。
しばらく、虹を眺めて……。さて、これからどうするんだ?
水瓶や鍋にはたっぷりと雨水が溜まっていた。カマドは屋根の下だし、一応、板を乗せていたから雨水の侵入は防げたようだ。
サリーネ達がお茶を沸かし始めたのを見て、とりあえず屋根に張り巡らしたロープを解いて甲板に邪魔にならないように干して置く。
太陽が出て来ると、甲板はたちまち乾いて来る。
雨前のうだるような暑さが、一気に和らいで涼しい風が海上を渡って来る。
これなら、今夜はぐっすりと眠れそうだ。
ベンチに腰を下ろし、パイプにタバコを詰めていると、ライズがお茶のカップを渡してくれた。
「今日は、漁は終わりにゃ。明日、頑張れば良いにゃ」
「そうだな。後でおかずを釣ってみるよ。入り江で一晩過ごすなら、久しぶりに夕食は豪華にしたいからね」
俺の言葉に頷いてるところをみると、簡単な食事に飽きてたんだろうな。
直ぐにお米を研ぐ準備を始めたようだ。残ったご飯を氷で冷やしておけば明日の朝も食べられるんじゃないかな。
あちこちの船でも甲板でくつろぐ姿が見える。
向こうの船で釣竿を出したのはラディオスさんだろうな。皆考える事は同じらしい。
翌日は朝からカンカン照りだ。今日も暑くなりそうだな。
昨日のご飯を使って焼き魚入りの雑炊を食べて、一日素潜り漁を行う。
ザバンの操船は3人が交替しながら行っているが、どうやら水浴びを兼ねているようだ。甲板には屋根が付いていても、こうも暑くてはひっくり返りそうだからな。
そんな暑さにも負けないで、俺達の漁は続く。それでも精々6日位の行程だ。
年2回のリードル漁がそろそろ近付いているらしい。
エラルドさんから聞かされる長老会議の様子も気になりだした。
「困ったことになったぞ。ネコ族の全体会議があるのだが、どうやら俺達の氏族が1つ増えるらしい」
いつものように、俺の船に集まって来た男達を前にしてエラルドさんが難しい顔をして話を始めた。
どうやら、ネコ族は5つの氏族を作ってそれぞれ暮らしているらしい。
その中の、オウミ氏族と呼ばれる千の島の中央付近にいる氏族が、2つに分かれるという事だ。
「氏族が増えるのは良い事だが、それが及ぼす影響は大きいだろう。数日中に、軍船がやって来て長老を2人乗せていく。族長会議がオウミ氏族の島で行われるのだ」
ネコ族は、水の魔石を安定供給している事で自治権を持っている自治州だ。氏族が増えれば上納される魔石の数も増えるから王国側は喜んでいるに違いない。軍船を派遣して会議の招集までお膳立てしてやるという事は、ある意味出来レースに違いない。
「たぶん俺達の氏族は、この島を離れて東に移動することになりそうだな」
「昔、俺達もそうやってトウハ氏族を作ったと長老が話してくれたぞ」
「200年も昔の話だ。俺達の氏族によって移動した氏族はない。だが、中央部にあるオウミ氏族が2つに分かれるとなると、周辺の氏族が全て影響を受けそうだ」
バルテスさん言葉にエラルドさんが諭すように教えてくれた。
となると、俺達は更に東に移動することになるのだろうか?
「もしも、東に移動するとなると、商船の来訪頻度が問題になりそうだ。更に海賊の危険性も高まって来る。この辺りは、王国の動向も気になるところだ」
「海賊は商船を狙うのさ。俺達はそれ程金を持ってないからな」
「だが、リードル漁の前後は危険だな。対策も考えないといけないだろう」
海賊と聞いて心配そうな顔をしたんだろうか?
ラディオスさん達がエラルドさんの話に補足して教えてくれた。
「まあ、心配していても始まらん。移動するにしてもリードル漁の後になるし、部族会議いかんではこのままという事もあるからな」
そんな話を聞いて、少しホッとした気分になる。
先ずは、目先の事を考えねばなるまい。リードル漁は5日後になるそうだ。
・・・ ◇ ・・・
5日後にリードル漁に出掛けて、前回と同じ位の魔石を手に入れた。今回は最初から模様のあるリードルを皆が狙ったことから、最低でも20個近い魔石を手に入れている。俺も26個を手に入れて、その内4個は中位の魔石だった。
リードル漁を終えて帰って来たのだが、長老の2人はまだ帰っていなかった。
部族会議がもめているのだろうか? 俺もトウハ族の一員だからな。ちょっと心配になって来たぞ。
それでも、魔石を売って氏族に2個分を上納する。
次は、雨季の明けた時だな。雨期明けの方がたくさん獲れたような気がするけど、リードル漁に参加した者達は前期と同様の魔石を手にして喜んでいるみたいだ。
問題があるとすれば、今期のリードル漁で新たに船を作る者がいなかったらしい。俺達の時に皆が作ってしまったようだ。来期になれば少しはいるんだろうけどね。
いつものように俺の船の甲板で男達が酒を飲んでいる。
リードル漁が豊漁だったから、いつもより上等の葡萄酒を、真鍮の酒器でちびちびと飲んでいる。
「やはり、次の漁は長老の帰島を待ってからになるな。すでに5日が経過している。そろそろ帰って来ても良さそうだ」
グラストさんの言葉にエラルドさんも頷いて同意を示してる。俺達は顔を見合わせるばかりだ。
だが、どこにトウハ氏族は向かうんだろう。この島は入り江が大きくて、水場だって整備されている。同じような島を探すのは苦労するぞ。
「グラストが出掛けるのか?」
「出来ればカイトも連れて行きたいところだ。聖痕の加護に期待したいな」
グラストさんが俺を見て、酒を掲げた。
「長老に世話役、年寄りを5人……」
「それに男衆が10人は欲しいところだ。年季の入った奴も欲しいな。この島に連絡せねばなるまい」
少なくともリードル漁をした漁場までは、適当な島が無かったようだ。となると、更に東に向かう事になるのだろうか?
翌日、甲板で手に入れたガイドとリールを使って、新しいリール竿を作っていた時だ。遠くから商船よりも大きな船がゆっくりと移動してきた。
真っ黒に塗装している船は、威圧感が半端じゃない。あれが軍船なんだろう。
入り江にはいったところで、桟橋から動力船が1隻動き出し、軍船から人がハシゴで降りて来る。接近した動力船に乗り込むと、軍船はゆっくりと入り江を去って行った。
後ろにも両舷にも水車が付いてなかったな。あれはスクリューで動いているのだろうか?
動力船が桟橋に戻ると、あちこちの船から男達が姿を現し、桟橋を駆けるようにして浜の奥にある小屋を目指している。
いよいよ、トウハ氏族の将来が決まるようだな。
「カイト、長老達が帰ったそうだ!」
「ここで見てました。軍船は大きいですね」
「50人以上の兵隊が乗ってると聞いたぞ。まあ、それは置いといていよいよどうなるか決まるな」
ラディオスさんが俺の船にやって来た。
少しハイになってるのは、島を移動するのが濃厚だという噂を聞いて来たんだろう。
だけど、新しい氏族がオウミ氏族の南になるのか東になるのかでだいぶ異なるはずだ。確率から言えば半々だと思うんだけどね。
そんな俺達のところにバルテスさんとゴリアスさんがやって来た。サリーネがお茶を運んできたところに、ラスティさんまでやって来たぞ。
奥さん達も一緒に来て、小屋の中で色々話しているようだ。
「西の桟橋では、このままで良いんじゃないかと言う意見だな」
「真ん中は移動が多いぞ」
長老を集めたとなれば、何も無いという事は考えれないだろうが、移動するのが東か南かまでは分からないからな。早めにそれだけでも聞きたいところだ。
「おい! 出てきたぞ。あれは、世話役達だな」
「こっちにも来るな。ラディオス、行って聞いてこい!」
ラディオスさんがベンチから腰を上げて船を伝って桟橋に出ると、島に向かって走り出した。
桟橋の端で男達が世話役を取り囲んでいる。あっちの桟橋も同じような光景が見えるな。やはり、知りたいのは一緒のようだ。
ラディオスさんが男達の中から抜け出して、こちらに走って来る。
飛ぶように船を伝ってくると、ハアハアと息を整えて、注目している俺達の顔をぐるりと目だけで見渡した。
「移動だ。しかも東に5日以上離れることになりそうだ」
その言葉に俺達が絶句する。
リードル漁の先に移動するなんて……、そんなに離れた場所まで漁に出掛ける連中はいないんじゃないか?




