N-129 その日の為に
「やはりトリマランにするのか?」
ぽつりとエラルドさんが呟いた。
夜遅く帰って来た俺達は夕食の残りを食べると、酒器を片手に甲板で軍船に付いて話し合っている。
「今度は少し大きくします。両側の船は6FM(18m)、横幅は4YM(1.2m)で良いでしょう。中央の船は5FM(15m)です」
「前の船より1FM大きいのか? だが横幅を狭くしてもだいじょうぶなのか」
「今度の船は前よりも乗組員の数を減らせます。20人で十分です。甲板は1層ですが少し床を厚くします。武装が重くなりそうなので」
「魔道機関はリーデン・マイネと同じという事か?」
グラストさんは速度が気になるようだ。
「魔道機関は1つ上を使いましょう。魔石10個でも、上級魔石をリードル漁で手に入れられますから、それで工面したいと思ってます」
「屋根は甲板として用いぬのだな?」
「武装は全て小屋の中に設置します。大きさは、このテーブル2個分ですよ。少し重いですが効果は大型石弓の比ではありません。喫水下に2個も命中すればリーデン・マイネは破壊してしまいます」
そんな話をしながら役割分担を決めていく。船が大きくなるから双子島での制作は困難だ。場所探しはエラルドさん達が見習いに漁を教えながら行い、ラディオスさん達は船の材料を用意することになった。
基本は前回作って貰ったドワーフの職人に頼めば良いから、その後の改造用資材の調達が2人の実質の仕事になるな。
俺は、火薬作りを始める。興味本位で読んだ本から、火薬の組成比はおおよそ分かってるけど、作業の方法までは覚えていない。ある程度試行錯誤で作って行かねばなるまい。
それでも、その組み合わせで作れることが分かっているのはこの世界で俺だけだからな。何とかしなければ……。
翌日、長老2人を乗せて商船が出港していった。
ネダーランド王国との調整が上手くいくことを祈るばかりだな。
俺達も、漁場へと急ぐ。
リードル漁が近付いているから、見習い達が参加できるまでに銛の腕を上げたいらしい。
「カイトにも、リードル漁が終われば2人の見習いが付く。長老達が選ぶのに苦労していたぞ」
出港前にグラストさんがそんなことを言って俺の肩を叩いたけど、俺に教えられるんだろうか? トウハ氏族の漁の仕方とはかなり変わってるからな。
そんないつもの日々が続く。
サイカ氏族の少年達も、それなりに銛を使えるようになったとラディオスさんが話してくれた。
バルトスさんも、その話を聞いて喜んでいるのは兄として弟の技量が氏族として誇れるだけになったことが嬉しいのだろう。
『銛を打つのは簡単だ。だが、それを人に教えるのは難しい』
グラストさんが酒の席で俺達にポツリと呟いた事を、俺は今でも忘れない。
短い言葉だが頷ける事が多々あるからだ。
獲物に接近する速さ、獲物と銛の距離、獲物と銛の使い分け……。色々あるんだよな。見習いが俺に付いた時に、俺はきちんとそれを教えることができるだろうか?
とりあえずは、汎用の銛先を手に入れて見習い用の銛を2本作ったけど、これはブラドを相手に50cmまでだろうな……。
ラディオスさんは、先端の外れる銛とリードル漁の銛まで揃えてあげたそうだ。俺もブラドが突ける腕になったらそこまでしてあげる事になるだろう。エラルドさんが俺の面倒を見てくれたように……。
数回の素潜り漁を行っていると、帰島する時には豪雨に遭遇した。俺にも季節が雨季に向かっているのが分る。
空の月は上弦の半月だから、今夜の長老会議ではリードル漁の出発が決まるかもしれないな。
「カイトは長老会議に出掛けないのか?」
「ああ、まだ俺の年齢ではね。何かあれば呼び出されるだろうし……」
「俺も、それで良いと思うな。どうせ今夜はリードル漁の話だ」
いつもの若手に、見習いの4人が加わってワインを飲む。
互いの漁果を確認しながら、次の漁にどんな工夫を取り入れるかを考えるのも楽しいものだ。
嫁さん連中も小屋に集まってニャァニャァと騒いでいるから、あっちはあっちで楽しくやっているのだろう。トリマランがいつの間にか集会場になってきたようにも思えるが、この雰囲気は嫌いではない。一緒に楽しんでる方だからな。
「サイカの少年はリードルを狩れるのか?」
「2日はなんとかだな。3日目の大型リードルに手を出さなければ問題ない」
ゴリアスさんの質問に、ラディオスさんが嬉しそうに答えているのは、それだけ少年達の銛の腕が上がったとみるべきなんだろう。
サイカ氏族を離れてトウハ氏族になることだって可能なようだ。ある意味、氏族には厳密な区分が無いと言う事になるんだろうか?
ネコ族は5つの氏族のいずれかに属してはいるけど、氏族から氏族への移籍にそれほどこだわりは無いようにも思える。
とは言え、氏族によって多少の文化というか、漁の方法や、調理の仕方に違いがあるから、氏族を変えるのはかなりの決意も必要になりようだ。村から村に移り済むようなものかもしれないな。ちょっとしたしきたりや暮らしの変化がそこにはあると誰かに聞いた覚えがある。
そんな話で盛り上がっていると、長老会議からエラルドさん達が帰ってきて俺達の輪に加わる。
美味そうに酒器でワインを飲みほして、俺達に話を始めた。
「決まったぞ。5日後の朝に出掛ける。今回は特に制限がない。大型リードルを試してみろ。でないと、あれを獲るのはカイトだけになってしまうからな」
激励とも取れる話に、ラディオスさん達が頷いている。
最初の俺のやり方をまねて、銛を2本使って引き上げるらしい。上手くいけば、氏族の手にさらなる上級魔石が手に入ることになるし、それは永続することになるだろう。俺だけが獲れるというのでは意味が無いからな。
「それより、カイトの案をネダーランド王国が中々納得しないらしいぞ」
「ああ、そんな話だったな。協議は継続しているし、ネコ族はカイトの提案に賛成している。もめているのは、土地の使用範囲と俺達の自治権の及ぶ範囲だな。王国側は各氏族の島に設ける事を考えていたようだ。それに自治権の範囲と言う物に難色を示しているらしい」
そもそも相手が納得する話ではないからな。
どの辺りで妥協するかが今後の問題だろうが、交渉決裂を回避するために譲れるところは譲っておくべきだろう。
土地の使用範囲は2倍には拡大しても良さそうだし、自治権の及ぶ範囲は外輪船で3日の到達距離でも俺達の漁に支障は出ないはずだ。
今回約定書を作っても、毎年それを変更する動きが王国から出てくるだろう。
今は、王国側も戦の後始末に忙しい時期だ。魔石を取る漁に支障が出る可能性をほのめかせば、少しは折れてくれるんじゃないかな?
そんな俺の話にグラストさんは頷いている。
「カイトの話は長老の考えとそれほど変わらん。カイトならば今後の王国の動きが分るだろうとも言っていたが、あの戦は勝ったものの実入りが少なかったと言う事なのか?」
「そうでもありません。魔石の販売ルートの1つを抑えたんですからね。予想外の銭金を商会ギルドから受け取れるでしょう。それに、俺達からもです。ですが、それが原因で次の争いが王国とネコ族の間で勃発するのは間違いありません。それを利用して、できれば自治権を持つだけの種族ではなく。王国と対等な俺達ネコ族の国を作りたいですね」
俺達の国と聞いて、グラストさんまでがパイプを口から落とした位に驚いている。
やはり、ネコ族は平和な暮らしに長くいたようだな。
「できるのか?」
「できると言うよりも、やるしか方法がありません。次の戦で約定書を妥協することはできませんよ。今回が最初で最後の機会と考えるべきです」
権益が確定していない今が一番の機会に違いない。これを逃せば自治に見せかけた属国化が始まるだろう。魔石と言う利権に大勢の貴族達が群がってくるのは目に見えている。
だが、今は征服した王国の治安維持が一番の筈だ。周辺王国との調整に手間取っているのが目に見える。
それが一段落した時に、内政の見直しを図るだろう。その時こそ、はっきりと『否』を唱え、俺達の国を作る時だ。
「元は大陸で覇を唱えた時もあったと聞くが……」
「栄枯盛衰と言うそうですよ。大陸にいるよりもここでのんびりと漁をしている方が俺達には合っています。相手を出し抜くような事を常に考えるのは俺には向いてません」
「まあ、そうなるな。昔を振り返るよりも、俺達の子供達の暮らしが良くなるように考えるべきだろう。それなら俺達にも考えが及ぶはずだ」
とは言っても、ある程度の国の運営は考えるべきだろうな。
幸いにも、ネコ族には種族会議と長老会議の場がある。専制君主と言うよりは長老政治って事になりそうだ。その辺りの事はちゃんと長老達は考えているんだろうか?
「今の暮らしが永続するように考えてくれ。俺達の世代が動く」
エラルドさんの言葉には小さく頷くことしかできなかった。
それがどれだけ大変な作業か、今の段階でどれだけの人が知っているかだな。
話は深夜にまで続いたが、俺達の暮らしは普段通りに続けなければならない。
現在はネダーランド王国の許可を得た商船だけが俺達の島に出入りしているようだが、将来はこれも変えねばなるまい。
嫁さん連中が、食料をカゴに入れて運んでくるのを眺めながらそんな事を考えた。
「20日分以上になるにゃ。しばらくは食糧の買い出しは必要ないにゃ」
「御苦労さま。でも、また何で?」
「昨夜の話を聞いたにゃ。そうなると食料が足りなくなるにゃ」
嫁さん達の方が対応が早そうだ。食料倉庫を作る必要がありそうだな。
ネコ族の島だけあってネズミは見た事が無いから、穀物を狙う虫の対策だけで良さそうだ。壺に入れて海底に貯蔵というのも考えられるな。その辺りの試験もやってみようか。




