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辺境魔法学校  作者: 金暮 銀
【クーデター編】
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第一章 月形事変(二)

 消え行く爆炎をみながら感傷に浸る。

(小清水さんが今の俺を見たら、なんていうかな)


 非難はしない。褒めもしないだろう。だが、人を殺して平然としている神宮寺を、ただ悲しみを帯びた瞳で見つめている気がした。


 苛立っている神宮寺がいた。

(いなくなった人間の想い出に(ふけ)るのは、よそう。俺はもう弱い神宮寺じゃない。今の俺は強い。そう、強いんだ。強いんだ、強いんだ)


 虚しい、強がりである心情は神宮寺自身でも理解していた。滑稽だと笑う自分がいる。

「俺は強い、俺は強い」と言い聞かせても、必要な時に弱かった。助けたい人間を助けられなかった事実は変えようがない。過ぎ去った過去だが、今でも神宮寺を苛み苦しめる。


 竜胆が駆け寄って、苦い顔をして確認してくる。

「お怪我はありませんか、室長」


 苛立ちと苦痛を隠して発言する。他の粛清官に弱さを見せるわけにいかない。

「なんてことはないよ。俺はこれでも、ウトナピシュテヌだからね。こんなんで怪我していたら、魔法先生や剣持さんに会わせる顔がないよ」


 神宮寺の言葉を聞き、竜胆が(かしこ)まる。

 遠くから聞こえてくるパトカーのサイレンの音が神宮寺に冷静にしていった。

(そう、終わったんだ。日常に戻ろう。狂った日常に)


 辺境魔法学校にいる限り狂った日常からは逃れられない。されど、今の神宮寺には他に行く場所はなかった。行きたい場所もなかった。


 芽室夫妻を始末すると、騒ぎを聞きつけた警察がやってきた。

(警察からは処罰されないって聞いていたけど、実際には、どんなやりとりをするんだろう?)


 警察とのやりとりに興味はあった。だが、知らない人間が余計な言葉を発して事態をややこしくしては竜胆が困ると思ったので、車に乗った。


 竜胆が身分書を提示して、警官に簡単に事情を説明する。

 ダレイネザルの魔導師は人の法で裁かれない。だからといって、何をやっても許されるかといえばそんなことはない。今回の呪い屋の芽室夫妻がそうだった。


 ダレイネザルの呪い屋組合には決まりがある。その決まりを破って、殺してはいけないターゲットである不殺対象者の道警本部長を殺したために、芽室夫妻は組合を除名された。


 除名後に仕事をしたために、芽室夫妻は呪い屋組合の怒りを買った。呪い屋組合から来た制裁用の魔導師撃退に芽室夫妻は成功した。だが、これが結果として退路を()った。


 遂に捨てては置けないと判断した組合長が、辺境魔法学校に話を持って来た。神宮寺たち粛清官が派遣され、芽室夫妻は粛清された。


 数分で竜胆が戻って来て、穏やかな顔で丁寧に事後報告をする。

「お仕事ご苦労さまです。警察とは話が付きました。後始末は警察のほうがしてくれます。これにてお仕事は終了です」


(やけにあっさりしていたけど、こんものでいいのか? もっと役所が絡むんだから、複雑な手続きとか、ありそうな気がするんだけど)

「警察はクレームとか、言わないの? 一応、殺人なんだし」


 竜胆が堂々たる態度で説明する。

「京都や東京ならいざしらず、北海道で辺境魔法学校に意見をしようなんて輩はいませんよ」

「ダレイネザルに在らざれば人に在らざる」の言葉が頭に浮かぶ。


 竜胆が穏やかな顔で告げる。

「それに、芽室夫妻は警官殺しもしていたので、感謝されこそすれ、恨まれる覚えはありません」


 竜胆の顔と言葉には違和感を持った。

(異常が日常を(むしば)んでいる。その異常も十年以上前から続いているから、知らない間に完全に異常は日常を侵食し、平常になったんだな)


 窓の外を見る。警察官が黙々と後始末をしていたが、感謝しているようには見えなかった。わずかに垣間見る表情からも、恐れと不快感しか見えなかった。


(今はまだ、辺境魔法学校の対抗勢力として、他の魔法学校があるからいい。でも、このあと、魔法先生が主導の下、他の全ての魔法学校を駆逐したとすれば、日本はどうなるのだろう?)


 ダレイネザルは人類に何を(もたら)すのか。ダレイネザルに属する神宮寺だが、日本の未来を考えたときに暗惨(あんさん)たる未来しか見えない気がした。


(深く考えても、意味がないか。いつの時代も、時代を動かしてきた存在は強者だ。俺は今、強者の立場にいる。それでいい。もう、弱者として泣きはしない、したくもない)


 半ば無理に己を納得させようとした神宮寺だった。だが、意見を飲み込めない自分もまた、心の中にいた。

「俺はどこに行こうとしているんだろう?」そんな言葉が、迷いとなった心に浮かぶ。


 力を欲して手に入れた、だが、その先まで充分に考えていなかった。ただ、漠然と興奮と期待に満ちたばら色の未来がまっているとおぼろげに思った。辺境魔法学校にそんなものはなかった。

 あったのは苦痛と後悔と他人を吹き飛ばしてなんともない心と体だった。


 車の中で竜胆が機嫌も良く問う。

「慣例として室長が出向いて対象を始末した時には、呪い屋組合の役員主催による懇親会が開かれます。出席は、どうなさいますか?」


 冷静になってくると、気配りをしなければと悟る。

(人を殺した後に行われる懇親会か。あまり気分の良いものではないな。人を殺して和気藹々(わきあいあい)と飲み喰いする人の気が知れないよ。でも、慣れなきゃ、駄目なんだろうな。俺はもう辺境魔法学校の人間だ)


 出たくない懇親会だったが、神宮寺は個人でやって来ているのではない。辺境魔法学校の代表としてやって来ている。

 となれば、付き合いを無下に断る態度もいかかがなものかと思う。それに、呪い屋組合とは今後も上手く付き合っていかねばならない。過去は過去。未来は未来だ。


「前室長の常世田室長は、どうしていた?」

 わからない時は前例を踏襲するに限る。日本人の知恵だ。


 竜胆が晴れやかな顔で、丁寧な口調で答える。

「常世田室長は全てご出席していましたよ」


 前任が出席していたのに、後任が不参加では格好が付かない。ましてや、ウトナピシュテヌになっとはいえ、新参者なれば気を使う必要もある。

(八方美人ではやっていけない。だが、引き篭もりでも問題がある)


「わかりました。一次会だけは出席します。あと、挨拶は苦手です。挨拶があるのなら、竜胆さんがやってください。人を殺した経験はあっても、懇親会での挨拶は経験がないんです」


 神宮寺の答えに竜胆は愛想よく笑っていた。


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