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氷葬の末裔は聖女の血を宿す〜神に見放され無能と蔑まれた少年は、覚醒した聖女の魔力と、不遇と呼ばれた氷属性で世界を赦す〜  作者: Astlia


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第4話 魔物の大行進

 セノとクレアもやがて十五の歳になり、成人の日を間近にしたある日の朝。午前の光はまだ冷たく、霧が村を覆っていた。

 

 辺境の村、アークロストはいつも通りの静寂に包まれていたが、その静けさは不吉な前触れに過ぎなかった。


「……今日は、何か変だな」


 いつもそうしているようにセノは丘の上に立ち、遠くの森を見つめる。

 空気が震え、微かに獣の唸り声が混ざっている。

 いつもなら鳥の声しか聞こえない森から、異様な低い響きが重なっていた。


 村の人々は、まだ日常の忙しさに追われていた。農夫たちは畑に出ており、子どもたちは雪解けの水で遊ぶ。

 

 その中で、村を見守るセノは、胸にざわつく違和感を覚えるだけだった。


「……いや、何か来る」

 

 予感はすぐに現実となった。


 森の奥から、地を揺るがす轟音が響く。

 巨大な魔物の群れ――スタンピードと呼ばれるそれが、村に向かって押し寄せてきた。

 

 数百単位の魔獣が、雪と泥を蹴立て、叫び声とともに突進してくる。その光景は、子どもが想像する悪夢そのものだった。


「セノ! 逃げて!」

 

 遠くからクレアの声が響く。だが、セノの視界には森と魔物しか映らない。

 

 丘を駆け下りようとした瞬間、足を取られ、泥に膝をつく。

 

「……やばい……」

 

 助けを求めるにも、人々はすでに混乱し、逃げ惑っていた。誰かの手を掴むこともできず、少年はただ立ちすくむしかなかった。


 魔物の群れが、村の屋根を蹴散らし、家畜を引き裂く。轟音と悲鳴が重なり、空気は血と獣の匂いに満ちた。

 

 セノは無力さを噛みしめる。


「……俺には、何もできない……」

 

 そう呟く声も、雪混じりの風にかき消された。


 必死に走って逃げるうち、古びた神殿に辿り着く。セノの辿ってきた道は赤黒い液体で舗装されていた。


 先ほどは目の前の惨状により気が動転していて痛みを感じる暇もなかったが、胸には確かに巨大な爪で引き裂かれたような傷口があった。


 次第に視界もぼやけ、意識が朦朧としながらもセノはやるせない気持ちで言葉を吐く。


「……こんな、こんなとこで終わるわけには……っ」


 床に倒れ、体中に痛みが走る。血が頬を伝い、視界は揺らぐ。

 

「……終わり……か」

 

 その時、セノの手が祭壇の縁に触れた。

 石の冷たさではなく、なぜか暖かい振動が掌を通り、全身に広がる。

 息が戻り、血の流れが奇妙に整う。


 光が、手のひらから、体の中心から、そして胸の奥から湧き上がる。


 それが聖女の力であると、何故かわかった。

 

 忌子と呼ばれ、無能と蔑まれた少年の体に、膨大な魔力が流れ込む。聖女の記憶とともに。

 

 それはアークロストの起源。かつてこの地で勇者と聖女が魔王を滅ぼした物語。

 この神殿は勇者と聖女が眠る場所であり、アークロスト家の始まりの場所でもあった。


 長い年月でアークロスト家が勇者の末裔であることはほとんど忘れ去られていった。忌子の象徴とされた黒髪は、異世界人だった聖女と同じ髪色だった。


 先祖返りとでもいうべきか、この時代に聖女の力を色濃く受け継いだセノの力が、今際の際で目覚めたのである。

 

「もしかして、今なら俺も魔法を……」


 そう思い立ち、セノはすぐさま掌に力を込める。しかし、出来上がるのは今までと対して違わない、氷花だった。


「どうしてっ!クソっ、俺にだって少しくらい、自分より弱い者を助けられるぐらいは……!」


 何度試しても変化はない。そのうち視界も歪み始める。


「な、んで……。傷も塞がって、体の調子も……」


 その言葉を最後に、セノの記憶は途絶えた。聖女の力で修復したのはあくまで表面上の傷のみ。

 足りなくなった血を補うために、体は十分な休息と栄養を欲していた。




***




 次にセノが目を覚ました時、神殿の硬い床で長時間寝ていたことにより体は悲鳴をあげ、眩しいくらいに痛い日差しが目を突き刺していた。


 あれからどれぐらい寝ていたのだろう。


 そうだ。村のみんなはどうなった。父や母、そして――


「クレア……っ!」


 セノは立ち上がり、村へ足を運ぼうとした――その時だった。


「おや、どうやら生き残りがいたみたいだね」


 どこか感情のない中性的な、そんな声が聞こえてくる。その声の主の姿は未だ見えないが、この出会いがこの先の運命を大きく変えるような、そんな予感をこの時のセノは感じていた。

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