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氷葬の末裔は聖女の血を宿す〜神に見放され無能と蔑まれた少年は、覚醒した聖女の魔力と、不遇と呼ばれた氷属性で世界を赦す〜  作者: Astlia


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第1話 辺境の地にて

 この世界の果てには、地図にも載らぬ小さな領地がある。

 

 王都から馬で十日、険しい山脈と深い森を越えた先。人々はそこを“アークロスト”と呼ぶ。

 吹き荒ぶ雪と風が、四季の半ばを白く塗りつぶす寒冷の地。王国の支配が届くこともなく、魔物の影と隣り合わせに生きる者たちが、黙々と日々を積み重ねていた。


 その地を治めるのが、アークロスト辺境伯家。とはいえ領主の生活も質素なもので、屋敷といっても城塞の名残を留めた石造りの館に過ぎない。

 

 そこで生まれ育った少年――セノ・アークロストは、いつもどこか上の空で生きていた。


 春が訪れるのが遅い朝。雪解けの水が細い小川を作り、霧が立ちこめる丘の上で、セノはぼんやりと空を見上げていた。

 

 冷たい風が黒髪を揺らし、白い息がゆっくりと溶けていく。その髪色は、この世界では忌み嫌われる色だった。忌子の象徴、あるいは災厄の兆しとされる“黒”。

 

 金や栗色の髪が大半を占める人々の中で、彼の存在は異質だった。


 村の子どもたちは彼を見ると、まるで凍りついたように目をそらす。



 

 「黒の子は呪われている」「近づくと不幸になる」――そんな言葉が、風のように囁かれていた。

 

 けれどセノ自身は、それに怒るでも悲しむでもなく、ただ少しだけ目を伏せて笑う。心のどこかで、そう言われることに慣れてしまっていたのかもしれない。


 丘を下ると、遠くから少女の声がした。

 

 「セノー! またぼんやりしてたでしょ!」

 

 振り返ると、淡い金髪を揺らす少女が駆けてくる。彼女の名はクレア・バーゼント。隣村の騎士家の娘であり、セノにとって唯一、心を許せる存在だった。

 

 幼い頃から何かと世話を焼かれ、いつしか姉のように振る舞うようになった彼女は、今日も腰に木剣を差している。


「お父様が言ってたよ。午後から領主様の屋敷で会議があるって。セノも呼ばれてるんでしょ?」

「うん。……でも、別に俺が行っても意味ないし」

「だめ。行かないとまたお母様に叱られるよ」

 

 クレアは頬を膨らませ、セノの腕をつかんで引っ張った。


 道すがら、二人は村を抜けていく。雪解けの泥が靴にまとわりつき、道端の家々からは薪の煙が立ちのぼる。人々は粗末な服をまとい、畑を耕し、家畜を世話していた。どこか貧しいが、穏やかな暮らし。

 

 それでも彼らの視線は、黒髪の少年を見つけると一瞬だけ硬直する。そのたびに、クレアは小さく舌打ちした。


「まったく、どうしてあの人たちはそんなに気にするのかしら」

「……いいんだ。俺が気にしてないのに、君が怒ることないよ」

「気にしてないくせに、時々すごく寂しそうな顔するじゃない」

 

 セノは答えず、ただ前を向いた。空は曇りがちで、太陽の輪郭が霞んでいた。


 屋敷に着くと、父の執務室から低い声が聞こえた。


「セノ。今日は天啓の儀の準備について話しておく」

 

 領主である父、ガルド・アークロストは壮年の男で、鍛え上げた体と厳しい眼差しをしていた。その背後には母の姿もある。

 

「十歳の誕生を迎えた子は、すべて天啓の儀を受ける。神がその者に相応しい“ギフト”を授けるのだ」


  父の声はいつも通り冷静で、どこか距離があった。


「……わかってるよ。俺にも、神様が何かくれるのかな」

「それは神のみが知ることだ。だが、アークロストの名を継ぐ者として恥ずかしくない結果を望む」

 

 その言葉には、微かな期待と不安が混じっていた。

母は静かに微笑みながらも、その目の奥には別の感情が潜んでいた。

  

 ――もし、この子が“黒の血”を引くなら。

 

 その言葉を、セノは耳にはしなかったが、胸の奥で何かがひりついた。


 その夜、セノは自室の窓辺に腰を下ろし、空を眺めた。星々は凍てついた空気の中で瞬き、静寂が満ちている。


「神様って、本当にいるのかな」

 

 小さな声が漏れた。

 

「もし居るなら、俺に“普通”をくれないかな」

 

 誰に聞かせるでもない祈り。けれどその声は、夜風に溶けて消えていった。


 翌朝、丘に降りると、クレアが木剣を振っていた。雪を踏みしめ、息を切らしながらも、彼女の瞳はまっすぐに未来を見据えている。

 

「ねえ、セノ。私、天啓の儀で“剣の才能”を授かる気がするの」

「どうしてそう思うの?」

「夢を見たの。光る剣を持って戦ってる夢。きっとあれが、神様からの啓示なの」

 

 彼女の無邪気な笑顔に、セノは微笑んだ。


「いいね。君はきっと、誰かを守る人になるよ」

「じゃあ、セノは?」

「俺は……うーん。多分、誰かに守られてる側かな」

「もう、そんなこと言わないで!」

 

 クレアは頬を膨らませ、木剣でセノの肩を小突いた。笑い合う二人の頭上で、氷の欠片が風に舞う。

 

 遠くでは、鐘の音が鳴り響いていた。


 ――天啓の儀まで、あとわずか。

 自身初めてのファンタジージャンルということでテンプレ的な展開や拙い文章が続くかと思いますが、どうか温かい目で見ていただけましたら幸いです。また、本日は3話まで順次更新します。

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