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記憶を辿っても

作者: P4rn0s
掲載日:2026/02/09

母親の味と言われるものが、私には分からない。


テレビでは、芸能人がずらりと並べられた料理を前にして、

「これは母の味だ」と言い当てる企画をやっていた。

煮物、カレー、ハンバーグ。

どれも見慣れた色と形をしている。


解説では、市販のルウや調味料を使っている家庭がほとんどだと言っていた。

それでも彼らは迷いなく皿を指差す。

一口食べただけで、分かるらしい。


本当にそんなものがあるのだろうか。

母親の味、という固有名詞のような何かが。


私の家にも台所はあった。

冷蔵庫もあったし、鍋もフライパンも揃っていた。

夕飯も、特別ではないけれど欠かさず用意されていた。

それなのに、思い出そうとしても、味が浮かばない。


美味しかったか不味かったかも、正直よく分からない。

ただ食べて、片付けて、次の日になっていた。

それだけだ。


みんなは「分かる」と言う。

あの匂いで思い出すとか、

あの味付けだけは真似できないとか。

まるで共通言語のように語られる。


私は、その会話の外側にいる。

分からないと言うと、少し困った顔をされる。

可哀想だね、と言われたこともある。

でも、可哀想なのかどうかも、私には判断できない。


母親の味が分からないからといって、

何かが欠けている実感があるわけでもない。

ただ、話題についていけない瞬間が、時々あるだけだ。


もしかしたら、私が少数派なのかもしれない。

あるいは、みんなが言っている「母親の味」は、

味そのものではなく、

安心とか、記憶とか、

もう戻れない時間のことなのかもしれない。


そうだとしたら、

分からないのではなく、

思い出せないだけなのだろう。


テレビの中で正解の皿を当てた芸能人が、

少し照れたように笑っていた。

私はその笑顔を見ながら、

冷めかけたご飯を、黙って口に運んだ。

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