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第三十七話 大旦那


 アルバートについて行き、大きな娼館と一体になった建物の裏口から中に入る。

 たのもー、とか言いながら、アルバートはずかずかと階段を上がっていき、その先にあった大きな扉を開けた。

 こいつもずいぶんと昔の調子を取り戻してきたなと思いながら、その様子を見ていた。

 中には小太りの男と、長い革のコートを着た男が三人ほどいた。


「金を返しにきたぜ。今回でエイミーの借金は完済だ」


「おい、うるせえぞ。ずいぶんと威勢がいいじゃねえか」


 黒革のロングコートの男がすごんで見せたが、アルバートはマイペースを崩さなかった。


「まあな。お前のような雑魚にビビってた過去の自分とはサヨナラしたのさ。それとも魔術師になった俺を相手に腕試しでもしたいのか」


 本当にアルバートは昔の調子を取り戻している。

 これならおれがついて来るまでもなかったかもしれない。


「はっはっは、ずいぶんと大物を気取るようになったじゃないか。こっちとしても面倒を見てやったかいがあるというものだ。売春宿にいたのは、スラムでも食っていけないようなゴミの集まりだったものな。飢え死にせずに済んだのは私のおかげだ。建物も格安で貸してやったんだからな」


 真ん中に置かれた大きなデスクの上で手を組み、綿の入った柔らかそうな椅子に座った小太りの男が言った。

 こいつがアルバートの言っていた大旦那という奴だろう。


「別に感謝はしてないぜ。知ってるかと思ってた」


「お前のようなゴミに人の道を説いても始まらないか。だが遅かったな。あの借金はすでに時間切れで流れたあとだ。エイミーは奴隷として売られることが決まってるんだよ。明日中に連れてこなければ、手配されることになる。どこに行っても衛兵からは逃げきれんぞ」


「へえ、今日を命日にすることに決めたのか。たしかに死ぬには悪くない日かもな」


「少しばかり魔法を覚えた程度でいい気になりおって。わかってるのか。逃亡奴隷に手助けしたとなれば衛兵を敵に回すことになる。お前まで犯罪奴隷になることを、エイミーは望むまい」


「なにを言ってるんだ。あの借金に期限があるなんてのは、その場しのぎのハッタリだろ。だったら、今この場でお前を殺せば衛兵が動くこともないじゃないか」


 そう言われて顔色を変えてしまったら、アルバートの言葉を肯定しているようなものだ。

 本当に見た目通りの子供なら、そんな嘘でも騙せるのかもしれないが、このアルバートはそうじゃない。

 それにアルバートは何を敵に回したってエイミーを助けると決めているから、もとよりそんな要求を受け入れるはずがないのだ。


「……できると思ってるのか」


「疑う余地もないね」


 黒コートの男たちが剣を抜こうとしたが、すでにアルバートの魔法に凍らされていたらしく、抜くことができずに騒いでいる。


「早く殺せ。どうした!」


 男の一人が凍り付いた剣を無理に抜こうとして床に叩きつけると、その剣は根元からぽきりと折れて床に転がった。

 そりゃそうなるだろう。


「くっ、どうなってんだ!」


「冷却された金属は原子間の結合が強まるから折れやすくなるんだよ」


 そんなことは誰も興味なさそうだったが、アルバートは律儀に説明している。

 ひとりが外に応援を呼びに行こうとしたが、当然ながらドアも凍り付いていて、ノブに触れた手の皮膚が張り付いて悲鳴を上げた。


「き、貴様! お前はいったいなに者だ!」


「アインシュタイン気取りの化学オタクだよ。そう言ってもわからないだろうけどな」


「そういうことだ。それなのに核融合すら使うこともできない。残念ながらこの世界の魔法は呪われてるよ」


 なおも剣を抜こうと格闘している二人にアルバートが触れると、薬指の指輪が光って魔力を抜かれた男たちが床に転がる。

 魔力が少ないやつなら、あの指輪に触れられただけで命を落としかねない。

 魔力を9割失えば気を失い、それ以上失えば死ぬこともある。


 ドアに張り付いていた一人は、おれが電撃の魔法で気絶させた。

 あっという間に護衛を無力化されて、小太りの男は取り乱した。


「た、頼む。い、命だけは助けてくれ。かかか金を融通してやったじゃないか」


「おれはバウリスター家のレオンだ」


 それを聞いた途端、小太りの男の口から、ひっと短い悲鳴が漏れる。

 おれが名前を出せば、こいつを殺す必要もないと思ったのだが、アルバートはそんなおれを不思議そうに眺めただけだった。

 アルバートが、おれの考えを理解してくれることはなかった。


「お前は苦しめてから殺したかったけど、金を貸してくれたのは事実だから凍死で勘弁してやる。ほら、苦しくなかったろ」


 小太りの男だったものは、すでに青白くなって皮膚に霜が浮いていた。

 生かしておけば何をするかわからないというのはわかるが、さすがに女奴隷ひとりのために、これ以上手を出してくることはなかったように思う。

 もちろん一度は殺されかけているから、なにをしたって文句を言われる筋合いはない。

 それにしても、こいつは容赦がなさすぎる。


 すでにアルバートは金目のものはないかと、部屋の中を物色している最中だった。

 確かにサイコパスっぽいところがある奴だったが、こっちの世界で体験したことのせいで、さらに悪化したようにも思える。


「殺す必要はなかったんじゃないのか。おれの名前を出せば何もできなかったぞ」


「レオンは甘すぎるよ。こいつが今までにどんなことをしてきたか知らないんだ。こんなのを生かしておいたら不幸な奴が量産されるだけだ。それよりも、この世界じゃどんなものに値打ちがあるんだ。このへんの民間工芸品のようなものは価値があるかな」


「そんな一点ものは足がつくんじゃないか。闇市でさばいても情報を売られるのは止めようがないぜ」


「なるほどな。たしかにそうだ」


 おれたちは持てるだけ持って、名前も知らない娼館を後にした。

 漁ってる途中で何人かやってきたが、おれが電撃の魔法で気絶させて転がしておいた。

 小物は残しておいても何もできないとわかっているのか、アルバートはそいつらまで殺そうとはしなかった。

 帰り道で大漁だなと言って、無邪気な笑顔を見せるアルバートが少し怖くなった。


「なあ、召喚魔法ってかわいい妖精とか呼び出せたりしないのか」


「どうだろうな。たぶん、そういうのもあるだろう」


「レオンのおかげで世界が広がったよ。やりたいことはいくらでも思いつくし、意外に夢のある世界だったんだな」


「そうか。だけど危険なことも多いんだぞ」


 おれは今、ナイアルの触手まで呼び出してアルバートの戦利品を運んでいる。

 でかい戸棚とデスクを丸ごと持たされているのだからたまったもんじゃない。

 ここまで根こそぎ持ってくることもないように思う。


「それにしても、レオンの力は完璧だな。狭い場所でも広い場所でも、人間相手に後れを取ることはないし、モンスターを相手にしても負ける場面が想像できない。よく考えられてるよ。さっきも刻印魔術が使いにくい狭い部屋に閉じ込めて、それでやっと互角にできたんだ。捨て身で魔術を使ってこられたら、俺だけじゃ相打ち覚悟になってた。レオンなら何をされてもうまく対処できただろ」


「そうだな。やっぱり発生の速い初級魔法が便利だろ。だけど、迷宮じゃこの力があっても先に進めなくなったし、ついこないだも魔族に殺されかけたばかりだぜ。本当に危険が多いから気をつけろよ」


「ははっ、そりゃ恐ろしい」


 今回のアルバートは氷結の魔法を応用しただけに過ぎないが、もとの世界の知識は正統な魔術師になってこそ意味がある。

 アルバートがここまでたどり着けて本当に良かった。

 もちろん魔力切れを起こさないための輪っかも、魔力を吸い取る指輪の力もあったが、狭い部屋に閉じ込めるという状況を作ったのは初級魔法の応用だった。


 アルバートがねぐらにする売春宿に荷物を運び込んだら深夜になっていた。

 引っ越さないのかと聞いたら、戦利品を売った金で近いうちに引っ越しをすると言っていた。場所はあとで教えるよと言われる。

 これで懸案が消えてアルバートも気が楽になっただろう。

 いつもより饒舌に見える。



 それから半年ほど魔法の訓練に明け暮れて、13歳の誕生日を王都で迎えた。

 来年には騎士学院か魔法大学へ入学することになる。


「いいぞ、全力で魔力を込めてやってくれ」


 ハウルを持ったシーズが、おれに向かって3発の弾丸を放つ。

 弾丸は左手で展開した鉄壁の魔法の表面で弾け、弾丸を削りながら威力を殺しきるのに成功した。


「次はエステル先生、お願いします」


 エステル先生が全力で放った氷槍を新魔法壁で受けると、その瞬間白い霧が立ち込めるほど周囲の気温がさがる。

 なんとか左手は無事だったが、服が霜だらけになってしまった。

 吐いた息が白い。

 寒いというより痛いというような冷気が肌を刺しているが、身体を動かしても痛みはないので無事ではあるようだった。


 シーズの手からハウルが消える。

 おれ以外の者が持つと、どういうわけか数分で消えてしまうのだ。

 内部に残った魔力が無くなってしまうのか、おれの意思とは関係なく消えてしまう。


「完成しましたね。これで次の魔法に移れます」


 エステル先生は剣闘士の障壁魔法しか使えるようにはなっていない。

 真空でどうして熱が遮断できるのか不思議がったが、内容は伝えているので、もう一つの魔法もそのうちできるようになるだろう。

 最近は調査やらフィールドワークやらで忙しかったから授業も少なかった。

 その調査もひと段落付いて、やっと本格的に授業が始まると思っていたら、今度は別の新しい調査依頼が舞い込んできた。


 その依頼でロアの方に行くというのである。

 詳しい話を聞いて、おれもついて行くことに決めた。

 いくらなんでも魔族と戦争中の土地に行くというのだから、エステル先生だけを行かせる気にはなれない。

 しかも今回はロレッタすら同伴しないというので、さすがに心配になった。


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