目をそらす木曜日
先輩だって27の大人だし、あれだけカッコいいのだから、過去に付合ってた女性がいても当然。それはわかっていたのだけど、それがこんなに身近にいた事になぜかショックを受けた。私は直接会った事ないけど、篠原さんの原稿は何度も見たから、なんだか初対面な気がしない。
昔付合ってたって……過去系だったし、逃げるの辞めてって言われてたのは……ずっと会ってなかったんだろう。
それでも篠原さんの作る原稿を先輩は見ていたし、先輩の作るデザインを篠原さんは見ていた。会わない間もそうやって2人は仕事を通じた絆で結ばれていた。
多分そこに少しだけ嫉妬した。仕事関係で関わる女性って私くらいかな……と自惚れてたかも。入社して1ヶ月もたってないのに、毎日顔を合わせてたからずっと一緒のような錯覚をしていた。
先輩と並んだら、お似合いなくらい綺麗な人なのかな?
「新入社員の方ね。初めまして。篠原加奈子です。よろしくお願いします」
「初めまして、古谷萌です。よろしくお願いします」
お互い挨拶をして名刺を受け取る。
大人で綺麗な人だな。全然飾り気が無くて、すっぴんに近いくらいナチュラルなメイク、ゆるっとアップした髪、ラフなコットンのシャツに細身のジーンズ。それだけカジュアルだけど、ちらりと見える腕時計とか、ネックレスとかは上品な感じで、そういうさりげないおしゃれがとても大人っぽい。年がいくつくらいなのかよくわからない。先輩と同じくらいにも見えるし、もう少し落ち着いても見える。
先輩を見て明るく笑った。
「久しぶりね。元気だった?」
「お久しぶりです」
まだちょっと固い先輩の表情に、篠原さんは大きく笑いながら先輩の肩を叩いた。
「何よその他人行儀な感じ。4年ぶりだからって、私の顔忘れたの?」
冗談めかして気さくに話しかける篠原さんに、先輩は小さく溜息をつく。
「忘れてないよ。あまりにも変わってなくて驚いたくらい」
「伊勢崎君はちょっとは大人になったかしら? 仕事に私情は挟まないくらいに」
揶揄われて先輩はむすっと拗ねた様な顔をする。
「前言撤回。昔より意地が悪くなっただろ」
「言うわね」
くすくすと笑う篠原さん。それに釣られるように笑う先輩。
あれだけ会うの嫌がってた先輩の警戒を、あっさり突き崩す。おおらかで気取らない篠原さんの雰囲気に驚いた。ああ……美人で頭が良いだけでなく、性格もすごい良い人だな。仕事がやりやすくなるように、先輩の緊張をほぐしてくれたんだ。
篠原さんは私の方を向いて言った。
「ここの職場には慣れたのかしら? 伊勢崎君に虐められてない?」
「……虐めてない」
即答できない辺り、怒鳴った事まだ気にしてるんだな……と苦笑する。
「そんな事ないです。狩野さんも先輩も、とても優しくて良い職場です。篠原さんにも、お会いしてみたかったです」
「私に?」
「何度も原稿を拝見して、とても綺麗にわかりやすくまとめられてて、頭が良い方だな……って思って……」
「あら……嬉しいわね。そう言われると次ももっと良い原稿を書こうって、やる気がでるわ」
篠原さんが明るく気さくに、皆に話しかけるから、顔合わせはとっても和やかで居心地が良い。狩野さんとは違うタイプの気遣い上手な大人だな。こんな女性になってみたいって、憧れる。
「そろそろお昼の時間よね? 伊勢崎君一緒に食べにいかない?」
「そうだな……いや、ちょっと」
とても自然にそう言うので、先輩も釣られて返事しかけて口ごもる。まるで4年のブランクなんてなかったみたいな雰囲気。
「伊勢崎君、先に行ってきたら? ゆっくりしてきていいよ。帰ってきたら交代で私と古谷さんも昼飯行くから」
「いや……狩野さん、食事するなら皆一緒でも……」
「仕事に私情を挟まない為に、2人で話し合った方がいいんじゃない?」
にこりと狩野さんに言われて、先輩は肩を落として頷いた。さすが狩野さん痛い所をついてくる。
先輩と篠原さんが出て行って、仕事しながら狩野さんと雑談する。顔はPCを見てるから狩野さんの表情はわからないけど、リラックスしてる気がする。
「あの2人……また付合うんでしょうかね?」
「どうかな? 2人が別れた理由は知らないけど、4年も避けてたくらいだし、そう簡単な話じゃないと思うよ」
「先輩そんなに避けてたんですか?」
「篠原さんは気にしてなかったけど、伊勢崎君が会いたくないって顔してたから、今まで打ち合わせはこっちから出向いてたんだよね。これからは篠原さんうちで打ち合わせしてくれると思うよ。彼女フットワーク軽いから」
先輩が会いたくないっていう私情に……狩野さんと篠原さんは合わせてたんだ。それは困るよね。
「でも……なんで今になって篠原さんと会わせたんですか? 先輩も結構あっさり仲良くなってましたけど」
「古谷さんがいたから」
「え……? 私ですか?」
「後輩ができて、みっともない所を見せられないって、伊瀬谷君も意地を見せるかなってね」
私がいる事で先輩にも良い影響がでるんだ。そういう発想はなかった。そこまで考えてる狩野さんも凄いな。
「それよりお昼はどうする? 伊瀬谷君達たぶん長引くし、その分私達もいつもよりのんびりお昼に行こう。ほら……お詫びのランチでね。何がいい?」
そういえば……お詫びに良い店のランチ奢ってもらう約束があったな。すっかり忘れてた。でも、今まで奢ってもらった店だって、私から見れば十分ごちそうだ。
「時間があるならちょっと足を伸ばして表参道まで行ってみる?」
「表参道……そういえば近い割にあまり行った事無いですね」
歩くと距離はあるが、地下鉄を使えば近い。そんな微妙な距離。なんだかおしゃれで華やかなイメージで、私なんか場違いかな……なんて気後れしてしまうけど、狩野さんならすごく似合いそうだ。
私はしばらく迷って答えた。
「野菜が美味しいレストランとかどうです? 狩野さんも肉ばっかりじゃなくて、野菜を食べてって先輩に言われてるじゃないですか」
「あはは……古谷さんもなかなかに厳しいな。私に気を使わなくてもいいのに」
「気を使ってるわけじゃなくて、私も野菜が食べたいんです。外食続きだと栄養バランス偏りますし、美容の為にもビタミン補給」
仕事のせいで睡眠不足だから、美容とか気にしても意味ないけど……睡眠時間確保できない分、栄養はしっかりとらないとね。私も狩野さんも。
狩野さんの予想通り、先輩が戻ってくるのは遅かった。どんな顔して帰ってくるのかと思ったけど、いつも通りに仕事に戻ったからちょっと肩すかしだな。
結局二人がどういう結論になったのか、気になるけど、恋愛絡みのプライベートに口を突っ込める程、私は親しい人間じゃないもんな……と溜息。ただの職場の先輩と後輩。それだけ。
入れ替わりで私と狩野さんは食事に向かった。表参道は平日でも人が多いな……。オシャレな人も多いし、やっぱり私は場違いだ。職場からほとんど出ないからって気を抜いて、Tシャツにジーンズにスニーカー。髪も邪魔だからって、首の後ろで飾りも無いヘアゴムで適当に縛ってる。
恥ずかしくて、ゴムをとって、手櫛で髪を整えたけど、それでもまったくおしゃれ感がない。やつれた感じ。
今は節約したいし、遊びにいく余裕も無いし、服を買う必要も無かった。
でも……道の途中で可愛い洋服が飾られているのに目を奪われる。篠原さんも仕事ができるだけじゃなくておしゃれだったし、私もちょっとはマシな服を着たいな……こんな感じに。
ぼーっと服に見蕩れて立ち止まってたら、歩く人にぶつかってよろめく。さっと肩を抱きしめられた。驚いて見上げると間近に狩野さんの顔があった。
「大丈夫?」
狩野さんは何も変わらず笑顔でさっと手を離して離れたけど、私は心臓がドキドキしすぎて、きっと真っ赤になってる顔を見られたくて背を向けた。
「女の子だもんね。おしゃれしたいよね」
背後から声が聞こえて、私は深く深呼吸しつつ、店に飾られた洋服を見た。
「おしゃれはしたい……ですけど、これはおしゃれすぎて、私なんかじゃ似合わないですよ」
「そう? 古谷さんなら結構なんでも着こなせそうな気がするけど」
お世辞とわかっていても耳にくすぐったい。深呼吸をもう一度。大丈夫……もう落ち着いた。狩野さんは私を庇っただけで、他意はない。上司と部下で、相手は既婚者。何かあるわけがない。
作り笑いを浮かべながら振り向いた。
「おしゃれしても、職場の中からでないんじゃ……意味ないじゃないですか。忙しすぎて休みの日に遊びに行く気力も無いですから」
「それもそうだね」
くすりと狩野さんは笑った。大丈夫、いつも通りだ何も変わらない。ただ仕事の合間にランチを奢ってもらうだけ……なのにちょっとデート気分だな。




