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097消えたトロフィー事件02

 純架は前のめりになる体の制御に苦労するようだ。


「といいますと……。もしかして、事件解決の依頼ですか?」


 双眸が輝きを強める。解き明かすべき事件の存在が、桐木純架という樹には必要不可欠の養分なのだ。


 果たして、宮古先生はうなずいた。


「その通りだ。実はここだけの話、困っていることがあってな」


「何ですか?」


 宮古先生は更に近づくように身振りで示すと、声を可聴範囲ぎりぎりまで低めた。


「実は昨日早朝、白鷺祭の最優秀賞のトロフィーが盗難されたんだ。今職員総出で捜しているが、一向に見つかりそうもない」


 白鷺トロフィーって、あの久川が言っていたやつか。純架がいよいよ活気づく。


「それを僕らに探してほしいというわけですね」


 宮古先生は大きく同意した。


「その通りだ。忙しいところ悪いが、『探偵同好会』にも手伝ってほしいんだ。日曜日の学園祭終了後の閉会式――トロフィー授与までが期限となる。それまでに何としてでも回収しなければならない。頼む! この通りだ」


 頭を下げる。純架は二つ返事でオーケーした。歓喜が口調にあふれる。


「もちろんですとも! 我々が責任持って見つけ出します。……あの、でもこれ、警察に話したりはしなかったんですか? 盗難なんですよね?」


「当然、僕らも職員会議で話し合った。だが警察を校内に入れると周囲の心象が悪いし、準備に忙しい生徒たちにいらぬ動揺を与えてしまうことになる。何とか学校の手でトロフィーを取り戻したいんだ」


 純架は胸をそらした。


「なるほど、よく分かりました。では質問をさせてください。可能な範囲でいいのでお答えをお願いします」


「何でも聞いてくれ」


「トロフィーはどんな感じのものなんですか? 写真とかありませんかね」


 宮古先生は抜けていたピースをはめ込まれたように、自分の額をぴしゃりと叩いた。


「確かに1年のお前らはトロフィーを見たことがないんだっけな。そりゃそうだ。ええと、どこにしまったかな……」


 机の引き出しを二つ、三つと開けて、中をかき回す。一冊のアルバムを取り出した。


「ここに毎年の最優秀賞受賞チームの記念写真が揃っている。これが去年、これがおととしだ。第一回、40年も前のものもあるぞ。ほれ、いずれも中央の生徒がトロフィーを抱いているだろう」


 写真を見ると、トロフィーは黄金色で1メートルほどの高さだった。黒い台座の上に、翼をいままさに広げんとする(さぎ)が表されている。純架はもっとも写りの良いトロフィーをスマホのカメラで撮影した。


「ありがとうございます。さてうかがいますが、そのトロフィーは消える前までどこにあったんですか?」


「生徒会室の戸棚の中、ガラス戸の向こう側に飾ってあった。白鷺祭を管理実行するのは生徒会だからな。いわばシンボルとして、長年の定位置に鎮座(ちんざ)していたというわけだ」


「盗難されたというのは、それが消えてなくなっていたからですか?」


「そうだ。昨日――水曜日の早朝、生徒会室内に入った生徒会長ともう一人が、白鷺トロフィーの紛失に気づいたんだ」


「いつまではあったんですか」


「おととい――火曜日の放課後だ。生徒会長がスマホ探しの際確認している」


 純架はしきりと点頭した。


「おとといは生徒会の会議はなかったんですか?」


「ああ、そうだ」


「ではその火曜日の放課後から昨日の早朝までの間に盗まれたことが判明している、と」


 宮古先生は難しい顔でうなった。


「そうなるな。でも学校には学園祭の準備で多くの生徒が残っていた。彼らの目を盗んでトロフィーを持ち去ることなどできるのだろうか」


「火曜日に生徒会室の鍵を借りた人物は?」


「二人いる。一人は青柳先生で、書類を取りに中に入った。もう一人はさっきも言ったように生徒会長の周防(すおう)で、忘れ物のスマホを捜しに行った。彼ら以外にはいない」


 純架はメモを取っている。


「論点を整理しましょう。まず1メートルとそれなりに大きい白鷺のトロフィーが、昨日、水曜日の早朝になくなっていることが確かめられました」


「それはおとといの火曜日、青柳先生と周防生徒会長が戸棚にあったことを認めている」


「そして基本的に生徒会室の鍵はかかっていて、犯行予測時間には誰も入れない状況だった、と。なるほど、面白いですね」


 純架は骨付き肉を目前にした野生の犬のようだった。


「生徒会室を見てみたいのですが、よろしいですか?」


「今は生徒会が使っているはずだ。生徒会、イコール学園祭実行委員会だからな。打ち合わせがあるんだろう。俺の名前を出していいから、邪魔にならない範囲で思う存分調べてくれ」


承知(しょうち)しました!」


 純架は意気揚々(いきようよう)と退室した。俺はその後に続きながら、友人の上機嫌に半ば呆れていた。本当、事件のときは見違えるように浮き浮きするよな。



 生徒会室は新校舎1階にある。校長室などと同様だ。新校舎といっても20年前に建築された鉄筋コンクリートの建物で、さすがにだんだんボロが目立ち始めている。もちろん40年前の木造の旧校舎よりは段違いで快適だが。


「失礼します」


 純架は生徒会室の引き戸を開けながら、「ウィーン」と自動ドアの音を声に出した。


 馬鹿か?


 バルーンアートのように肥えた体をした丸眼鏡の生徒が、俺たちを見咎める。


「何だ、君たちは」


 刈り上げの髪で、口を尖らせている。腹が戦車のようにせり出しており、一見して運動不足なプロ棋士の様相だった。


 生徒会室はなかなか広く、長机で形作られた正方形を囲むように、各自が椅子に座っていた。彼らの前には役職を表す画用紙の名札が置かれ、それによると男は生徒会長の周防正行(すおう・まさゆき)らしい。つまりこの渋山台高校全生徒の最高権力者だ。


 純架は()びるように笑った。


「ああ、気にしないでどうぞ続けてください」


 副会長、神埼昴(かんざき・すばる)が怒った。ぼさぼさの髪に黒縁眼鏡で、黄色い肌で神経質そうな造作の顔だ。全体的にひょろりと長い。


「今は会議中だ。部外者は出て行ってもらおうか」


 確かに生徒会メンバーの前にはプリントが何枚も重ねて置かれ、討議の最中だったことは分明だ。


 純架は室内を見渡しながら(こう)した。


「実は1年3組担任の宮古先生から許可を得てあります。僕ら『探偵同好会』はなくなった白鷺トロフィーの探索を任されていて、この生徒会室の調査も行なっていいと認められているんです」


 書記の女子が不快感を剥き出した。


「それなら最初にそう言いなさい」


 雰囲気は険悪だ。俺は気まずさに頭をかきむしりたかったが、純架は「では遠慮なく」とのたまうと、他者をまるで意に介さず室内を物色し始めた。生徒会の一同は軽侮(けいぶ)の視線をこちらに寄せていたが、話は終わりと認識したらしく、各々会議に心身を引き戻していった。


 当然ながら、生徒会の人間はあらかじめトロフィー盗難を知っている。それが表にもれてこないのは、各自の生真面目さと口の(かた)さによるものだろう。会計係が今日の議題を俎上(そじょう)に載せた。


 再開され、厳格に進行する議論をよそに、純架はトロフィーがあったという戸棚から手をつけた。焦げ茶色の木製で縦長に作られている。かなり重そうだ。


 俺だけに聞こえるようささやく。


「この戸棚のガラス戸、鍵がかかっているね」


 透明な板は施錠されているらしく、びくとも動かない。


「生徒会室の鍵、ガラス戸の鍵。二重に鍵がかかっていたというわけだ」


 中には甲子園出場の記念写真、教育委員会の奨励賞の盾、体育祭の優勝旗、小さなこまごまとした記念品が所狭しと並んでいる。その中で、直径20センチほどのスペースがぽっかり空いていた。


「ここにトロフィーが収まっていたというわけだ」


 続いてロッカーを調べた。


「掃除用具が入っているだけ、と……」


 後はパイプ椅子に、プロレスラーが真っ二つにするタイプの机が数点。今、生徒会の全員が使用しているのと同じ種類だ。いざというときのためのスペアなのだろう。ホワイトボードにはマグネットで紙切れが貼り付けられ、黒字で何やら書かれている。それぐらいか。

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