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096消えたトロフィー事件01

   (四)『消えたトロフィー』事件




 9月のカレンダーも残り(わず)かとなった。渋山台高校は例年通り、9月30日と10月1日の二日間、伝統行事の学園祭――名づけて『白鷺(しらさぎ)祭』――を開催する。今年は40周年のメモリアルイヤーらしい。


 1年から3年の各クラス、並びに各部活動は、一学期末に早々と出し物を決めていた。学園祭実行委員会はなく、生徒会が監督・指揮統括する。生徒会はそれぞれのチームの届け出を受理し、審議した上で認可を与えていた。大量の小道具がいる、例えば演劇のような催し物を申請したクラスなどは、夏休み期間中も登校して大小さまざまな雑事に取り組んできたらしい。


 で、我が1年3組はどうかというと……




「俺に任せろよ、皆」


 噂好き・祭り好きの久川浩介(ひさかわ・こうすけ)が、クラス会議で演説をぶった。今から二ヶ月前、一学期末のことだ。


「実は俺、ダーツがプロ級にうまくてさ。それで考えたんだ。喫茶店をやったろうってな」


 どんぐりのような眼、突き出た頬骨、矢印のような鼻の、それほど美男子とも言えない彼だが、クラスの人気は高かった。委員長の夏島(なつしま)さんが続きを促すと、両手をこすり合わせて笑顔を()き散らす。


「名づけて『ダーツ喫茶店』。お客さんがダーツで生徒代表と勝負し、勝てば紅茶が無料になる、というわけだ。どうだい、面白そうだろ?」


 英二がせせら笑った。


「生徒代表が弱ければ一円にもならんぞ」


 久川は右上腕に力こぶを作って叩いてみせた。


「大丈夫、基本的に俺が投げるからよ」


 三好(みよし)が噴き出した。


「お前がダーツをやりたいだけだろ」


「まあそうとも言うな」


 委員長に目配せする。


「後で投票にかけてくれよ」


 純架は興味を示さず、スプーン曲げにチャレンジしている。やがて飽きたのか、腕力で無理矢理折ろうと躍起(やっき)になった。


 もう超能力じゃねえよ。


 結局他に案もなく、久川の要望通り、1年3組はダーツ喫茶店を開くこととなった。提案者は大いに満足した。


「絶対楽しいものになるぜ。最優秀賞のトロフィーはいただきだな」


 俺は初耳の名詞に思わず返した。


「何だそりゃ」


「知らないのか? この学園祭ではアンケートで顧客満足度を(はか)って、もっとも優れた催し物に白鷺のトロフィーが与えられるんだ。ねえ先生?」


 宮古先生はうなずいた。


「ああ、その通りだ。やるからには勝つぞ」


「もちろんですとも! 皆、いっちょ頑張ろうぜ!」




 そして二学期。各クラス・各部活動が学園祭準備に奔走する中、純架は『探偵同好会』も出し物を用意すべきだと言い出した。


「部室として旧棟1年5組を与えられたからには、僕らも何かやるべきだよ。活発な意見を期待するよ」


 今月初めのことだった。まだ奈緒が脱退を言い出す前の話である。彼女は宮古先生にふられる未来など知る(よし)もなく、真っ先に発言した。


「そうね、探偵らしくお悩み相談なんかどうかしら」


 日向が賛成した。


「いいですね! それで行きましょう!」


 英二が――こいつは日向に惚れているのだ――ぼそりとつぶやいた。


「悪くないな」


 俺はため息を吐いた。


「あのな、1年生ぞろいの俺たち相手に、誰が悩みなんか打ち明けるんだ? 年下相手に胸襟(きょうきん)を開く奴なんかいないぞ」


 結城が手を挙げた。


「では、高級喫茶店などはどうでしょう」


 純架が目をぱちくりさせる。


「高級? 例えばどんな感じだい?」


「英二様が参加なさるにふさわしい、(ぜい)を尽くしたカフェを展開するのです。ブラジル直輸入の生豆(なままめ)焙煎(ばいせん)して手動ミルで()き、コーヒーとしてお()れする……。私にお任せくだされば、お客様の好みに合った味に仕上げてみせますよ」


 純架は「オレたちひょうきん族」の神様のように、両手で大げさにバツ印を作った。


 古過ぎる。


「駄目駄目、それじゃ菅野さんしか活躍できないよ。僕ら『探偵同好会』全員が役目を負う感じでいきたいんだよね」


「それ、あたしも入っとるんか」


 まどかが自分を指差してわくわくしている。純架は微笑んで首肯(しゅこう)した。


「もちろん。白石さんも立派な同好会員だからね」


 俺は長机に頬杖をついた。


「幽霊をどうやって参加させるってんだ? それに、体が透き通ることがばれたらえらい騒ぎになるぞ」


 英二が割り込む。


「白石の治癒能力は使えないか? おい白石、お前の技は血行を良くしたり関節痛を緩和(かんわ)したりできないか?」


「どやろか。やったことあらへんからな。じゃ、試しに英二の体を治してみよか」


「えっ、俺?」


 英二がおびえの色を見せた。


「勘弁しろよ」


「まあまあそう言わんと。すぐ済むから」


 まどかは英二のそばに寄ると、彼の額に手をかざした。俺たちの目には、まどかの指が英二の頭にめり込んでいるように見える。


「痛いの痛いの、飛んでけっ」


 英二は目をつぶって恐怖に耐えていたが、その顔は安らかなものへと変化していった。


「あっ……」


 まどかが離れると、英二はすっきりした相貌(そうぼう)でまばたきした。


「なんか頭が軽くなった」


 俺は口笛を吹いた。


「本当かよ。すげえな」


 純架が興奮ぎみに、チョークで黒板に『第68代横綱・朝青龍』と書いた。


 関係ない。


「この治癒(ちゆ)能力をお客さんに使えば、ちょっとしたセラピーになるね。うまい使い方はないものだろうか?」


 奈緒が妙案を思いついたか、勢いよく挙手した。


「肩叩きよ! 肩叩きなら、お客さんにもばれずに済むわ」


「それだ!」


 純架はこの傑作なアイデアに飛びついた。


「つまりこうするんだ。衝立(ついたて)か何かでこの教室を二つに仕切り、奥で会員がお客さんに施術する。といってもその人は肩を叩くだけだ。ポイントは、会員と重なった白石さんが、被術者の肩に治癒を行なうことだ。叩かれている人には白石さんの姿を見られることなく、かつ白石さんも出し物に参加できる。まさに一石二鳥だ。ナイスだよ、飯田さん」


 奈緒は照れたように赤くなって笑った。


 話はとんとん拍子で決まった。『探偵同好会』は、題して『肩叩きリラクゼーション・スペース』を開催する。一回は5分で100円、まどかが出ずっぱりで、客の肩をもみほぐす会員は交代制となる。




 その後、生徒会への申請も受理され、俺たち同好会員はノリノリで準備を進めた。そして土曜日に白鷺祭を控えた木曜日、つまり今、俺と純架は職員室に呼ばれたのだ。


「宮古先生も妙だね。担任なんだからクラスで話せばいいのに、わざわざ職員室へ呼び出すなんて」


「聞かれたくない話なんだろうよ」


 帰宅や部活動のために廊下を闊歩(かっぽ)する生徒たちをかわしながら、俺たちは一路(いちろ)職員室を目指した。放課後すぐ、同好会の部室に向かおうとするとき、校内放送が流れたのだ。いわく、「1年3組の桐木純架さん、朱雀楼路さん、職員室の宮古先生までお越しください」と。


 目的は何だろう? 俺と純架に共通するものといったらテストの点の悪さだが、まさか二人ピンポイントでお説教というわけでもあるまい。もしや『探偵同好会』の開催物に何か問題でも発生したのだろうか? ……まあ、行けば分かるか。


 そうこうしているうちに職員室に到着した。純架と俺は別の生徒と入れ違いに中に入る。宮古先生が気づいて、手招きしてこちらを呼び寄せた。


「言い出しにくいことなんだがな……」


 俺は自分のクラスの担任である彼に、軽い憎しみを覚えている。宮古先生は奈緒をふったのだ。彼女の受けた精神的ダメージはいかほどかと考えると、仕方ないとはいえ、理性の奥底で憎悪の炎がまたたくのであった。


「お前ら『探偵同好会』に手伝ってほしいことがあるんだ」

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