095同好会脱退事件03
そして、運命の昼休み。教室に奈緒の姿はない。俺は購買で買ったパンを広げながら、純架、英二、結城と食事にとりかかった。
純架が俺にプリントアウトされた文書を示した。
「文学賞に応募する小説原稿を書いたんだよ。感想がほしいから、読んでみてくれたまえ」
俺はコロッケパンを頬張りながら目を通した。いきなり『ドッカーン』『ズダダダダ』『バキューン』と擬音連発。台詞の前にいちいちそれを喋っている人の名前があるし、括弧の最後は”。」”だ。基本ができてないことは俺でも分かる。一次落ちどころか半ページすら読んでもらえないかもしれない。
「あきらめろ」
純架は原稿をひったくった。
「君には芸術が分からないんだよ。だいたい……」
そのときだった。
「うわあ……ああ……!」
教室のドアが開き、姿を見せたのは、泣きじゃくる奈緒だった。大粒の涙を落下させながら、力なくふらふらと入ってくる。
俺はいたたまれなくなってすぐさま駆け寄った。彼女は立っていられずひざまずく。黙ってハンカチを差し出すと、奈緒はそれを受け取って目尻に押し当てながら、号泣して身を震わせた。
奈緒の友達が続々集まってくる。「どうしたの?」「何かあったの?」それぞれが優しく問いかけた。しかし奈緒は答えることなく、嗚咽を繰り返すのみだった。
俺は彼女がふられたことを知った。
結局奈緒は『探偵同好会』離脱を取りやめた。スランプだった数学は持ち直し、塾へ行く話も立ち消えた。あの慟哭が嘘であったかのように、泣いた後の奈緒はすっきりと、明るい笑顔を振りまくようになった。
純架は大いに満足し、「ダンカン! ダンカンこの野郎!」とビートたけしの物真似を繰り返した。
ほんと、好きだなそれ。
そんなこんなで一週間が過ぎたある日の放課後。鍵当番の俺は奈緒と共に旧校舎の部室に入り、幽霊のまどかと雑談を交わしていた。外はすっかり秋めいて、学校は学園祭の準備で忙しかった。
奈緒が会話の途切れに打ち明けた。
「それにしても、この前は情けない姿を見せて、ごめんね朱雀君。ハンカチありがとう。改めて、これからもよろしくね」
俺は奈緒のその可愛い眼差しに、こみ上げるものがあった。まどかに要請する。
「ちょっと白石さん。少し消えててくれないか。二人きりにしてほしいんだ」
まどかは目をしばたたいた。
「別にええけど、消えても君らのそばにいることは変わらんで」
「それでもいいから」
「分かった。ほな、消えるわ」
まどかの体が透き通っていき、やがて完全に見えなくなった。
俺は奈緒と正対し、深呼吸してから切り出した。
「飯田さん、俺、飯田さんのことが好きだ」
奈緒はまじまじと俺を見つめる。静寂の中、時計の針の音だけが室内に響いた。やがて奈緒は拳で口を押さえた。
「え……っ」
俺は声量と口調に最大限気を使いつつ、続けた。
「日直の仕事を一緒にこなしたときから、俺はずっと飯田さんが好きだった。飯田さんが宮古先生を好きだったのと同じかそれ以上に、俺は君が好きなんだ。……宮古先生にふられた直後に告白するのはずるいかもしれないけど……でも、それが俺の本心だ」
奈緒は複雑な表情で両手をもみ絞った。
「朱雀君……私」
俺は機先を制した。
「返事はいらないよ。飯田さんは今度こそいよいよ勉強一筋でやっていくつもりだろうし。ただもし……もし気が変わったら、どうか俺が好きだって言ってたことを思い出してほしいんだ。それだけさ」
「朱雀君……」
そこでドアが開いた。純架や英二、結城が続々入ってくる。純架は向かい合って座っている俺たちを見とがめて不平を鳴らした。
「叩いてかぶってジャンケンポンなら、僕も参加したいよ」
やってねえよ。




